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飯野家〜Owners Life〜

闇牛(ダークビーフ)」という牛の闇の部分が集まってできたモンスターが蔓延る世界。そのモンスターに対抗できるのは『牛丼力(ビーフパワー)』のみ。牛丼力とは、牛丼屋の魂を持つものにだけ、牛丼の神、ギュドーンが与える力。そんな牛丼力を持つ者がまた一人この世界に誕生しようとしていた。


────────奈良県 冬─────────


「あぁー牛丼食いてぇー」

引きこもりの少年が畳に寝転びつぶやく。

君たちは、急に無性に牛丼が食べたくなったことはあるだろうか。今の少年がそれだ。牛丼なんてここ数年食べていないのにこんな感情が湧いてきて困惑している。だが少年は食欲に負け、重い腰を上げて数年間出ていなかった家の外に出た。

「さっむ、日本の冬ってこんなに寒かったっけ?」

ぼやきながらも軽い足取りで牛丼屋に向かう。

ポツ……ポツ……

「ん?」

ザアアアアアアアアアアアア

「雨降ってきやがった! でも大丈夫! 傘持って来てるもんね!」

そう言って自信満々に傘を開く。

ボシュッ ヒュー

少年に傘を握る力が無さすぎて、開いた傘が風で飛んでゆく。

「ひゃー」

雨に濡れた少年は雨宿りが出来る場所を探して走る。シャッターを下ろしたタバコ屋を見つけ、駆け込む。誰もいないと思っていたが、先客がいた。

「貴方も雨宿り?急に降ってこられて、大変よね」

雨に濡れたお姉さんが話しかけてくる。

「そ、そうっすね……」

家族以外の人と話すのも久しぶりな少年はお姉さんの碧い瞳に見つめられしどろもどろになる。

「あら君、運がいいわね。もうすぐ人生を変える大きな出会いがあるかもしれないわ」

どういう事だろう……そう思っていると雨が上がる。

「止んだわね。それじゃ」

そう言って何処かに行ってしまった。一体なんだったんだと思いつつも少年も歩き出す。


 牛丼屋に着いた少年は牛丼屋の扉を開く。

「いらっしゃいらっしゃーい」

店員の元気な声が小さな店内の隅々まで響き渡る。少年は慣れない足つきでカウンターに座り、牛丼を注文する。しばらくして、牛丼がお冷(神々の涙)とともに運ばれてくる。

「いただきまーす!」

少年は嬉しそうな顔で牛丼をかき込む。

「うまーい! 僕もこんな牛丼が作れるようになりたい! 弟子にして下さい! 僕の名前は飯野(めしの)丒介(うしすけ)です!」

「よーしわかった弟子にしてやろう。俺の事は師匠って呼べ」

あまりの美味しさに思わず弟子入りを申し出てしまったが、店長さんは快く承諾してくれた。しかも師匠と呼べなんて言い出して、ノリノリである。

「俺が牛丼の極意を教えてやるから、明日の朝六時に来い」

「はい師匠!」


「師匠おはようございます!」

少年が元気に店に飛び込んでくる。

「ああ、おはよう、そこ座れ、今から牛丼屋の仕事について説明してやる」

少年は師匠の目の前のカウンターに座る。

「牛丼屋の仕事は大きく分けて二つある。一つは牛丼を作ってお客さんに提供すること。もう一つは闇牛を倒すことだ。闇牛については知ってるね?」

「えっと、最近出現するようになった牛型のモンスターですよね? 確か、牛の闇の部分が集まって出来たとか」

少年は普段からネットニュースを見ておいて良かったと胸を撫で下ろす。

「そうだ。そしてその闇牛に対抗出来る力、牛丼力を牛丼の神ギュドーンに与えられたのが、牛丼屋の魂を持つものだけという訳だ」

「牛丼屋の、魂?」

聞いた事のない単語に少年は首を傾げる。

「聞いた事がないだろう。この情報は政府によって隠されているからな」

「そんな力が、まだ政府に残っていたとは……!」

少年が驚くのも無理は無い。この世界の政府は数年前に権力をほとんど皇室に奪われて形骸化していた。

「今闇牛を淘汰する為に動いているのはほとんど政府だ。だからそれに集中するために皇室に権力を渡したというわけだ」

「なっ……!」

どんどん出てくる国家機密レベルの情報に少年は空いた口が塞がらない。

「まあそんな事はいい」

よくないんだけどなぁ……

「この牛丼屋の魂ってのは正体があまりよく分かっていなくてな。そうだ、君がこの魂を持っているかみてやろう。ちょっとこっち来い」

師匠が厨房の奥に入っていき、少年もそれを追う。

「まずは牛丼の事を思い浮かべるんだ。強く、はっきりと」

そう言われ、少年は昨日ここで食べた牛丼を思い浮かべる。すると少年から牛丼屋のオーラが溢れ出る。

「うん、初心者にしてはなかなかだな」

これなら問題なく牛丼力を使えると判断した師匠。

「それじゃあさっそく牛丼力を使ってみよう」

そう言って師匠はニコニコと笑っている。

「えっあの、どうやって使うとかは……?」

「ああ、牛丼力の使い方は人によって違っていてな、教えるとかは出来ないんだ。すまない」

そう言ってまたニコニコ笑う。助けてはくれないみたいだと思った少年は悩み始める。

そういえば、牛丼力は神が与える力だと言っていたな……なら魔法のように詠唱によって使えるのではないか、そう思った少年は、「魔法を初めて使う時はまず水魔法から」という慣例に従って水を出してみることにした。

