六十三話
んんんんんっ、美味しい!日本酒最高!
刺身の油が残った口内に、すっきりとした日本酒の味わいが広がる。日本古来より親しまれ愛されてきた酒と魚という最高の組み合わせに内心で感謝申し上げていると、正面からくつくつと喉奥で笑うような音が聞こえてきた。
「一番美味いって顔してるな」
「バレました?日本酒大好きなんですよね。しかも今が旬の鯛のお刺身といただけるとか幸せすぎます」
「確かに。こっちも美味いよ」
そう言って私の御猪口に別の日本酒を注いでくれるはるかくんにお礼を言う。ううむ、こっちはコクがある味わいだ。非常に美味です。瞑目して日本酒を味わう。
チラリと正面のはるかくんを伺うが、彼も全く顔色が変わっていない。やっぱり強い部類に入ると思うのだけど。なんて考えながら私はすすすっとはるかくんの前に灰皿を差し出した。
「はるかくん。たばこ吸って平気ですよ?ここ加熱タバコなら平気みたいですし」
「気にしなくていいよ。臭いつくし」
「大丈夫ですって。紙タバコじゃないからそんな気になりません」
同じコンビニに足繁く通う同志であり、強盗被害の会メンバーである彼がいつも買うタバコの銘柄は知っている。それが加熱式タバコのものであることも。
早々に酔っぱらって私の肩に持たれる葵ちゃんの頭を撫でながらどうぞ、と手で灰皿を指し示せば、彼は観念したようにポケットからタバコのデバイスを取り出した。
「煙かったら言って。遠慮なく」
「お気になさらず」
私ばっかり嗜好品楽しんでるのも申し訳ないしね。もぐもぐとタコの刺身を口に運び日本酒で流し込む。
「結局どの酒が一番好きなの?」
「うーん……甲乙つけがたいですけど、やっぱ日本酒ですかねぇ。ワインも大好きなんですけど悪酔いするんですよ」
「へえ、どんな感じ?」
「キレます」
「ぶはっ」
端的に告げるとはるかくんは顔を逸らして噴き出した。くっくっくっと爆笑を堪えるその姿に遠い目をする。笑いごとじゃないんよ、昔そのキレ上戸のせいで振られたからね……。
大学時代の苦い思い出が蘇る。そうあれは二十歳なりたての頃、当日付き合っていた彼氏に連れられて初めてワインバーに行った時のことだ。
お酒なんてまだそんなに大して飲んだこと無かったにも関わらず、背伸びしてワインなんかに手を出したのが運の尽き。付き合っていた彼氏が『控えめで小食の子が好き』とか抜かしたせいで、無知な小娘であった私は碌に食べずに勧められるがまま空腹の胃にワインを大量に流しまくった。
その結果。
「衆人環視の中、付き合いたての彼氏へ『女へ理想を押し付けるな』だとか『小食のメリットを教えやがれ。多少食費が浮くだけだろうが』等と支離滅裂な説教ぶちかまし、見事朝起きた時には破局していました。……以来、ワインは一人で飲むか気心知れた相手の前でだけ飲むようにしています……」
「まさに悪酔いだな」
そうなんです。あの一件は私の黒歴史として深く心に刻み込まれている。あれ以降私は座右の銘を『酒は飲んでも飲まれるな』にしたくらいだからな。
とはいえそれがあったからこそお酒の嗜み方を覚えたし、今楽しくお酒を飲めているからいい教訓にはなったといえばなったので悪い事ばかりではないのかもしれないけど。
「まあみんな多少なりともそういう失敗あるよなぁ。他には?」
「……」
天使みたいな笑顔で追撃かまそうとするんじゃないよ。悪魔か。
予期せず思い出すのも恥ずかしい過去を暴露してしまった私は、楽し気なはるかくんの視線から逃げるようにぐいっと御猪口を傾けた。




