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100話

最終話です。

 平日の昼間だというのにそこそこ人通りがあるんだなぁこの駅。

 2年も最寄り駅として利用していたくせに今更すぎる感想を抱きつつ、改札前の花屋の前でぼんやりと立つ。


 待ち合わせの時間よりもだいぶ早く着いてしまった。

 あの人のことだし腹空かせて来そうだ。どうせなら待っている間にコンビニで軽食でも買っておいとこうかと考えたその時、「はるかくんっ!」と自分の名を呼ぶ声が遠くで聞こえた。


 驚いて目を上げると、マフラーから出た頬を赤く染めた待ち人が嬉しそうな顔で駆け寄ってくるところだった。


「早くない?」


「電車の乗り換えが上手くいったんです。はるかくんこそ早くないですか?」


「………………家出る準備が上手くいったんだよ」


「何言ってるんですか?」


 この2ヶ月でだいぶズケズケ物を言うようになったすずさんに突っ込まれ、気まずげに目を逸らす。まさか今日が楽しみすぎて早く出てきてしまったなんて言えない。


 しかし結構目ざとく、そして俺のことをよく見ている恋人には言わなくともバレていたようだ。くっくっと喉奥で笑われてしまい、思わずジト目で睨む。


「私も楽しみで寝不足でしたよ」


「……なんで過去形なんだよ」


「電車の中で寝たので」


 むふーっと勝ち誇ったように鼻を鳴らすすずさん。何となくその様子が可愛くも腹立たしくて冷たい頬を片手で潰す。すると「キュートアグレッションはお止めください!」ともだもだ暴れ始めた。


