結局この世は見た目が全てなのでしょう?
見た目もの(なんてジャンルはないかもしれませんが)に挑戦しました。
ヴェリティ・アーノルド子爵令嬢の外見は、決して悪いわけではない。ただ、あまりにも平々凡々なその姿は、芋っぽい、地味、と形容されてしまうものではあった。
ヴェリティも、もちろんそのことを自覚していた。だとして、彼女がそれを気に病んだことは一度としてない。そもそも、ヴェリティは外見にそこまで関心がないのだ。ある程度整えはするけれど、美しく見せようと着飾ることはしない。彼女はそれで十分だと考えていたし、これまでの人生において、何らかの不利益が出たこともなかった。
それに、ヴェリティにはもっと熱意を向けていることがあった。何を隠そう、彼女は美味しい食べ物に目がないのだ。自ら厨房に立って料理する他、彼女は王都中の店の開拓にも精力的に取り組んでいた。
美味しい店、食べ物を見つけると、ヴェリティはそれを手紙に書き記す。手紙を送る相手は、幼馴染のヘイヴン・リメイユ伯爵令息だ。
両家が昔から親交が深いこともあり、幼い頃、二人はよく一緒に遊んだものだった。しかし五年前、ヘイヴンは領地で暮らすことになってしまった。それから今に至るまで、二人はずっと文通を続けている。
細やかに書き記されたヴェリティの手紙を、ヘイヴンはいつも喜んでくれていた。そしてヴェリティも、いつかあなたが王都に戻った時にはぜひ一緒に、と手紙を結ぶのだった。
このように、彼女の生活は幸福で満ち足りたものだった。少なくとも、ヴェリティは疑うことなくそう思っていた。しかしある日、そんな彼女の認識を覆す出来事が起きる。
*
その日のパーティーで、ヴェリティの友人であるシーラは、新しく買ったドレスを、友人たちの前で自慢していた。身体の線がしっかり出る、そして華やかな色合いのそのドレスは、シーラの均整の取れた肉体美と、はっきりした顔立ちがあってこそ着こなせるもの。ヴェリティは素直に感心した
「素敵です。シーラ嬢にとてもお似合いですわ」
羨ましがる他の友人たちと同じく、ヴェリティもまたシーラを褒める。
「あら、ヴェリティ嬢もぜひ真似してくださいな。私、このドレスはきっと流行すると思うのです」
と、シーラ。
「いえいえ、とんでもない。そのドレスはシーラ嬢や皆様方のように、美しい方々だからこそ似合うもの。私にはもったいないですわ」
それは決して自虐ではなかった。冷静に考えて、自分には似合わないし、必要もない。ヴェリティはそう思ったのだ。
しかし、
「それは甘えだとは思いませんの?」
と、シーラは眉をひそめた。
「え……?」
いきなりのことに、ヴェリティは面食らう。
「これはずっと思っていたことなので、この機会に言わせていただきます。ヴェリティ嬢は恥ずかしくはないのですか? 女性は美しくなるために皆努力しているもの。それなのにヴェリティ嬢は、ぱっとしない外見をしていて、それなのに変えようと努力している気配もない。見た目が優れないのは、ただの怠惰、自己責任ですのよ? 今だって、このドレスが似合うよう努力しようと思うのが、女性として当然のことではありませんか」
シーラは非難の色を言葉ににじませる。
「実は、私も同じことを思っていたのです」
「外見に自信がないせいか、ヴェリティ嬢はどこか卑屈というか……」
「まあ、コンプレックスなのだろうとは思うのですけど」
友人たちも、口をそろえてシーラに同調する。
「……も、申し訳ありません」
彼女らに気圧され、咄嗟にヴェリティは謝ってしまう。しかし、内心では訳が分からなかった。なぜお説教されているのかしら。何か、いけないことをしてしまった? 見た目が良くない。それが、そんなに悪いことだったの?
