68話
流石にケーキ3つとフレンチトーストとオムライスは多かったな……。
重い体を引きずるように帰路につく。葵は「明日は朝から予定有るから」と言って実家に帰り、すずさんとは先ほどコンビニ前で別れた。
明日も休みで良かった。食いすぎによる腹痛に怯える。学生の頃はいくら食べても平気だったのにな、年を重ねるとはこういうことよな……世の無常を嘆きながらオートロック錠を開けて家に入る。
しかしながら玄関扉がガチャンと閉じた瞬間、とんでもないことに気が付いてしまった。
「……タバコ買い忘れた」
あーマジか、最悪、とげんなりする。そういえば葵に呼び出される前、残り少ないのに気づいて買いに行くかどうするか悩んでいたんだった。すっかり忘れていた。
無いとわかると余計吸いたくなるのが人間というもの。面倒くさいという気持ちとニコチンを求める体を天秤にかける。
僅か10秒で決着がついた。
ため息をついて踵を返す。マンションを出て先ほど通ったばかりの道を取って返しながら「これですずさんもコンビニ居たら面白いな」とかしょうもない事を考えてしまう。
別れてから時間が経っているので多分コンビニに寄ってたとしてももう帰っているだろうけど。
───と、思っていたのに。
あともう少しで到着というところで、もういい加減見慣れてしまったアッシュベージュの長い髪を見つける。
現実になった自分の考えに苦笑してその背中に声を掛けようとするが、しかし何やら様子がおかしいことに気が付いた。
すずさんは何故かコンビニに入らず、建物脇で立ち竦んでいた。背を向けられているために表情は見えないが、どこか怖がっているような……びくびくと周囲を伺うその姿を怪訝に思いながら呼びかける。
「……すずさん?何してんの?」
「っ!!」
びくっと肩を跳ねさせて弾かれたように振り返るすずさん。思わぬ反応に驚くが、しかし彼女はそれ以上に驚いた顔で、そして非常に怯えたような顔をしていた。
俺を認識した途端、明らかにほっとした彼女は取り繕うようにいつもの笑顔を浮かべた。
「ど、どうしたんですか?はるかくん。お買い物ですか?」
「……そんなとこ。すずさんこそどうしたの?こんな所で」
「あ、えっと……」
口元には笑みを浮かべながらも、うろうろと視線をさ迷わせている彼女に自然と声が低くなる。また虫が家に出たのかと思うが、それにしては異様だ。
無言で返答を待つが、しかし僅かに逡巡したすずさんはやがて首を横に振った。
「なんでもないですよ。お酒買おうかなって思ったんですが、今日は推し活でだいぶ散財しちゃったので控えるべきかなーどうしよっかなーって悩んでたんです」
「……」
わざと明るい声を作って見せるすずさんに眉を顰める。絶対嘘だ。何か隠している。気づいているぞという意味を込めた視線を突き刺すが、しかし間違いなく俺の追及の視線には気づいているのに、彼女は俺と目を合わせないようにしながら「でもやっぱり推しをお迎えできたわけですし祝杯挙げた方がいいですよねっ!」とコンビニへ入ろうとした。
咄嗟にその腕を掴む。
「待って」
「っ、……ええと、なんですか?」
やはり目線は合わない。顔を背けたまま俺の行動を咎めるように真意を問う彼女に、何故か非常に面白くない感情を覚えた。
「……すずさんさ。……モンスターテールの漫画持ってる?」
「は?……はい、まあ、一応全巻……?」
俺の顔を徹底してみないようにしていた筈の彼女だが、突拍子もない俺の言葉に思わず、という風に胡乱気な眼差しで振り返った。その隙を逃さず畳みかけるように続ける。
「貸して。今」
「今!??!!?い、今はちょっと……。今度持ってきますから」
「重いでしょ。取りに行く」
「いや、あの」
「都合悪い?……なんかあった?」
「あ……」
しどろもどろで拒否の姿勢を示すすずさんに僅かに悪いなと思いつつも、ここで逃がしたら後悔する予感がした。掴んだ手首をゆっくり引いて自分に向き直させる。
顔を覗き込んで問いかければ、大きな丸い目が更に見開かれた。───そして、その両眼からぽろ、と涙が零れた。
「…………あ、の…………さ、最近」
「うん」
つい数時間前……いや、数十分前にこのコンビニ前に別れた時とは打って変わって青ざめた顔色で、彼女は何かに怯えながら口を開く。喉を詰まらせながらも何事かを告げようとするすずさんに静かに相槌を打った。
「元彼から、ずっと連絡、来てて」
「うん」
「無視、してたん、ですけど、……今スマホ見たら、……無視、するんじゃねえって」
「うん」
「そ、れで………今……家の前に、いるんです」
───過去の光景が脳裏に甦った。