「牛丼の神ギュドーンよ。牛の穢れを洗い流す聖水を与えたまへ! 牛流水(ビーフウォーター)!」

少年の手からコップ一杯ほどの冷水が放たれる。

「うお、こんな早く使えるようになるとは思わなかったぞ。ははは、すごいな」

師匠は少しびっくりした顔をしたが、すぐに少年を褒める。

「よーしそれじゃ、次は牛丼の作り方を教えてやろう」

師匠が少年に牛丼の基礎から教え始める。普通はこんなに早く店長が直々に教えることはないのだが。師匠は少年を大分信用しているようだ。


 一時間ほど経ったころ、ふいに店の扉が開く。

カランカラーン

「おはようございまーす。あれ?この子は?」

この店で働く店員がやって来て、少年を見て首を傾げる。

「ああおはよう、この子は昨日弟子入りしてきた子だよ」

「ああ、あの子か! 私、青子。17歳。よろしくね少年」

「これからお世話になります。飯野丒介です。よろしくお願いします」

「ふふふ、若いねぇ、店長も若い頃はこんな感じだったっけ。懐かしいなぁ」

「お前知らねぇだろ。無駄口叩いてねぇで、早く着替えてこい」

「はぁーい」

気の抜けたような返事をして休憩室に入っていく。

「そういえばもうこんな時間じゃないか。開店準備をするから手伝ってくれ」

そう言われ、着替え終わって戻ってきた青子と共に準備し、店をあける。今日もこの店は大繁盛だ。人手が足りないので少年も手伝わされる。


「いやー助かったよ。ありがとう。明日も空いているかい?」

「いつでも空いてますよ!」

「そりゃ頼もしいな。明日もよろしく頼むよ」

「はい、師匠!」


 そうして店の手伝いをしながら牛丼の極意を教わったり、時には牛丼力の修行もしたりして、月日が目まぐるしく過ぎていった。

「そういえば師匠、定休日って何してるんですか?」

「ああ、休みはいつも闇牛を倒しに行っているんだ。お前も牛丼力の扱いが上手くなってきたし、来るか?」

「行きます!」


「ギャオオオオン!」

「あれが闇牛だ。まず俺が一匹倒しておくから、ここで見ていてくれ」

そして懐から取り出したのは刃渡り40cmほどの牛刀。

「それで戦えるんですか!?」

「もちろんだ。牛を斬るのにはこれが一番適しているからな」

そう言って闇牛の方に駆けて行った。

走りながら師匠が刀に牛丼力を込めると、淡い光を放ちだす。

「牛式一刀流 対闇牛奥義 牛切斬(うしきりざん)!」

ザシュッ

サアアアアアア

闇牛は師匠に斬られて真っ二つになり、傷口からゆっくりと塵になって消えていく。

「まあこんな感じだ」

「すごいっすね師匠!」

「ふふん、それじゃそこにもう一匹いるだろう、倒してきなさい」

「えっ!?そんな急に……無理ですよ」

「ずっと修行してきたんだろ。それに俺がついてるから大丈夫だ、安心しな」