頭が真っ白になるヴェリティ。しかし、彼女の心に一つの事実が、どすん、とのしかかる。私は恥ずかしい存在。だから、変わらなければいけないんだわ。
元来真面目な性格のヴェリティは、その時、自分の外見を変えることを決意したのだった。
さて、その時の社交界で、令嬢たちはこぞってウエストの細さを競っていた。細ければ細いほど、賞賛の的となる。コルセットで締め付けもするだろうけど、まずはとにかく瘦せなければ。
次の日から、ヴェリティはさっそく減量を開始した。食べることが好きだったヴェリティが、突然食事を抜くようになった。料理もしなくなったし、店にも出かけない。いきなりのことに、家族はヴェリティを心配する——かと思いきや、反応はなんとその逆だった。
「見た目に気を遣うなんて、ようやくヴェリティもまっとうになったのだな」
「今まで心配だったのよ。あまりにも女らしさがなくて。ヴェリティが頑張るようなって、お母様、嬉しいわ。応援してるからね」
両親は娘の変化に喜びを覚えたのだった。
努力を誉めてくれる。応援してくれる。それは確かに嬉しいこと。だけど、やっぱり今までの私は、お父様、お母様から見てもだめだったのね。褒められる度、過去の自分が否定されるのを、ヴェリティはひしひしと感じていた。
そして、ヴェリティはさらにストイックに減量に励んだ。結果、一月たつ頃には、誰の目から見ても明らかなほど、彼女はほっそりとした体型になっていた。
「やっぱり、やればできるものだったのね」
「今のヴェリティ嬢は昔の何倍も素敵よ」
友人たちはヴェリティの努力を認めた後、
「次は化粧ね」
と、言った。
ヴェリティは化粧っけがなかった。肌が弱かったために、あまり化粧品に耐性がなく、つけるのを控えていたのだ。だけど、それこそが甘えなのよ。ヴェリティは自分に言い聞かせる。
しっかり化粧をすると、うすぼんやりしていた顔が随分と華やかになった。こうしてみると、今までの顔はなんてひどかったのかしら。鏡を眺めながら、ヴェリティは過去の自分を恥ずかしく思うのだった。
そして、やはり友人たちは、化粧をしたヴェリティを褒めてくれた。しかし、ここまでくると、ヴェリティはもはや言われるより先に、自分から改善する場所を探すようになっていた。
最初に目に付いたのは髪の毛だ。漆のような、地味な黒色。もっと華やかで明るい色だったら良かったのに。
ヴェリティは、異国の植物を使えば、髪の毛を脱色できるという話を聞いた。ヴェリティはさっそく取り寄せ、脱色剤を作り上げた。
脱色剤を使うと、髪の毛がほんのり明るい茶色になった。だけど、これじゃまだ足りないわ。もっと、シーラ嬢のようなきれいな金髪に……。
何度も薬を塗布しては流してを繰り返し、金色になるまで色が抜けた頃、ヴェリティはようやく満足して一息ついた。素敵だわ。印象もかわいらしく、明るくなって。きっとみんなも気に入ってくれる。そう思うと、頭皮がひりひりと傷むことも、ヴェリティはまるで気にならなかった。
それからもヴェリティは、どんどんその武装を増やしていった。きついコルセット、高いヒール、洒落たアクセサリー、しっかりセットされた髪型……。まるで別人みたい。驚いた。パーティーで出会う人々は、いつもヴェリティにそう声をかけた。
別人。その言葉がヴェリティは何より嬉しかった。私はもう、昔の私じゃないんだわ。冴えない恥ずかしい昔の私から、ようやく生まれ変われたんだわ。そう思ったのだ。
*
ある日の夜、机の前でヴェリティは苦戦していた。ヘイヴンへの手紙が書けないのだ。
今までの手紙はなんてみっともなかったのかしら。食べ物のことばかり書き記して、ヘイヴン様も、内心では私を卑しいと呆れていたに決まってる。これからはきちんとした文面にしなければ。そう考えれば考えるほど、何を書けばいいのか分からなくなってくる。
