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94話

『スマホ探索機能は設定しておいた方がいいよ。電源入ってなくても登録してる端末から警告音出させたり、登録してる端末に位置情報送ったりできるから、何かあった時に危険を知らせることができる』


『へええ便利ですねぇ。じゃあはるかくんの端末に私のスマホ登録してくれません?』


『えっ????』






「家族でも恋人でもない男に位置情報把握される恐怖は無いのかこの天然ってその時は思ったけど……っ!」


 まさかその判断がドンピシャで役に立つ日が来るとは思わなかった。グッジョブすずさんの天然。


 最寄り駅の西改札から遠ざかるすずさんのスマホの位置情報を追ってひたすらに走り続ける。日頃の運動不足が祟って早くも呼吸が苦しくなるが、酸欠をねじ伏せて足を動かした。


 女子高生二人組の話を聞いた後、すぐに俺は西改札側へと踏切を渡って回り込んだ。


 すると改札を抜けてすぐの小道に、以前葵がすずさんにあげたというゲームキャラのラバーストラップがついた定期入れと、今日買う予定だと話していた新居で使う小物類が入ったビニール袋が落ちていたのを発見した。


 間違いなくここですずさんの身に何かがあったと確信した俺は、すぐさま井上さんに連絡を取りつつ、スマホ探索機能を起動した。


 登録したすずさんのスマホの位置情報を探れば、絶対に行かないであろう方向へ動いていて。居ても立ってもいられず思わず駆け出していた。


 位置情報を追うこと10分。やがて彼女のスマホは住宅街のど真ん中の駐車場でぴたりと静止した。

 それを見て俺は通話状態の井上さんに対して声を張り上げる。


「井上さん!花崎町2丁目の砂利駐です!」


『今もうそっち方面に向かわせています!っていうかはるかくん一人で向かわないで警官待ってください!』


「待てるか……っ!」


 右耳に差し込んだイヤホンから聞こえる井上さんの制止を振り切って、すずさんのスマホが示す駐車場に飛び込んだ。


 車が30台は停まっていそうな広い敷地内には人気がない。必死に見回して人が乗り込んでいる車が無いか探す。

 同時に手の中のスマホですずさんのスマホから警告音を鳴らした。


 どこだ、と耳を澄ます。

 ───風に乗って微かに甲高い警告音が聞こえた。


「っ!」


 駐車場入り口から最も離れた奥、他の車とは少し離れた場所に停められた黒いバンが遠目から見ても不審に揺れているのを見つける。

 あれだ、と駆け寄った瞬間その黒いバンの後部ドアが開いた。


「っ、すずさん!」


「はるかくんっ!」


 転がるように飛び出してきたすずさんの体を抱きとめる。無事な様子にほっとしたのも束の間、その左手首が手の形にどす黒く変色しているのを認めて息を飲んだ。


「大丈夫か!?この手首……っ!」


「へ、平気です……!」


 今にも泣きそうな顔で俺を見上げたすずさんだったが、しかしはっと後ろを振り返る。つられて視線の方を見れば車から見たことのある男が首を抑えてフラフラと降りてくるところだった。

 咄嗟にすずさんの体を背中に庇う。


「クソが、このバカ女がぁ!ふざけんじゃねえぞコラァッ!!」


「……手負いのクマより興奮してんな」


 唾を巻き散らして怒鳴る興奮状態の男と対峙する。ぐるぐると定まらない視線はとても正気な状態とは思えない。まるで薬物中毒者のようだ。

 いつでも逃げ出せるように脚に力を込めながら、警察が到着するまでの時間稼ぎをと口を開いた。


「……アンタ、今日の朝すずさんの家の周りウロウロしてたやつだよな?近所の住民にしては挙動不審だなとは思ってたけど、まさかアンタがここ最近ずっとすずさんを付け回してたストーカーか?」


 堀の深い顔、よく焼けた肌、黒いスウェットスーツ。今日の朝すずさんのアパートの前でじっと彼女の部屋を見上げていた男だ。

 普段はアパートの外で待つ所、わざわざインターフォンを鳴らしたのはこの男がいるのを見たからだった。


 そして、この男を見たのは今日だけではない。すずさんの家の前で待ち伏せしていたあの日以来、コイツは何度もすずさんの周りに現れていた。

 あの雨の日も、スーパーの帰りの道にも。


 かなり昔に一回だけ、すずさんと共に歩いていた所を見たことがあったが、その時とは人相がまるで違っていたためにこの男が元彼であるかどうか正直顔だけじゃ判断がつかなかった。


 しかしそれでも、遠目からずっとすずさんを見ていたりすれ違いざまに俺を射殺さんばかりに睨んでいたので、それで確信した。

 この男はずっと、すずさんの家の周りで付き纏い行為を働いていたのだ。


 見かける度に井上さんに報告して警察による巡回をしてもらってはいたが───まさか、こんな最悪な手を打ってくるとは思いもしていなかった。見通しが甘かったと歯噛みする。


 俺のその白々しい言葉を聞いて、男はようやく自分と対峙する男がすずさんを毎日送り迎えしている人間だと気づいたようだ。

 憎々し気に俺を睨みつける目と視線が交差する。


「ストーカーァァァ?ストーカーはてめえの方だろうが!毎日毎日俺の女付け回しやがってぇ!!」


「はっ!?はるかくんは私が頼んで一緒に居てもらってるの!勝手に女作って出てった癖に、私の事付け回したり何回も何回もメッセージ送ってくるストーカー行為しているのはアンタでしょ!?」


「あ゛あ゛あ゛ッ!?わっかんねえ女だなお前はよぉ!!」


 キッと眦を上げて俺の後ろから反論を口にするすずさんに、男……すずさんの交際相手だと未だに主張し続ける元彼氏は、苛立ったように頭を掻きむしった。


 そして言葉にならない呪詛のようなものを喚き───おもむろに、ポケットから折り畳みナイフを取り出した。


「っっっざっけんじゃねえ!!どいつもこいつも俺をコケにしやがって!!殺すぞゴラァッ」


「っ!!」


「────」


 脅すようにナイフの切っ先を差し向けられる。その姿に背中に庇うすずさんが息を飲んだ。


 同時に脳裏に俺のトラウマがフラッシュバックする。ドクドクと心臓が嫌に大きな音を立て、喉が引き攣る。鼓膜に『あの人』の絶叫交じりの笑い声が響く。口の中がカラカラに乾いて舌が強張る。


 自分の名前を呼ぶおぞましい声が耳元で聞こえる気がする。気持ち悪い。怖い。






───でも。





「残念だけど」


 スーツのジャケットの裾を掴む震える手を握る。自分のそれよりも冷たく小さいそれに以前引っ張られた事を思い出して背中が押される。


 息を吸って、吐いて、そしてナイフの向こうで喚く男に向けて俺は虚勢の笑みを浮かべた。


「それは銃刀法違反の現行犯だ。───捕まれ、ストーカー野郎」


『武器を置いて手を上げろ!!』


 親指を下に向けた瞬間、けたたましいサイレンと共にスピーカーで拡大された声が閑静な住宅街に鳴り響く。ガシャガシャと複数人が砂利を踏みしめてこちらに歩いてくる音も聞こえてきた。


駐車場に入ってきたパトカーの回転灯によって周囲が赤く照らされる。右耳につけたままのイヤホンからは、井上さんが忙しなく指示を飛ばす声が響いている。


「な、な……なんだよ、これはああああああっ!!」


 突然のことに驚き言葉を失う男は、あっという間に複数の警官に囲まれ、絶叫しながらその場に跪いた。


 




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