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92話

 すずさんから『いつものお花屋さんの前で待っていますね』と連絡が入ったのは今から10分前。

 そう時間が経っているわけではないのに、待ち合わせの場所に彼女の姿は無かった。


「────」


 何となく胸騒ぎを覚えて彼女の携帯に電話を掛けてみる。すずさんに限って元彼がいるかもしれないこの地でフラフラと一人で行動することは思えないが、もしかしたら何かトラブルがあって一旦家に帰っているのかもしれない。

 むしろそうであってほしい。「すみません!ちょっと忘れ物をしちゃって……」と申し訳なさそうな声で電話に出てほしい。祈るような気持ちで発信ボタンを押す。

 

 しかし、


『……になった電話は、現在電波の届かない場所にあるか……』


「……嘘だろ」


 俺の希望を鼻で笑うように無機質な音声が流れる。どくどくと耳元で心臓が鳴っているような錯覚に陥りながらも、今度は葵に電話を掛けてみた。


『なにー?』


「そっちにすずさんいない?」


 2コールで出た呑気な声の妹に間髪入れずに用件をぶつける。焦りを抑えようとする俺の声色に気付いたのか、葵は幾分声を落として答えた。


『……いないけど。わたし今そっちの路線に乗り換える駅だし』


「……」


『ねえ、鈴ちゃんいないの?もう着いたってメッセージ来てたよね?』


 異常を察知し、真面目に今の状況を尋ねる葵。冷静さを損なわないように努めながら「いない。電話もつながらない」と答えると、葵は息を飲んだ。


「……ちょっと周りに聞いてみる。もしかしたら行き違いになるかもしれないからこっち着いたら改札前の花屋のところで待ってて」


『分かった』


 短い返答を聞いて通話を切る。そして彼女が待ち合わせ場所に指定していた花屋に足を踏み入れた。


「すみません」


「え、あ!はい、なんでしょうか?」


「10分くらい前、女性がこの店の前にいませんでした?」


 俺の顔を見て僅かに気色ばんだ表情を浮かべる女性店員。しかしそれを無視して俺はすずさんの今日の服装や髪形などを伝えてここにいなかったかと尋ねた。この花屋は駅前ということもありガラス張りになっているので前に立っていればすぐにわかる。

 そう思って尋ねれば、店員はうーんと唸って考え込むように宙に視線を投げた。


「10分前ですよね?特にそういった方は立っていなかったと思いますが……」


「……そう、ですか」


 何の情報も得られないことに内心で歯噛みしながら店を出る。念のためもう一度電話を掛けてみるがやはり同じアナウンスが流れるばかりだ。もしかしたら、という一縷の希望に縋って改札すぐ近くのコンビニも覗いてみるがやはり姿は無かった。


 駅員に言って監視カメラを確認してもらうか?いや事件性があると確定しているわけではない状況では見せてくれないだろう。どうしたものかと焦りと苛立ちばかりが募る。


 今日の朝感じた違和感が、まるで俺の浅慮をあざ笑うかのように脳裏でチラつく。アレはやっぱり勘違いじゃなかったのかと、こんなことなら途中の駅で合流すればよかったと後悔が押し寄せてくる。


 いや待て、焦るな。まだすずさんが接触したとは決まっていない。すずさんと別れた後、井上さんに連絡して巡回は増やしてもらっているし、きっとトイレか何かで一時的に外しているだけで───。





「……ねえ、さっきのお姉さん大丈夫かなぁ。なんかめっちゃ怖がってたよね」


「やっぱそうだよねぇ?一応交番そこにあるし伝えとく?」


 ふと、そんな会話が耳に入って足を止める。思わず振り返れば、そこには不安そうな顔をした高校生と思しき女の子二人組が歩いていて。何も考えずにその背中に声を掛ける。


「ごめん、今の話詳しく教えてほしいんだけど」


「え?うおっ!?イケメン!!」


「どわ!?」


 突然話しかけられて目を白黒させる二人だが、しかし焦った表情の俺を見て顔を見合わせた。そしておずおずと駅の方向を指さす。


「私たち反対側の改札から出たんですけど、そこで女の人の後ろにぴったりくっついて歩いてる男の人を見たんです。会話もしてないし、なんだか女の人すごい怯えた顔してた気がしてちょっと変だなぁって思って……」


「どのあたり?」


 俺とすずさんがいつも利用するこの駅には改札が二つある。一つは今いる東改札で、俺とすずさんの家があるのもこの東改札方面だ。比較的栄えており、利用客も多い為に今日もこっちの改札で待つようすずさんには言い含んでいた。

 逆に西改札は住宅街に面しており、大して店もなく街灯も少ない。車通りも少なく小さな公園があるくらいだ。そっちに降りたとは考え辛いが……嫌な予感を覚える。


 不審な男と怯えた女の人がいた場所の詳細を尋ねると、二人は駅から出て住宅街の方に向かって行ったと返答が返ってきた。


「……悪いんだけど、今の話交番に伝えてくれる?その女の人俺の知り合いかもしれなくて」


「は、はい!分かりました!」


「えっと、お兄さんは?」


「ちょっと先行って見てくる。ありがとう」


 親切な高校生たちにお礼を言って踵を返す。すずさんであってくれるなという気持ちを抱えながら、線路向こうに行くべく踏切を渡るのだった。



 


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