見た目を変えたことを書こうかしら。私が生まれ変わったことを。ヴェリティはふとそう思って、だけど、ヘイヴン様には伝えたくない、と思い直す。だけど、どうして彼にだけ言いたくないのか、その理由は分からなかった。
結局ヴェリティは、季節の挨拶と、王都の流行物少し、家族も自分も健康であることだけ書いて、封を閉じた。
*
さて、その頃。生まれ変わったように変貌した令嬢がいることは、社交界中で大きな話題になっていた。それによって、今まで関わりのなかった、侯爵、果てには公爵の令息令嬢までもが、ヴェリティに声をかけてくるようになった。最初は驚いたヴェリティだったが、関心を持ってもらえる、そして褒めてもらえることは、やはり嬉しかった。
「ヴェリティ嬢、最近調子に乗っていらっしゃるんじゃなくって?」
シーラ率いる友人たちが、じっとりした視線でヴェリティを見つめてくる。いきなり時の人となったヴェリティに対し、かつての友人たちは反感を持ち始めていたのだ。
「勘違いしないでくださる? あなたは元々地味で目立たない令嬢なのよ」
「そうよそうよ。少し見た目を変えたからって、自分が変われただなんて思わないことね」
「物珍しいから構われているだけ。すぐに飽きられるに決まってるわ」
言いたいことを散々ぶちまけると、友人たちはさっさと行ってしまった。ヴェリティは動けないまま、その場に立ち尽くす。
ご機嫌をそこねてしまったんだわ。みんなに言われたから、見た目を変えようと思ったのに……。それなのに、どうしてこうなってしまったのかしら。ヴェリティはうつむいた。
そこから、だんだんとヴェリティの日々に、ほころび出てくるようになる。
見た目の変化によって、かつての女友達はヴェリティのもとから去った。反対に近づいてきたのが、かつての知人の男性たちだった。
ヴェリティは気の強い性質ではない。大人しく、また地味な見た目をしたヴェリティに、今までは令息たちは軽んじた態度をとったものだった。
しかし見た目が変わってからは、あからさまに彼らが親切に接してくる。また分かりやすくアピールしてくる。最初の頃、ヴェリティは新鮮な喜びを感じた。私が努力したから、彼らも私を認めてくれるようになったんだわ、と。
だけど、彼らの手の平を返すような対応が、だんだんと軽薄に、やがてはおぞましくさえヴェリティには思えてきた。結局この世は見た目が全てなのね。ヴェリティはそう悟り、またそれについて割り切ったつもりだった。
もっと頑張るしかない。もしも見た目が戻ってしまったら、きっとみんな、私に冷たく接するようになるんだわ。
この頃になると、ヴェリティの身体は至る所がおかしくなってきていた。足は傷だらけだし、皮膚も髪の毛もぼろぼろ。原因不明のめまいに、ずっと続く倦怠感。少し身体を動かしただけで、すぐに息が切れる。頭がぼんやりとして、物事をうまく考えられない。やる気も起きない。
そういえば、最近ヘイヴン様にお手紙を差し上げていないわ。ヴェリティはそう気付いたが、今の状況ではまるで何も書ける気がしなかった。ペンを持ち上げる気力も、もはやヴェリティにはなかったのだ。
それでも、ここが踏ん張りどころ。絶対に負けるものか。私は昔の私にだけは戻りたくない。誰にも認めてもらえない、あの私には。
ヴェリティは外見を整え、笑顔を保ち、人前に出続けた。
「本当に垢抜けた。まるで生まれ変わったみたいだ」
「髪の毛もこんなきれいな金髪になるなんて。ヴェリティ嬢は魔法にかけられたのかな?」
この姿でいると、みんなが私を褒めてくれる。だけど、噓で塗り固められた作り物を褒められて、何の意味があるのかしら。それに、彼らは私が苦しんでることにも気付かない。仮に気付いていたとしても、手を差し伸べてくれようとはしない。
どうしてこんな人たちのために頑張っているんだっけ? 最近、分からなくなってきた。私は何が欲しかったのかしら? どうなりたくて、どんな言葉をかけて欲しいのかしら?