「それなら……」

少年は攻撃の詠唱をしながら静かに闇牛に近づいていく。

「牛丼の神ギュドーンよ、闇に堕ちた牛たちを沈めたまえ! 牛葬砲デストロイビーフブラスター!」

数ヶ月特訓した攻撃が闇牛に向かって飛んでいく。

「ギャオオン!」

「なっ! よけられた!?」

「ギャオオオオン!」

闇牛が少年に向かって走ってくる。

「まっ、まずい! 聖なる牛よ、我を守りたまへ! 聖牛壁(ホーリービーフバリア)!」

半透明な壁が少年の前に現れ、闇牛の攻撃を防ぐ。

「ギャオオオオオオン!」

ピキピキ……ガシャン!

だが防いでいられたのも束の間、駆け出しの少年が発現させたバリアはすぐに砕け散ってしまった。

「ここまでか……いや、まだだ! 聖なる牛の角よ、飛び散れ! 飛散聖牛角(ブレイクビーフドリル)!」

数十本の光り輝く牛の角が少年の前に表れ、回転しながら闇牛へと飛ぶ。

ギュイイイン! ガガガガ! ドカアアンン!

「ギャオオオオン!」

角が直撃し、咆哮を上げる闇牛。

「まだくるか……?」

そう思い身構えるも、闇牛はボロボロと崩れ落ちていく。

「思ったよりあっさり勝っちゃったな……」

「やるじゃねぇか。これでお前も一人前の闇牛ハンターだ」

「ありがとうございます!」


 また数ヶ月後、少年も大分この店にも馴染んできた頃。

「ふぅー。今日も大繁盛でしたね」

「そうだな。そろそろお前も店で出す牛丼作ってみるか?」

「いやいや、まだ早いですよ」

「そうだねぇ。そうそう、牛丼と言えば「ギャオオオオオオオオオオン!」

青子が何か言おうとするも、モンスターの咆哮にかき消される。くそっこんな時に闇牛が……いや違う、巨大な咆哮と同時に広範囲への攻撃、これはただの闇牛ではない。ただならぬ気配を感じ振り返った少年の目に映ったのは、闇牛に似ているものの、ただの闇牛よりひとまわり大きく、顎や棘が強化されたようなフォルムのモンスターだった。

「あれは闇牛なんかじゃない。激闇牛(ギガントダークビーフ)じゃ」

師匠が自前の牛刀(ぎゅうとう)を抜き、激闇牛に向かって走りながら口走る。

「俺も行きます! 師匠!」

少年も詠唱をしながら走る。

「闇に堕ちた牛たちを沈めたまえ! 牛葬砲デストロイビーフブラスター!」

牛を葬る砲撃が激闇牛を襲う。ドガアァン! ドガアァン! ドガアァン!

「やったか!?」

「ギャオオオオオオオン!」

激闇牛は傷ついた様子もなく威嚇してくる。

「お前は待っておれ! こいつは俺一人で十分だ」

師匠はそう言って大きく飛び、刀を構える。

「我が刀に闇を斬る力を与えたまえ!」

そう叫んで牛丼力を刀に込めると刀が鋭い光を放ち出し、強いオーラが溢れ出す。

「牛式一刀流 対闇牛奥義(たいやみうしひおうぎ) 牛切斬(うしきりざん)!」

カキィィンン!

