88話
もうこれ夫婦じゃん、とか思う俺だいぶ気持ち悪いな。
だがしかし浮かれるのも致し方ないと思うのだ。目の前で真剣に野菜を吟味するすずさんの後を付いて回りながら、ニヤけそうになる顔を引き締める。
「はるかくん、今日白菜安いですよ。お家にお肉あります?」
「冷凍した豚肉ならある」
「じゃあ白菜と豚肉のうま煮とかどうですかね?ミルフィーユ鍋とかシーフードがあるなら八宝菜とかでもいいと思いますが」
白菜を片手に俺を振り返るすずさんに「そうだね」と相槌を打つ。
昨日深夜のコンビニにすずさんを誘ったところ飯を食わずにいたことがバレてしまい叱られたのだが、その時に冗談交じりに「心配なら作りに来て」と行ってみたところまさかのOKが出たのだ。
正直夢かと思った。言ってみるもんだなとも思った。とりあえず今日は仕事もそこそこに部屋の掃除に専念した。
そして今、いつものように駅まで仕事終わりのすずさんを迎えに行き、そのまま近所のスーパーに食材を買いに来ている。これを喜ばずにいろというのは無理な話であろう。カゴ持ちに専念しながら俺は上機嫌ですずさんの後ろを歩いていた。
「はるかくんは何が食べたいとかありますか?」
「…………和食が食べたいかな」
すずさんが作るものなら何でもいい、というのが本音ではあるが、流石に本格的に気持ち悪くなってしまうので内心に留めておく。それに献立を聞かれて何でもいいと答えられるのはあまりいい気がしないだろうし。
俺の答えになるほど、と顎に手を当て頷いた彼女はそのまましめじにも手を伸ばした。
「ほんだしとか有ります?あとお醤油とみりんも」
「あるよ」
「分かりました。はるかくんは嫌いな食材とか無いんですよね?」
「基本的になんでも食べれる。……パクチーとか独特の香辛料は苦手だけど」
「オッケーです」
真面目な顔で俺にヒアリングするすずさん。うーん幸せ。こんなんもうぶっちゃけ友達の距離感じゃないけど良いのかな、と疑問視する無粋な自分は沈めて表面上はいつも通り、内心は有頂天でスーパーを巡る。
しかし次の瞬間、俺は現実に叩きつけられる羽目になった。
「葵ちゃんは嫌いなもの有りますか?」
「…………あおい……?」
何故その名前が今、という疑問はポケットで揺れるスマホが答えてくれるのであった。
◇
「……そんなこったろうと思いました。はい」
「何か言いました?」
「なんでも……」
リビングに置いたソファーで項垂れる俺に、冷蔵庫に食材を入れるすずさんが振り返った。気にするなと首を振って伝えながらため息をつく。手に持ったスマホには『もうあと20分で着くよ~』という葵からのメッセージが表示されていた。
どうやらすずさんが今日のことを話したらしい。というか、そもそも葵が俺の飯の食わなさ具合を心配して前々からすずさんに相談していたらしく、俺の家で料理を作ることになったと伝えたところ「私も行く」となったそうだ。
まあそうだよなぁ、男と家で二人っきりになる訳ないわな。当然すぎる展開に弄ばれた男心が涙を流す。っていうか葵の奴俺の気持ち知ってんだからちょっとは遠慮しやがれ。
しんなりとしていると台所から「はるかくん」と控えめに自分を呼ぶ声が聞こえた。
「まな板どこにありますか?あと計量カップも……」
「ああごめん、こっち」
着々と準備を進めてくれているすずさんの元に歩み寄り調理器具の場所を伝える。やる気十分な様子の彼女はふんふんと俺の説明を聞いた後、両手をぐっと握った。
「承知しました!待っててくださいね、腕によりを掛けて作りますから」
「うん、楽しみにしてる。何か手伝うことある?」
「いえいえ、スポンサー様はゆっくり休んでてください!」
