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結局この世は見た目が全てなのでしょう?

作者: 特になし

見た目もの(なんてジャンルはないかもしれませんが)に挑戦しました。

 ヴェリティ・アーノルド子爵令嬢の外見は、決して悪いわけではない。ただ、あまりにも平々凡々なその姿は、芋っぽい、地味、と形容されてしまうものではあった。


 ヴェリティも、もちろんそのことを自覚していた。だとして、彼女がそれを気に病んだことは一度としてない。そもそも、ヴェリティは外見にそこまで関心がないのだ。ある程度整えはするけれど、美しく見せようと着飾ることはしない。彼女はそれで十分だと考えていたし、これまでの人生において、何らかの不利益が出たこともなかった。


 それに、ヴェリティにはもっと熱意を向けていることがあった。何を隠そう、彼女は美味しい食べ物に目がないのだ。自ら厨房に立って料理する他、彼女は王都中の店の開拓にも精力的に取り組んでいた。


 美味しい店、食べ物を見つけると、ヴェリティはそれを手紙に書き記す。手紙を送る相手は、幼馴染のヘイヴン・リメイユ伯爵令息だ。


 両家が昔から親交が深いこともあり、幼い頃、二人はよく一緒に遊んだものだった。しかし五年前、ヘイヴンは領地で暮らすことになってしまった。それから今に至るまで、二人はずっと文通を続けている。


 細やかに書き記されたヴェリティの手紙を、ヘイヴンはいつも喜んでくれていた。そしてヴェリティも、いつかあなたが王都に戻った時にはぜひ一緒に、と手紙を結ぶのだった。


 このように、彼女の生活は幸福で満ち足りたものだった。少なくとも、ヴェリティは疑うことなくそう思っていた。しかしある日、そんな彼女の認識を覆す出来事が起きる。



 その日のパーティーで、ヴェリティの友人であるシーラは、新しく買ったドレスを、友人たちの前で自慢していた。身体の線がしっかり出る、そして華やかな色合いのそのドレスは、シーラの均整の取れた肉体美と、はっきりした顔立ちがあってこそ着こなせるもの。ヴェリティは素直に感心した

 

「素敵です。シーラ嬢にとてもお似合いですわ」


 羨ましがる他の友人たちと同じく、ヴェリティもまたシーラを褒める。


「あら、ヴェリティ嬢もぜひ真似してくださいな。私、このドレスはきっと流行すると思うのです」

と、シーラ。


「いえいえ、とんでもない。そのドレスはシーラ嬢や皆様方のように、美しい方々だからこそ似合うもの。私にはもったいないですわ」


 それは決して自虐ではなかった。冷静に考えて、自分には似合わないし、必要もない。ヴェリティはそう思ったのだ。


 しかし、

「それは甘えだとは思いませんの?」

と、シーラは眉をひそめた。


「え……?」


 いきなりのことに、ヴェリティは面食らう。


「これはずっと思っていたことなので、この機会に言わせていただきます。ヴェリティ嬢は恥ずかしくはないのですか? 女性は美しくなるために皆努力しているもの。それなのにヴェリティ嬢は、ぱっとしない外見をしていて、それなのに変えようと努力している気配もない。見た目が優れないのは、ただの怠惰、自己責任ですのよ? 今だって、このドレスが似合うよう努力しようと思うのが、女性として当然のことではありませんか」


 シーラは非難の色を言葉ににじませる。


「実は、私も同じことを思っていたのです」

「外見に自信がないせいか、ヴェリティ嬢はどこか卑屈というか……」

「まあ、コンプレックスなのだろうとは思うのですけど」


 友人たちも、口をそろえてシーラに同調する。


「……も、申し訳ありません」


 彼女らに気圧され、咄嗟にヴェリティは謝ってしまう。しかし、内心では訳が分からなかった。なぜお説教されているのかしら。何か、いけないことをしてしまった? 見た目が良くない。それが、そんなに悪いことだったの?


