80話
「……え、都心の方で考えてんの?」
「ああいえ、そこまで都心ってほどではないんですが……まあ今よりは都心に近い駅にしようかと」
とある週末。半ば無理を言ってすずさんの物件探しに同行させてもらった俺は、最寄駅から数駅も離れた目的地に向かう電車の中で驚いた声を上げてしまった。薄い生地のベージュ色のジャケットにロングスカートという秋らしい装いのすずさんは、そんな俺の声に眉を下げて笑う。
「実はルームシェアしようと思っているんです。その相手ができれば都心近くに住みたいと」
「マジ?誰と……とかって聞いていいやつ?」
「あー……地元の知合いです。今回の件を親に話したら一瞬で話が広まったようでして……一人暮らしは危ないんじゃないかって話になり、丁度上京しようと考えてた子が一緒に住まないかって提案してきてくれたんです」
地元ド田舎なんで事件があるとすぐに親戚友人知人他人関係なく広まるんですよ、と諦めを滲ませた顔でへっと笑う様子に同情しつつ齎された爆弾発言に動揺する。
無意識にそんなに離れた場所に引っ越しはしないだろうと思い込んでいた。
そして濁されたルームシェア相手。友達や親戚ならそう言うだろうに、知り合いとしか言わなかったということはもしかして……と嫌な予感を抱いてしまう。
「……じゃあ、まあ俺付いてきてやっぱよかったかもね。ルームシェアするなら二人で見た方が想像しやすいだろうし」
「はい。すごく助かります。ご迷惑かけ通しで申し訳ない限りですが……」
しかし、根掘り葉掘り聞きだして問い詰めたい衝動は必死にこらえていい人ぶったことを宣う。友達関係になったとはいえ、友達でしかない男にあーだこーだと聞かれるのは嫌だろう。毎日の送り迎えと今日の内見同行も結構踏み込みすぎている自覚はあるのだ。
彼女と合法的に一緒にいる時間を増やしたいという俺の自分勝手な考え故の行動に、嫌な顔一つしないで頷いてくれるすずさんの優しさにこれ以上漬け込むのはどうかと思う。
とはいえ、だ。
「そうなると、今迄みたいにほぼ毎日コンビニで会うことは無くなるな」
引っ越すということはそういうことだ。何も離れた場所に住まなくとも今の家から離れればその可能性は十分に考えられるのだが、数駅離れた場所となればわざわざ出向かない限りあのコンビニですずさんに会うことは無くなる。
この物悲しい気持ちをすずさんも抱えていないかなと、少しなりとも寂しそうにしてくれないかと反応を伺うべく何気ない風を装ってそんなことを口にする。まあ前向きな彼女のことだ、きっと「でもゲームは変わらず毎日やりましょうね!」とか言いそう……。
そんな想像しながら傍らのすずさんを見下ろす。しかし彼女は予想に反して驚いたような顔をしていた。まるで今始めてその事実に思い至った、と言わんばかりの態度に俺も驚いてしまう。
「す、すずさん?」
「え、あ……そ、そう、ですね」
明らかに動揺した様子を見せる彼女は、その後お目当ての不動産屋にたどり着いてもずっと思いつめたような顔をしていた。
◇
「……すずさん」
「………………」
「すずさん?おーい」
「っ!あ、す、すみません!!ぼーっとしてました!」
「大丈夫?具合悪い?」
目の前で手を振ることでようやく我に返ったすずさんに首を傾げる。
営業マンに連れられて駅から徒歩数分圏内の物件を3つほど見て回ったわけだが、彼女は内見中もずっと気がそぞろな様子だった。どっちかって言うと俺が色々と営業マンと安全面や周囲の治安などについて話しており、途中から営業マンも俺が引っ越すのかと思い込んでいたくらいだ。
何かをずっと考えていたすずさんは、俺の確認にへにゃりと困った顔で「大丈夫です。ごめんなさい」と首を振った。
「ちょっと考え事を……本当にすみません。私の用件なのに、はるかくんにばっか話させてしまって」
「いやそれは別にいいんだけど……」
