60話
「ねえお兄。鈴ちゃん彼氏いないんだって」
「だから何」
「付き合っちゃいなよ!」
珍しくストリート系の服ではなく、清楚なワンピースなんて着た葵がにひひっと笑って俺を見上げる。
脈絡もなければ突拍子もない事を抜かす妹に、これまた珍しく出勤日以外にスーツを纏った俺は胡乱気な眼差しを向けた。
「……お前いつまで頭ん中小学生なの?」
「は?どういう意味?」
そのまんまの意味だろうが。むくれた顔にこれ見よがしにため息をついてやる。
確かにあの日以来、すずさんとはちょくちょく一緒にゲームをするようになった。相変わらずコンビニでも会うし、前よりも親しくなった自覚はある。
だがそれだけだ。依然として俺とすずさんの関係は顔見知りである。友人というにはまだ少し遠い。ゲーム仲間と言った方がしっくりくるかもしれない。
だというのにこいつは何を言っているんだ。一足飛びどころか十足も飛んだこと抜かしやがって。ちょっと仲良くなったら付き合えだのなんだのって情緒が小学生で止まってるとしか思えない。俺はともかくすずさんに失礼すぎる。
第一、俺の過去を知っていてよくもまあ恋愛を進めてくるな。……いや、知っているからこそなのかもしれないが。しかし余計なお世話である。
就職が決まったというのに未だにガキ恋愛脳丸出しの妹は俺の言葉にえーだのうーだの唸り、俺の腕を指で突いてきた。
「だって鈴ちゃんにお姉ちゃんになってほしいんだもんー」
「なんでお前の好みで俺の結婚相手決められなきゃいけねーんだよ」
決してすずさんがダメだという意味ではないが。……いやでもあの酒の量はちょっと思うところが無い訳ではないけども。
就職内定のお祝いだと両親に高級レストランに連れてこられお澄ましをしていた反動か、いつも以上にウザったく纏わりつく妹をシッシッと追い払う。こんなんがあと半年もすれば社会人とかマジか?企業はよくこんなの採用したな、大丈夫か人事。
外面だけはいい妹は不満げな顔をして俺を睨んでいたが、突然何かを思いついたような顔をしてスマホを懐から取り出した。
その顔にまた何か企んでいるのを察知した俺は、胸中に浮かんだ嫌な予感に従ってさっさと葵から離れようとする、が。
「ねーえ、お兄?わたし無事内定したけどお兄からお祝い貰って無いなぁ?」
「今日の金出してんだろ」
「お父さんとお母さんと一緒にでしょ!ねえねえねえ、お祝いにご飯おごってよ!」
「嫌です」
「鈴ちゃんはお祝いしようって言ってくれたのに?」
「は?」
思わず振り返る。すると葵はニヤニヤと笑いながらメッセージアプリの画面を開いたスマホをフリフリと振った。そこには確かに『おめでとう!お祝いしなくちゃね!』というメッセージが。
「鈴ちゃんはお祝いしてくれるのに、実の兄はお祝いしてくれないんだ?酷ーい、サイテー。鈴ちゃんに言ってやろー」
「……世間一般では、それは恐喝って言うんだぞ」
にっこりとあくどい笑みを浮かべたたかり魔の言葉に、俺はドッと疲れを覚えるのであった。