 頭が真っ白になるヴェリティ。しかし、彼女の心に一つの事実が、どすん、とのしかかる。私は恥ずかしい存在。だから、変わらなければいけないんだわ。


 元来真面目な性格のヴェリティは、その時、自分の外見を変えることを決意したのだった。


 さて、その時の社交界で、令嬢たちはこぞってウエストの細さを競っていた。細ければ細いほど、賞賛の的となる。コルセットで締め付けもするだろうけど、まずはとにかく瘦せなければ。


 次の日から、ヴェリティはさっそく減量を開始した。食べることが好きだったヴェリティが、突然食事を抜くようになった。料理もしなくなったし、店にも出かけない。いきなりのことに、家族はヴェリティを心配する——かと思いきや、反応はなんとその逆だった。


「見た目に気を遣うなんて、ようやくヴェリティもまっとうになったのだな」

「今まで心配だったのよ。あまりにも女らしさがなくて。ヴェリティが頑張るようなって、お母様、嬉しいわ。応援してるからね」


 両親は娘の変化に喜びを覚えたのだった。


 努力を誉めてくれる。応援してくれる。それは確かに嬉しいこと。だけど、やっぱり今までの私は、お父様、お母様から見てもだめだったのね。褒められる度、過去の自分が否定されるのを、ヴェリティはひしひしと感じていた。


 そして、ヴェリティはさらにストイックに減量に励んだ。結果、一月たつ頃には、誰の目から見ても明らかなほど、彼女はほっそりとした体型になっていた。


「やっぱり、やればできるものだったのね」

「今のヴェリティ嬢は昔の何倍も素敵よ」


 友人たちはヴェリティの努力を認めた後、

「次は化粧ね」

と、言った。


 ヴェリティは化粧っけがなかった。肌が弱かったために、あまり化粧品に耐性がなく、つけるのを控えていたのだ。だけど、それこそが甘えなのよ。ヴェリティは自分に言い聞かせる。


 しっかり化粧をすると、うすぼんやりしていた顔が随分と華やかになった。こうしてみると、今までの顔はなんてひどかったのかしら。鏡を眺めながら、ヴェリティは過去の自分を恥ずかしく思うのだった。


 そして、やはり友人たちは、化粧をしたヴェリティを褒めてくれた。しかし、ここまでくると、ヴェリティはもはや言われるより先に、自分から改善する場所を探すようになっていた。


 最初に目に付いたのは髪の毛だ。漆のような、地味な黒色。もっと華やかで明るい色だったら良かったのに。


 ヴェリティは、異国の植物を使えば、髪の毛を脱色できるという話を聞いた。ヴェリティはさっそく取り寄せ、脱色剤を作り上げた。


 脱色剤を使うと、髪の毛がほんのり明るい茶色になった。だけど、これじゃまだ足りないわ。もっと、シーラ嬢のようなきれいな金髪に……。


 何度も薬を塗布しては流してを繰り返し、金色になるまで色が抜けた頃、ヴェリティはようやく満足して一息ついた。素敵だわ。印象もかわいらしく、明るくなって。きっとみんなも気に入ってくれる。そう思うと、頭皮がひりひりと傷むことも、ヴェリティはまるで気にならなかった。


 それからもヴェリティは、どんどんその武装を増やしていった。きついコルセット、高いヒール、洒落たアクセサリー、しっかりセットされた髪型……。まるで別人みたい。驚いた。パーティーで出会う人々は、いつもヴェリティにそう声をかけた。


 別人。その言葉がヴェリティは何より嬉しかった。私はもう、昔の私じゃないんだわ。冴えない恥ずかしい昔の私から、ようやく生まれ変われたんだわ。そう思ったのだ。



 ある日の夜、机の前でヴェリティは苦戦していた。ヘイヴンへの手紙が書けないのだ。

 

 今までの手紙はなんてみっともなかったのかしら。食べ物のことばかり書き記して、ヘイヴン様も、内心では私を卑しいと呆れていたに決まってる。これからはきちんとした文面にしなければ。そう考えれば考えるほど、何を書けばいいのか分からなくなってくる。


 見た目を変えたことを書こうかしら。私が生まれ変わったことを。ヴェリティはふとそう思って、だけど、ヘイヴン様には伝えたくない、と思い直す。だけど、どうして彼にだけ言いたくないのか、その理由は分からなかった。


 結局ヴェリティは、季節の挨拶と、王都の流行物少し、家族も自分も健康であることだけ書いて、封を閉じた。



 さて、その頃。生まれ変わったように変貌した令嬢がいることは、社交界中で大きな話題になっていた。それによって、今まで関わりのなかった、侯爵、果てには公爵の令息令嬢までもが、ヴェリティに声をかけてくるようになった。最初は驚いたヴェリティだったが、関心を持ってもらえる、そして褒めてもらえることは、やはり嬉しかった。