心底申し訳なさそうに頭を下げるすずさんに大丈夫だからと手を振る。しかし彼女はしょんぼりと項垂れるままだ。どうしたものかと考え込む。
まさか本当に俺(というよりも葵かもしれないが)と離れることになるのがさみしいと思ってくれているのだろうか、と舞い上がりそうになる気持ちを抑えては、何か彼女の気分が上がるものは無いかと周囲を見回し……そしてちょうどおあつらえ向きなものを発見した。
あ、と声を上げた俺を、何事かと見上げるすずさんに上を指さす。
「あそこ行ってみない?すずさん」
指示された方を見た彼女は、ハッと息を呑んでは落ち込んでいた暗い顔をキラキラと輝かせた。
────数十分後。
「はるかくんはるかくん見てくださいこれ!!絶対この子今作のパッケージモンスターのモデルですよねぇ!?わああカッコいいい!!」
「あーベオシェルガな。あいつ格好いいよなぁ」
うす暗い通路を、周囲に設置された水槽から差し込む青い光が揺らめきながら照らしている。ガヤガヤと騒がしい館内でべったり水槽に張り付くすずさんは、先程までの落ち込んだ表情を一変させ喜色満面の笑みで俺を振り返った。
大興奮の様子に微笑ましさを覚えながら同じ水槽を覗き込む。
俺が見つけたのは商業ビルの中に入っている小さな水族館の広告だった。何とタイムリーなことに、小さいながらも有名なこの水族館では今俺たちが夜な夜なプレイしているモンスターを狩るゲームとのコラボイベントを開催しており、ゲームに登場するモンスター達に似ている海洋生物が展示されるイベントブースが設けられていた。
何に落ち込んでいたのかは分からないが、お陰でゲーム好きな彼女の気を持ち直させるには十分だったようだ。いつものニコニコとした笑顔で足取り軽く水槽から水槽を渡り歩いている。
「連れて来てくれてありがとうございます、はるかくん!」
「元気になったならよかった」
「はい!ありがとうカ●コン……ありがとう水族館……」
「大げさ」
じーん、と感じ入るような表情でゲーム会社と水族館に感謝を捧げるすずさんに思わず失笑する。とりあえず元気になったようでよかった。
なんだかんだとゲームの話を交えながら魚を見歩いている内に展示スペースが終了し、お土産が売っているショップが現れた。休日な上に大人気タイトルとコラボしているだけあって人が多い。人混みに流されるようにしてお土産を物色していると、すずさんが喜色を上げた。
「ちょ、はるかくんはるかくん!回復薬ありますよ……っ!」
「うわ本当だ。結構リアルだな……」
「うわーうわーすごい!ちょっと葵ちゃんへのお土産に買ってきます!」
「ええ?いやアイツにはいいよ」
「またそんなこと言って。絶対これ喜びますよ……うん?」
ゲーム内に登場するアイテムを模したドリンクを興奮した顔のすずさんが指をさす。珍しく同行を申し出ず大学の友人と遊びに出かけた葵を思い出して首を振るも、俺らの兄妹喧嘩をエンタメかなんかだと思っている節があるすずさんは噴き出した。
不意に彼女のポケットから軽快な電子音が鳴り響く。スマホを取り出した彼女は画面を見てさあっと顔を青ざめさせた。
「す、すみません!例のルームシェア予定の子から連絡来ちゃって……ちょっとこれ買いに行きがてら電話してきます」
「ああ、じゃあ俺あっちの方で待ってるから」
てっきりまた元彼から連絡が来たのかと身構えるも、そうではなかったと知り安堵する。───しかし、次の瞬間俺は別の意味で身構えることになった。
ショップの外を指さした俺に、スマホを耳に当てたすずさんが申し訳なさそうな顔でぺこぺこ頭を下げながら遠ざかっていく。しかし、その耳に馴染むソプラノボイスは余すことなく俺の耳にするりと滑り込んできた。
「連絡遅くなっちゃってごめんねソラくん。うん、見て来たよ。あとで情報送るから……」
え、男?




