六十一話
私とはるかくんの行きつけのコンビニは、駅から大体徒歩10分のところにある。
各停しか止まらない駅であるにも関わらず駅前はそこそこ栄えており、ファストフードもカフェも居酒屋もそれなりの数がある。
ガヤガヤと仕事終わりのサラリーマンや学生で賑わう居酒屋の一席。ビールが並々注がれたジョッキを掲げた私は本日の会の幹事として音頭を取るべく、こほんと咳ばらいを落とした。
「それじゃ……葵ちゃんの就職内定おめでとうということで、乾杯!」
「かんぱーいっ!」
「乾杯ー」
カチャンカチャン、とジョッキを打ち鳴らす。隣に座る葵ちゃんが非常に嬉しそうな顔でグラスを傾けるのを横目に、私もぐいっとジョッキを煽った。
うーん、旨い!ビールはすぐお腹いっぱいになって量飲めないから苦手だけど、この最初の一杯だけは格別に美味しいよねぇ。なんでだろ。
キツい炭酸に喉を焼かれてくうっと唸る。すると正面に座るはるかくんが苦笑いを浮かべた。
「旨そうに飲むな、すずさん」
「命の源ですから……」
思わずしみじみと語ってしまう。家で一人で飲むお酒も美味しいけど、こうして外で飲むお酒もまた格別だよねぇ。飲み放題だから気兼ねなく飲めるし。
スピードメニューの代名詞、枝豆が到着しウキウキと手を伸ばす。そんな私の隣でくぴくぴと可愛らしくカシスオレンジを飲み続ける葵ちゃんに、はるかくんは訝し気な目を向けた。
「おい葵。そういやお前酒飲めんのか?飲んでるの見たこと無いけど」
「さあ?」
「さあ!?」
「だってお父さんが外で飲むのは許さんって言うんだもん。その割に家に碌なお酒ないしさぁ。それになんか友達もわたしが飲もうとすると止めるんだよねぇ」
だから今日楽しみにしてたの、とにこにこする葵ちゃん。その可愛さたるやまるで地母神の如き尊さやないの。思わず悶えてしまう。
いやぁお父さんの気持ちわかるわぁ……こんな可愛い子外で飲ませたら下種共に何されるか分かったもんじゃないからなぁ。
出会ったこともない葵ちゃんとはるかくんのお父様に全面同意しうんうんと頷く。ちなみに今日は兄であるはるかくんが一緒なので外での飲酒も許されたらしい。
大丈夫ですよお父様、お父様からしてみれば私もどこぞの馬の骨とも知らない輩かもしれませんが、貴方に代わって葵ちゃんの全ての障害から守って見せると誓います。
「ならちょっとずつ飲め。ジュースじゃねえんだからそんなペースで飲んだら潰れんぞ」
「大丈夫でしょ。おに……遥と同じDNA持ってんだよ?この位じゃ酔わない酔わない」
「なんの根拠があってそんな強気なんだよ……」
お兄ちゃんらしく窘めるはるかくんだが、しかし葵ちゃんはお構いなしにグラスを空ける。「旨い!もう一杯!」とどこぞの親父のようにおかわりを求める姿にくすくすと笑ってしまう。
「はるかくんは強いんですか?」
「いやそれなり。そんな大したことはないよ」
と、謙遜する人ほど強いんですよね。知ってます。だってほら、開始15分なのにもうジョッキ空いてるじゃないですか。飲める人特有の謎の遠慮を見せるはるかくんに分かってるんやで、と生暖かい目を向けながらドリンクメニューを手渡す。
「あ、そうだ。忘れるといけないから先に渡しちゃうね。内定おめでとう、葵ちゃん」
「え、わあ!?いいの!?ありがとう鈴ちゃん!うっわああ可愛いボールペンだぁぁ」
目をキラキラに輝かせ大喜びしてくれる葵ちゃん。ベタだし大したものでは無いのでそんなに喜ばれると申し訳ないのだが。
しかし満面の笑みで私が選んだダークブルーのボールペンを握るものだからなんだかこちらまで嬉しくなってしまう。つられて頬を緩めているとはるかくんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、気遣わせて」
「いえいえ、いつも葵ちゃんには元気貰ってますからお返しです」
これは紛れもない本音だ。会社で嫌なことがあって疲れてても、いつでも元気いっぱいな葵ちゃんとゲームするとイライラも疲れも吹っ飛ぶのだ。なんたる癒し。天使か?天使だわ。
私の腕にぎゅうぎゅうすりすりと抱き着いてくる子犬天使の頭を撫でながらはるかくんに微笑めば、彼もほっとしたように微笑みを返してきた。本当にいいお兄ちゃんだなぁ、私もこんな面倒見のいいお兄ちゃん欲しかったわ。
「ま、お祝いですし。いっぱい飲みましょ!」
なにせ飲み放題ですしね、と早速ジョッキを空けた私は店内を走り回る店員を元気よく呼ぶのであった。