「ヴェリティ嬢、最近調子に乗っていらっしゃるんじゃなくって?」


 シーラ率いる友人たちが、じっとりした視線でヴェリティを見つめてくる。いきなり時の人となったヴェリティに対し、かつての友人たちは反感を持ち始めていたのだ。


「勘違いしないでくださる? あなたは元々地味で目立たない令嬢なのよ」

「そうよそうよ。少し見た目を変えたからって、自分が変われただなんて思わないことね」

「物珍しいから構われているだけ。すぐに飽きられるに決まってるわ」


 言いたいことを散々ぶちまけると、友人たちはさっさと行ってしまった。ヴェリティは動けないまま、その場に立ち尽くす。


 ご機嫌をそこねてしまったんだわ。みんなに言われたから、見た目を変えようと思ったのに……。それなのに、どうしてこうなってしまったのかしら。ヴェリティはうつむいた。


 そこから、だんだんとヴェリティの日々に、ほころび出てくるようになる。


 見た目の変化によって、かつての女友達はヴェリティのもとから去った。反対に近づいてきたのが、かつての知人の男性たちだった。


 ヴェリティは気の強い性質ではない。大人しく、また地味な見た目をしたヴェリティに、今までは令息たちは軽んじた態度をとったものだった。


 しかし見た目が変わってからは、あからさまに彼らが親切に接してくる。また分かりやすくアピールしてくる。最初の頃、ヴェリティは新鮮な喜びを感じた。私が努力したから、彼らも私を認めてくれるようになったんだわ、と。


 だけど、彼らの手の平を返すような対応が、だんだんと軽薄に、やがてはおぞましくさえヴェリティには思えてきた。結局この世は見た目が全てなのね。ヴェリティはそう悟り、またそれについて割り切ったつもりだった。


 もっと頑張るしかない。もしも見た目が戻ってしまったら、きっとみんな、私に冷たく接するようになるんだわ。


 この頃になると、ヴェリティの身体は至る所がおかしくなってきていた。足は傷だらけだし、皮膚も髪の毛もぼろぼろ。原因不明のめまいに、ずっと続く倦怠感。少し身体を動かしただけで、すぐに息が切れる。頭がぼんやりとして、物事をうまく考えられない。やる気も起きない。


 そういえば、最近ヘイヴン様にお手紙を差し上げていないわ。ヴェリティはそう気付いたが、今の状況ではまるで何も書ける気がしなかった。ペンを持ち上げる気力も、もはやヴェリティにはなかったのだ。


 それでも、ここが踏ん張りどころ。絶対に負けるものか。私は昔の私にだけは戻りたくない。誰にも認めてもらえない、あの私には。


 ヴェリティは外見を整え、笑顔を保ち、人前に出続けた。


「本当に垢抜けた。まるで生まれ変わったみたいだ」

「髪の毛もこんなきれいな金髪になるなんて。ヴェリティ嬢は魔法にかけられたのかな?」


 この姿でいると、みんなが私を褒めてくれる。だけど、噓で塗り固められた作り物を褒められて、何の意味があるのかしら。それに、彼らは私が苦しんでることにも気付かない。仮に気付いていたとしても、手を差し伸べてくれようとはしない。


 どうしてこんな人たちのために頑張っているんだっけ? 最近、分からなくなってきた。私は何が欲しかったのかしら? どうなりたくて、どんな言葉をかけて欲しいのかしら?


「ヴェリティ嬢、どうかしたのかい? 先ほどから返事がないけれど」


 またぼんやりしてた。何か返事をしなきゃ……あれ、声が出ない。息ができない。きつく締めすぎたコルセットのせい? それとも——


 だめ、意識が遠のいていく。ヴェリティは頭からその場に倒れた。



ここは……私の部屋だわ。目を覚ましたヴェリティの頭上には、見知った天井が広がっている。


「ヴェリティ、ようやく目が覚めたんだね」


 そう言って、顔を覗き込んでくるのは——五年間顔を合わせていなくても分かる。


「ヘイヴン様……どうしてここに……?」


 懐かしい幼馴染との再会に、ヴェリティの声が震える。


「心配だったんだ。君の手紙が、いつからか、いつもみたいに生き生きとしなくなっていて。何かあったんじゃないかと心配で心配で、だけどなかなか言い出せなくて。そして、ついに手紙すら届かなくなった。もう居ても立っても居られなくて、君に会いにここまできたんだ」


 傍らに座っているヘイヴンは、形のいい眉を下げながら、ヴェリティの顔を見つめてくる。


「大変だったんだね。君が辛い思いをしている間、何もしてあげられなくて悪かった」


 全部知られてしまったんだわ。そう思うと、訳の分からない恥ずかしさで、ヴェリティはその顔が見られなくなった。


「今の見た目になるために君が努力したことは尊敬するし、とてもかわいくて素敵だと思う。だけど、もしも君が今、この見た目のせいで苦しんでいるのなら、もうやめていいんじゃないかな」