「空さんは大丈夫だった?」


「はい。彼氏さんが迎えにきてくれて……『ご迷惑をおかけして本当にすみません!』ってすごい勢いで何回も謝られてしまいました」


「ああ、まあ、うん……しっかりしてそうな彼氏でよかったよ……」


 会った事こそないものの、話を聞く限りとんでもなく破天荒そうなすずさんの従妹に思いを馳せる。普通に引越し1週間前に『入居期間変更してきたー!』はやばいからな……。


 もし結婚することになったらそんな破天荒全日本女子柔道選手が身内になるのかと思うと恐ろしくてしょうがない。頼むから手綱離すんじゃないぞ彼氏。


「あ、そうだ。これバレンタインデーです」


「おお、ありが……」


「葵ちゃんと一緒に食べてくださいね」


「……」


 悪気のなさそうな顔でそう言い放たれて笑顔で口を閉じる。なんで恋人からのバレンタインを妹と分けなきゃいけないんでしょうか。

 そこらへんどうお考えなのか小一時間位問い詰めたいが、まあ外ですることでもないかとため息をつき改めてお礼を口にする。あとで覚えておけよ。


 とりあえず、予定よりも早いが合流もできたことだし目的地に向かうかとすずさんの手を取る。

 付き合い始めこそ繋ぐたびにソワソワとしていたものだが、この2ヶ月会うたびに問答無用で捕まえて慣らしていたので今となっては平然と受け入れられる。


 すっかりあの痛々しいケガも治った手首を横目で確認していると、すずさんは髪を耳にかけながらふふ、と思い出し笑いを浮かべた。


「いやぁ、まさかはるかくんの部屋も更新時期だったとは。普通忘れます?更新月」


「来年だと思ってたんだよ。……まあ結果オーライだしいいだろ」


「そうですねぇ」


 駅近くの不動産屋に二人で足を踏み入れる。すると顔馴染みとなった営業担当が俺らの姿を認めてはがたりと椅子から立ち上がった。


「山下様、飯田様。お待ちしておりました。今鍵をお持ちしますので少々お待ちくださいね」


「はい」


 指し示されたカウンター席に並んで座る。出されたお茶で指先を温めるすずさんがふと俺を見上げた。


「……そういえば、この間ここ来たときに思ったんですけど」


「なに?」


「私たち、自己紹介してないんですよね」


 そう言って鞄の中から賃貸契約の契約書の写しを取り出す。先月記入したそれの一部分を指さした彼女は、むっと口を尖らせた。


「はるかくんの誕生日があの事件の日だったなんて私知らなかったんですけど」


「ああ、お陰で一生忘れない誕生日になったな……」


 年末の、すずさんが元交際相手に誘拐されかけたあの日。実はあの日は俺の誕生日であった。


 結局中止になってしまったが、実は予定していた飲み会はすずさんの送別会でもあるが俺の誕生日会でもあったのだ。


 幹事である葵が「折角準備してたのに~」と今でもたまに思い出しては犯人に対して憤っている。

 それに関しては俺らが悪いわけではないものの、申し訳ない事をしたなと今でも少し思う今日この頃。


 賃貸契約書の契約者名義の横、同居人の所に書かれた『飯田 鈴音』という文字を改めてじっくりと眺める。丸っこい字も、その字面もまだ見慣れない。

 同じく傍らでじっと契約書を読むすずさんにふと俺は口を開いた。


「じゃあ今しとく?自己紹介」


「同棲初日に……?」


 なんじゃそりゃ、とばかりの顔を向けられる。しかし言いながらも小さく噴き出した彼女はふっと柔らかく笑って俺の目を見つめた。


「飯田鈴音と申します。ご飯の飯に田んぼの田、鈴の音と書いてすずねです。1999年3月7日生まれ、うお座。B型。趣味はゲームとアニメ鑑賞と推しの配信アーカイブを見ることです」


「ええ、趣味までいうの……?山下遥。山、川の山に上下の下、遥かなるとかの遥一文字。1997年12月22日生まれのやぎ座。O型、趣味は……なんだろ、読書とか?」


「そういえばはるかくんの部屋本いっぱいありますもんね。実は目悪くてコンタクトしてるし、家じゃメガネだし」


「俺の私生活を不動産屋で赤裸々にするのはやめてくれ」


「今個人情報を自ら赤裸々にしたばかりなのに?」


 軽口の応酬の末、どちらからともなく小さく噴き出す。

 なんて今更なことをしているんだろう。余りにもしょうも無くて、でも言わなきゃ分かり合えないこともあって。新しく分かったことがあると嬉しくてしょうがない。

 思わず微笑みあう。


「……さて、新しい家行ったらまずは掃除だな。15時から荷物搬入だから手早くやらないと」


「その前にご飯食べたいです。お腹空きました」


「言うと思った」


 鍵を受け取り、不動産のスタッフに見送られながら新しい『帰路』を歩く。


 同じ駅だし、同じ改札側ではあるものの、俺やすずさんが出会ったあのコンビニと新居は逆方向だ。


 それでも。


「引っ越しの諸々終わったら行くか、あのコンビニ。久しぶりに」


「遥くんは別に久しぶりじゃないでしょうに」


「それ言ったら鈴さんだって先週俺の家泊まった時に行ってんだから久しぶりじゃねえだろ」


 




 あの場所は俺ら二人にとって特別であることは変わりない。きっとこれから先も。ずっと。

 







『コンビニでたまに会う人と100話後に自己紹介する話』





これにて、鈴音さんと遥くんの100話に渡る物語は完結です。

丸1ヶ月、お付き合いいただきましてありがとうございました。沢山の方に読んでいただけて感無量でございます。


今後は気が向けば後日談的な話を投稿しようと思っております。(ムーンライト行きになりそうなエピソードばかり思い浮かんでいますが……)

もし見たいエピソードなどあれば感想欄で是非是非お知らせください。


また他の作品でお会いできることを願っております。



作中で出た他作品↓

『モンスターテール〜アンデッドモンスター、勇者から世界を守るため『勇者侵攻対策おもてなし本部』を設立する〜』

https://ncode.syosetu.com/n6784js/


モンスターと人間の和平を巡って、元人間のアンデッドモンスターが親善大使として仲間たちと一緒にえっちらおっちら頑張るお話です。

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― 新着の感想 ―
非常に良きお話でしたー。 ぜひ後日談ををを。葵ちゃん方面を希望しますー。
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