78話
「うちの家、古い考えの家でして子供には何かしらの道を身につけさせる方針なんですよね。私本当は華道とか茶道したかったんですけど、武道の方がセンスがあると言われて……」
「ちなみに弟は華道家です」なんて言いながら、帰り道の途中にある人のいない小さな公園で華麗な上段蹴りを披露するすずさん。ブォンッと凄まじい音を立てるその蹴りが相手に与える殺傷力を想像して、俺は思わず「おわ……」と形容し難い呻き声をあげた。
「昨日は突然のことで気が動転してしまって……本当にすみません。か弱い女ムーブしてしまいました」
「か、か弱い女ムーブ……?」
「武道では心技体が大事だというのに、実践から離れたせいで精神が脆弱になってしまった……情けない限りです。いっそのこと襲ってきてくれた方が対処しやすいですね。いい経験になりました」
「少年漫画の登場人物ですか?」
小柄で優し気な容姿からは想像もできない武闘派な言葉が出てきて、思わずそんな戯言を本気で口にする。
いやまぁ確かにゲームで見るすずさんはゴリゴリに武闘派だし、たまにこの人考え方脳筋だよなーって思うことはあるけどもリアル武闘派だとは思わないって。
ベンチに腰掛けながら正拳突きを繰り出す彼女を眺める。多分あの前に立ったら抵抗の隙もなく昏倒させられそうだな、と戦々恐々としていると、彼女はくるりと俺を振り返った。びくんっと体が勝手に震える。
「と言うわけで、私自分の身は自分で守れます。なのでお友達になってください」
「そういう話だったっけ?」
「そう言う話ですよ」
多分違うと思うなぁ。戦闘民族みたいな思考のすずさんに先ほどまでの葛藤のようなものがどこかに吹き飛んでしまう。
ううーんと頭を悩ませているとすずさんはドヤッとした顔で胸を張った。
「それに、はるかくんのおかげで警察の方とも繋がりが得られましたしね。もう私に怖いものはないですよ」
だからね、と俺に歩み寄る彼女はまるで強そうには見えない手を差し出した。自信満々な表情は俺がその手を取ることを何の疑問も覚えていないように見えて。
やっぱり眩しすぎる彼女に俺は視線を落とす。しかし彼女は全く気にした様子もなく再び『お願い』を口にした。
「お友達になりましょう、はるかくん。私は貴方とお友達になりたいです。顔見知りじゃなくて、胸を張って貴方の友達と名乗れるようになりたいです。……親しい人を作らないことで周囲を守ろうとするあなたは立派です。尊敬します。ですが尊重はしません」
「…………」
手厳しいことを告げる彼女に、何故と疑問を含めた視線を向けてしまう。
「貴方が壊れるからです」
言葉のない問に、強い眼差しで答えるすずさん。そんな訳ないと首を振る。
「たかが人との関りを多少切ったからって大げさだよ。……社会人にもなったら、俺じゃなくとも人間関係なんて希薄になるもんでしょ。必要最低限の関りだけあればいいと思うけど」
「必要最低限の関りだけで事足りる人は、コンビニで会うだけの顔見知りの女に律儀に挨拶したり、様子がおかしいからって言って話を聞いて助けようとしたりはしないと思いますよ」
間髪入れずに差し込まれた言葉に、内心を言い当てられたような気分になって思わずギクリとしてしまう。意識していたわけではないが、しかしすずさんと出会ってこの方の自分の行動はその言葉を肯定してしまう。
そうか、俺は……と本心を自覚させられそうになって唇を噛みしめる。
年下の女の子にこんなこと指摘されるなんて、情けなさすぎる。
「……恩人なんだから、無碍にするわけにもいかないだろ」
苦し紛れに自分の行動に対しての言い訳を口にする。しかし強い彼女にそれは通用しない。
自分だって怖い思いをしたばかりの筈の彼女は、そんな事全く感じさせない笑顔でずっと前の出来事を引き摺る俺の手を引く。
「ならはるかくんも私の恩人ですね。私にも貴方を助けさせてください。大丈夫です。私は離れませんし、私ほど貴方の友達としてふさわしい人はあんまりいないと思いますよ」
「……なんで、そこまで」
友達の関係になることにこだわるのだろう。
同情か、同じような経験をしたもの同士の仲間意識か、それとも葵に何か言われたのだろうか。施しならやめて欲しい。期待させないで欲しい。
思わず疑問を口にするとすずさんはキョトンとした後、何故か呆れたような顔をした。
「友達になるのに理由が欲しい系ですか?うーん……強いて言えば、はるかくんに漫画を貸す大義名分が欲しい、とかですかね」
「は?」
「私は友達じゃない人に漫画貸しません。何故なら学生時代に友達の友達という他人に漫画を貸したところ、汚され破られ一部無くされたのがトラウマだから……」
当時を思い出しているのかやさぐれた表情でへっと笑うその顔に閉口する。それは他人だからというよりかは貸したその人の人間性の問題だと思うのだが……。
突っ込むべきか悩んでいると、「ですが!」とすずさんは俺の手を掴む手とは逆の手で人差し指を立てた。
「はるかくんには是非モンスターテールを読んで欲しいんです。是非とも!お友達になれば小説だろうが漫画だろうがお貸しできます!……私の好きなもの布教のためにも、友達になってくれませんか?」
「……」
「大丈夫です。いざとなれば自分の身は自分で守りますし、なんだったらはるかくんの事も、葵ちゃんのことも私が守りますよ」
男の俺よりも男前な事を平然と口にするすずさん。思わず呆気に取られる。
ああ、この人はなんて……。込み上げてくるものを押し留めきれず、遂に俺は吹き出した。
「……ぷ、ふふ……あっはっはっ!」
「!?」
「じ、自己アピールで武力を見せつける人あんまいない……くくくっ」
『私強いので友達になりませんか』だなんて、そんな口説き文句聞いたこと無い。余りにもぶっ飛んだ内容と、そして先ほど見た鋭すぎる上段蹴りや正拳突きを思い出して更に笑いの衝動が襲ってくる。
突然笑い出した俺に驚いた顔のすずさん。その顔を見ると余計に笑いがこみ上げてくる。早朝の静かな公園で大笑いする訳にはいかないと我慢しすぎて目じりに涙が浮かんだ。
そんな最高な自己アピールをもって俺を泣かせた当の本人は、ぽかんと口を開いて呆けたかと思いきや羞恥に顔を赤く染め始めた。
「笑うなんて酷くないですか!?真剣に話してるのに!」
「ご、ごめ……ごほっ、ふふふふっ」
「咳き込むほど笑います!?もう!戻ったらはるかくんの資産根こそぎ奪ってやりますからね!」
容赦しませんから!っと俺を睨む彼女。帰路につくその手に引かれて俺はベンチから立ち上がった。
「あ゛ー……うん、そうして」
憤るその小さい背中を追う。その背でアッシュベージュの長い髪が揺れた。
ああ、と内心で嘆息する。今更気付いた。俺は毎日あのコンビニで、無意識にこの髪を探してた。目で追っては「じゃあ、また」と離れていくのをどこか寂しい気持ちで見送ってた。
目の前の彼女が怒った顔で俺を振り返る。
その意志の強そうな目をした彼女に、俺はいつしか恩義と、頼もしさと、感謝と、友情と───そして、友情以上のものを抱いていることに、気が付いてしまった。
続きは5/8に投稿します