「……やめるわけにはいきません。だって、昔の私は恥ずかしいと、みんながそう言うのですから」


「恥ずかしいもんか。ヴェリティは昔からかわいいよ。世界一かわいい」


「かわいいって……それも見た目ではありませんか。結局この世は見た目が全てなのでしょう?」


「見た目……なのかな。見た目がいいから好きとか、悪いから嫌いとかじゃなくて、ヴェリティのことが好きだから、かわいいと思うんだよ。好きだから、顔とか、表情とか、仕草の一つ一つ、書いた文字の一つ一つ、全部かわいくて、愛しく見えてくる。結局、どんな君でも僕は大好きで、世界一かわいいんだ。だから君は、君が好きで、やっていて楽しい君をやればいい」


 ヘイヴンの言葉が、ヴェリティのひび割れた心の隙間を埋めていく。


 どうして彼への手紙に、自分が外見を変えたことを書けなかったのか、ようやく分かった。ヘイヴン様にだけは、過去の自分を、本当の自分を否定してほしくなかった。私は、別人になっただとか、生まれ変わっただとか、そういう言葉がほしかったんじゃない。私は私のままで、私だからいいと、そう言ってくれる人を、ずっと待っていたんだわ。


「そうだ、これ。君が前に手紙で教えてくれた店で買ってきたんだ」


 ヘイヴンは紙袋からマフィンを取り出す。それを見て、あ、とヴェリティは思う。以前、私が絶品だと手紙に書いたお店のものだわ。覚えていてくれたのね。


「良かったら、一緒に食べない?」


 どうしよう。食べたら、また太ってしまう。そうしたら——そうしたら? いいえ、何も変わらないわね。


 ヴェリティはヘイヴンの手からマフィンを受け取る。その表面に、ぽたり、と涙の雫が落ちた。


「美味しいな。さすがヴェリティのおすすめだけある」

と、ヘイヴンが微笑む。


「ええ。本当に……美味しい」


 涙の味で少し塩辛い。だけど、そのマフィンは、今まで食べた何よりも美味しかった。


「これからは、また手紙を出します。美味しい食べ物のことも、他の楽しいこともいっぱい書いて」


 マフィンを食べ終え、ヴェリティはヘイヴンの顔を見る。


「ありがとう。でも、もう手紙は必要ないかな」


「なぜ?」


「実はそろそろ王都に戻ろうと、前々から考えててね。ヴェリティがきっかけで、今回戻ってきたけど、これからはしばらくこっちに住むんだ」


「ほ、本当ですか……!」


「だからさ、これからは連れていってほしいな。今までヴェリティがいっぱい教えてくれた場所に、一緒にさ」



 さて、それから数か月がたった。その頃にはヴェリティの体重はもとに戻り、さらに言えば、反動で少し増えた。髪の毛も黒髪に戻って、短くなった。脱色した部分をさっぱり切ったからだ。短い髪の評判は貴族たちの間では悪い。だけど、ヴェリティは軽くなった頭を気に入っていたし、ヘイヴンもそれをかわいいと言ってくれた。


 ヴェリティが社交界に復帰する頃、人々は完全に彼女への興味を無くしていた。友人たちとも、何事もなかったかのように、前と同じ関係に戻っていった。


 両親はヴェリティが倒れたことをひどく気に病んでいた。しばらくの間は、顔を合わせる度、二人には何度も謝られた。頭を下げる両親に、ヴェリティは、全部は自分の未熟さのせいだったから、と手を振った。


 そして、よく晴れたある日の昼下がりのこと。


「さあ、とっておきのお店にご案内いたしますわ!」


 城下町には、ヘイヴンの手を引いて、幸せそうに微笑むヴェリティの姿があったのだった。

最後までお読みくださりありがとうございます! まだまだ勉強中ですので、ご意見、アドバイスなどいただけるとありがたいです。

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友人たちは、ヴェリティにマウント取りたかっただけなんでしょうねえ。野暮ったい相手に優越感を持って。もしかしたら体型のために諦めていたお菓子を目の前でばくばく食べられて憎しみが生まれていた可能性もありま…
 嫌な人たちともそこそこ良好な関係を保って置かなければならないのは狭い貴族社会では致し方ない所ですが、ヘイヴンの愛情が支えになって、きちんと自分を取り戻せたヴェリティなら、もう振り回されることもないで…
クソカス共と関係戻ったのは解せない。
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