「ヴェリティ嬢、どうかしたのかい? 先ほどから返事がないけれど」
またぼんやりしてた。何か返事をしなきゃ……あれ、声が出ない。息ができない。きつく締めすぎたコルセットのせい? それとも——
だめ、意識が遠のいていく。ヴェリティは頭からその場に倒れた。
*
ここは……私の部屋だわ。目を覚ましたヴェリティの頭上には、見知った天井が広がっている。
「ヴェリティ、ようやく目が覚めたんだね」
そう言って、顔を覗き込んでくるのは——五年間顔を合わせていなくても分かる。
「ヘイヴン様……どうしてここに……?」
懐かしい幼馴染との再会に、ヴェリティの声が震える。
「心配だったんだ。君の手紙が、いつからか、いつもみたいに生き生きとしなくなっていて。何かあったんじゃないかと心配で心配で、だけどなかなか言い出せなくて。そして、ついに手紙すら届かなくなった。もう居ても立っても居られなくて、君に会いにここまできたんだ」
傍らに座っているヘイヴンは、形のいい眉を下げながら、ヴェリティの顔を見つめてくる。
「大変だったんだね。君が辛い思いをしている間、何もしてあげられなくて悪かった」
全部知られてしまったんだわ。そう思うと、訳の分からない恥ずかしさで、ヴェリティはその顔が見られなくなった。
「今の見た目になるために君が努力したことは尊敬するし、とてもかわいくて素敵だと思う。だけど、もしも君が今、この見た目のせいで苦しんでいるのなら、もうやめていいんじゃないかな」
「……やめるわけにはいきません。だって、昔の私は恥ずかしいと、みんながそう言うのですから」
「恥ずかしいもんか。ヴェリティは昔からかわいいよ。世界一かわいい」
「かわいいって……それも見た目ではありませんか。結局この世は見た目が全てなのでしょう?」
「見た目……なのかな。見た目がいいから好きとか、悪いから嫌いとかじゃなくて、ヴェリティのことが好きだから、かわいいと思うんだよ。好きだから、顔とか、表情とか、仕草の一つ一つ、書いた文字の一つ一つ、全部かわいくて、愛しく見えてくる。結局、どんな君でも僕は大好きで、世界一かわいいんだ。だから君は、君が好きで、やっていて楽しい君をやればいい」
ヘイヴンの言葉が、ヴェリティのひび割れた心の隙間を埋めていく。
どうして彼への手紙に、自分が外見を変えたことを書けなかったのか、ようやく分かった。ヘイヴン様にだけは、過去の自分を、本当の自分を否定してほしくなかった。私は、別人になっただとか、生まれ変わっただとか、そういう言葉がほしかったんじゃない。私は私のままで、私だからいいと、そう言ってくれる人を、ずっと待っていたんだわ。
「そうだ、これ。君が前に手紙で教えてくれた店で買ってきたんだ」
ヘイヴンは紙袋からマフィンを取り出す。それを見て、あ、とヴェリティは思う。以前、私が絶品だと手紙に書いたお店のものだわ。覚えていてくれたのね。
「良かったら、一緒に食べない?」
どうしよう。食べたら、また太ってしまう。そうしたら——そうしたら? いいえ、何も変わらないわね。
ヴェリティはヘイヴンの手からマフィンを受け取る。その表面に、ぽたり、と涙の雫が落ちた。
「美味しいな。さすがヴェリティのおすすめだけある」
と、ヘイヴンが微笑む。
「ええ。本当に……美味しい」
涙の味で少し塩辛い。だけど、そのマフィンは、今まで食べた何よりも美味しかった。
「これからは、また手紙を出します。美味しい食べ物のことも、他の楽しいこともいっぱい書いて」
マフィンを食べ終え、ヴェリティはヘイヴンの顔を見る。
「ありがとう。でも、もう手紙は必要ないかな」
「なぜ?」
「実はそろそろ王都に戻ろうと、前々から考えててね。ヴェリティがきっかけで、今回戻ってきたけど、これからはしばらくこっちに住むんだ」
「ほ、本当ですか……!」
「だからさ、これからは連れていってほしいな。今までヴェリティがいっぱい教えてくれた場所に、一緒にさ」
*
さて、それから数か月がたった。その頃にはヴェリティの体重はもとに戻り、さらに言えば、反動で少し増えた。髪の毛も黒髪に戻って、短くなった。脱色した部分をさっぱり切ったからだ。短い髪の評判は貴族たちの間では悪い。だけど、ヴェリティは軽くなった頭を気に入っていたし、ヘイヴンもそれをかわいいと言ってくれた。
ヴェリティが社交界に復帰する頃、人々は完全に彼女への興味を無くしていた。友人たちとも、何事もなかったかのように、前と同じ関係に戻っていった。
両親はヴェリティが倒れたことをひどく気に病んでいた。しばらくの間は、顔を合わせる度、二人には何度も謝られた。頭を下げる両親に、ヴェリティは、全部は自分の未熟さのせいだったから、と手を振った。
そして、よく晴れたある日の昼下がりのこと。
「さあ、とっておきのお店にご案内いたしますわ!」
城下町には、ヘイヴンの手を引いて、幸せそうに微笑むヴェリティの姿があったのだった。
最後までお読みくださりありがとうございます! まだまだ勉強中ですので、ご意見、アドバイスなどいただけるとありがたいです。