スポンサーって。俺の飯を作ってもらうのだから、と食材代を出しただけなのだが。しかしすずさんはにっこり笑って俺を台所から追い出した。
「お手伝いお願いしたいことありましたら呼びますね。それまで座っててください」
「はいはい」
背中を押されるがままリビングに戻る。ソファーに掛ければ早速すずさんが調理を開始した音が聞こえだした。リズミカルな包丁の音に不自然な間は無く、自己申告通り自炊ができるのだと改めて感心する。俺もできなくはないが、どうしても適当になるか滅茶苦茶に凝ったものを作り出すかの両極端になる。
ぼんやりと調理の音を聞きながらテレビを流し見る。……まあ葵が来るとしても、彼女の手料理を食べられるのは嬉しい。
すずさんから見えないのを良いことに、俺は感情のまま頬を綻ばせるのであった。
「……かー?……い、……にいー?」
ふと名前を呼ばれたような気がして意識が浮上する。
ああしまった、寝てしまっていた。昨日の夜も今日の日中も目が冴えて碌に寝れていなかったから、今頃になって睡魔に襲われたようだ。
折角すずさんが料理しにきてくれているのに、と目を開けようとして───邪な気配を感じ、目を開けるのはやめて寝たふりを敢行する。
「……くくく、こんだけ深く寝てれば気付かないでしょ……」
「あ、葵ちゃん……そんなことしたらまたアイアンクロー食らうよ?」
「バレなきゃいいのだよ鈴ちゃん。さあ遥、このきゃわいい妹がその顔を激おもろにしてあげ……」
「死にてえようだな、葵」
パチっと目を開いて、良からぬ笑い声を上げながら良からぬことをしようとする愚昧の顔面を鷲掴む。そのままギリギリと力を込めれば、油性マッキーを持った愚か者が「ぎゃにぃぃぃいいい!?」と形容し難い悲鳴をあげた。
「ふわぁ……ごめんすずさん。寝てた」
「お、お気になさらず……お疲れですね」
「そういう訳じゃないんだけど……」
まさか貴方の手料理が食べれるのに浮かれて睡眠不足ですとはいえず、誤魔化すように曖昧に微笑む。すずさんは俺の返答に不思議そうに首を傾げながらもふんわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「もう大体できましたよ。食べれますか?」
「うん。何作ってくれたの?」
「和食をご希望でしたので白菜と豚肉の和風旨煮にしました」
「いいね」
葵の絶叫をBGMに穏やかに会話を交わす。せめて配膳を手伝うべく葵から手を離して台所に向かうと、非常に美味そうな料理が並んでいた。
「……これを、あの短時間で……?」
白菜の旨煮以外にも、きんぴらごぼうや厚揚げと小松菜の煮浸しと言った副菜まで並んでいるのを見て思わず驚きの声をあげる。
スーパーから帰って1時間と少ししか経っていないのにこんなにしっかりとした和食を……?とすずさんを窺い見ると、彼女はわたわたと慌てたように顔の前で手を振った。
「い、いやいや!食材さえ切っちゃえば楽なものばかりですから!和食と言ってもありきたりな家庭料理ですし!」
「すごいな……」
謙遜するすずさんをじっと見つめる。何故こんな料理スキルがあるのにあんなにコンビニ飯ばかり食ってるんだろう。
そんな俺の疑問の眼差しに気づいたのか、すずさんはうぐぅ、と気まずげに鳴いた。
「自分の為だけにご飯作るの面倒なんですもん」
「……なるほどね」
もじもじとした様子を可愛いと思いつつも、それで体壊してちゃ訳ないぞ、と胸中で嗜めるのであった。
あったかもしれない会話
天才遥くん「なら毎日俺に飯作ってそれを一緒に食べれば双方Win-Winなのでは?」
冷静な鈴音さん「それは友達の範疇を超えているのでNGです」
次回は6/1(に投稿したいなと思っています)です




