魔法少女はまっすぐに
艶やかなロングヘアー。健康的な色の肌。そして真っ青な顔。
私は鏡の前で大きく身体を捻り、悶える。
「どどど、どうしようー!」
これは死活問題だ。人生最大の危機だ。
『あれ』がない私なんて、ソースのかかってないスパゲッティだ!
「と、とにかく二度寝!? は、間に合わないか……。そうだ、ワックスでグシャッとしてやれば! お兄ちゃんのを借りたら……」
「ツヤヤちゃーん! 出動だブー!」
「あぁぁぁブブちゃん!? ちょっと待ってえー!」
別に隠れなくても良いのに、
窓から飛び込んできたのは妖精のブブちゃん。
私は二か月前に彼と契約し……魔法少女となった。
私とブブちゃんの出会いを語りだすと長くなるから、それはまた別の機会に。
重要なのは、この町を支配しようとする悪い『魔物』という存在がいるということ。
ブブちゃんと契約した魔法少女だけがそれを倒せるということだけだ。
そして、この町にはまだ私しか魔法少女がいないわけで……。
「待つなんてできないブー! ツヤヤちゃんがいかないと魔物は野放しだブー!」
「だーよーねぇー。わかってるっ、わかってるんだけどぉ!」
「まさか、魔法少女がイヤになっちゃったブー!? そ、それなら解約も……」
「イヤイヤそんなことはないから!」
もちろん危険もある。辛いこともある。
だけど大好きなこの町を守れるこの仕事に、私は一切の後悔をしていない。
だからその、断じて精神的な拒否ではないのだ。
その逆。物理的な理由。もっと具体的に言えば私が扱う魔法の問題だ。
魔法少女は自分自身に制約を課すことで魔物に対抗できる力、魔法を習得できる。
例にもれず、私も制約をつけることで魔法を習得したのだが……。
「あ、あの、ブブちゃん……。今日、私……」
隠していても仕方がない。私はおそるおそる彼の前に姿をさらす。
そしてブブちゃんがヒップドロップもかくやという勢いで、尻もちをつくのを目の当たりにした。
「ツ、ツヤヤちゃん……。寝癖はどうしたんだブゥー!?」
「ごめぇーん! 綺麗にまとまっちゃったぁー!」
そう、私の制約は『寝癖のままで人前に出る』というもの。
ボサボサであればあるほど、恥ずかしいなと思うほど、私の魔法は強力になる。
……なのに。にも関わらず、だ!
見よ、今日のわたしのストレート具合!
素麵のようにまっすぐ! 見てわかるほどサラサラ!
寝癖の『ね』の字も存在していない。
「う、う、お母さんがシャンプーの中身を変えたみたいで……」
「それだけでこの結果……。相変わらず人間の科学力にはドン引きブー」
「引かないで……。見捨てないで、人類を……」
「見捨てないブー。妖精はいつだって人間のお友達ブー!」
だがそれはそれとして、だ。
「どどど、どうするブー。ここまで寝癖がないと魔法そのものが使えない可能性も……」
「さっき変身しようとしたら、変なポーズを決めただけの高校生にしかなれなかった……」
「うぅむ、大ピンチだブー……」
「とりあえず、ワックスでグッシャグシャにしてくる!」
「それは寝癖じゃないブー。ちょっとしたお洒落になってしまうブー!」
「それじゃあ、どうしたらいいのー!?」
そんな絶叫に応答するかのように、遠くから魔物の遠吠えが聞こえてくる。
マズイ、マズイ、マズイ。このままでは町が壊されちゃう。
かくなる上は……。
「こ、このまま行くしかねぇ……!」
「正気ブー、ツヤヤちゃん!?」
「そもそも正気で魔法少女なんかやれないんだよぉ! うぉおおお!」
「そんなモチベだったブーかぁ!? ってああ、ツヤヤちゃーん」
魔法少女なんて肩書が許されるのは中学生まで。
そんな自分のなかの常識を放り捨てた時から、正気なんて失っている。
それよりも町が壊され、家族が、友達が傷つくことの方が百倍辛い。
だから私は何でもする。この町を救えるのなら。
みっともない髪も晒す。どんな恥ずかしい恰好でもする。そして……。
「お兄ちゃんのバイクだってパクる! うぉおおお、ごめんお兄ちゃん! 今日自転車で登校してぇー!」
「え、ツヤヤ? おぉい、ツヤヤぁー!?」
取っててよかった原付免許! 私は兄の愛車にまたがり、そして魔物の元へと走り出す。
もしかしたら何もできないかもしれない。でもジッとしていたら魔法少女失格だ。
「やってやる……。やってやるんだからー!」
こうして私の魔法少女史上、最も過酷な戦いが幕を開ける。
そしてこれが新たな魔法少女との出会いになることを、私はまだ知らなかった。
反省点
・文字数オーバー