師匠の奥義が激闇牛の装甲に弾かれる。

「こいつ、硬い!」

そう判断した師匠は少年に指示を出す。

「アイツの装甲を剥がせ! 一箇所でいい! そしたら俺がトドメを刺す!」

「了解です!」

そう言って駆け出すも、激闇牛は比べ物にならないほど速い。

「これじゃ追いつけない……仕方ない、あれを使うしか」

少年はカッと目を見開き、全身の牛丼力を足に集める。するとどうだろう、どんどん少年が速くなっていく。

「どうだ! これが新技『聖牛走(ビーフマッハランナー)』だ!」

どんどん激闇牛に近づいていく少年。隙を見計らい、至近距離で技を放つ。

「闇に堕ちた牛たちを沈めたまえ! 牛葬砲デストロイビーフブラスター!」

ドガアアアァアンン!

「ギャオオオオン!」

「これでもダメか……それなら!」

少年には何か策があるようだ。

「牛の魂よ燃え上がれ! 焼牛炎ブレイブビーフファイヤー!」

「牛の魂よ冷え凍えろ! 冷凍牛エターナルビーフブリザード!」

少年が素早く詠唱し、火炎と冷風が激闇牛を襲う。

ゴオオオオオォォォオ!

バギャン!

「ギャオオオオン!」

「頼む! これでダメならもう後がないんだ……! 我の全てをここに捧ぐ! 神よ! 我に大いなる力を与えたまえ! そして共にこの牛に深き罰を刻まん! 牛葬砲デストロイビーフブラスター!」

ドガアアァァァァアアンンン!

「ギャオオオオォォォォオオオオオン!」

急激な温度差によって脆弱化された装甲に今少年の全てを注ぎ込んだ攻撃が直撃し、肉がえぐれ、ちぎれた神経が見える。

「それでいい! 後は俺がやる!」

そう言って師匠がまた刀を鋭く光らせ、装甲が剥がれた部位まで走る。

「我が刀よ、牛を貫け! 牛式一刀流ぎゅうしきいっとうりゅう 闇牛殺神技(やみうしさつしんぎ) 対激闇牛秘奥義たいげきやみうしひおうぎ 牛閃牛切斬・激ぎゅうせんうしきりざん・ギガント!」

「ギャオオオオオォォォアアァアアァォオオン!」

日本中に巨大な咆哮を轟かせ、激闇牛は牛丼屋の会心の一撃を食らって散っていった。


その日、アフリカでは十年に一度ほどの大雨が降ったそうな。


「いやーそれにしても店、ボロボロになっちゃいましたね」

「まあ仕方ないさ。それに保険にも入ってるし、大丈夫だよ」

「それもそうですね。あれ? そういえば、青子さんは?」

「居ないな。電話掛けてみるか」

おかけになった電話番号は、現在……とお決まりのフレーズが再生される。

まさか闇牛にやられたのか、という考えが一瞬だけ二人の頭に浮かぶが、すぐに首を振ってかき消す。きっと生きている。そんな根拠の無い自信がどこからともなく湧いてくる。

「まあ、電源切れてるとか、落として壊れたとかどうせそんなんだろう、あいつおっちょこちょいだからな」

「そうですよね、あはは」

不安な気持ちをなんとか笑って誤魔化す。結局日が暮れるまで捜したが見つからなかった。


そのまま一年ほどが経過したある日

「そんな、葬式だなんて、まだ生きてるかもしれないんですよ!」

何やら勝手口が騒がしい。少年が覗き込むと、どうやら青子のお母さんが来ているようだった。

「でも、あの子は牛丼力なんて持ってないんですよ、それで闇牛に襲われて、生きている方がおかしいですよ……」

「でも、だからといって諦めるって言うんですか!」

「私だって諦めたくなんてないですよ! でも残された家族の為にも……それに、もう失踪宣告の手続きもしちゃいましたし……」

「ありえない。俺は葬式には行かないぞ」

「そうですか……」

そう言って青子さんのお母さんは帰っていってしまった。

「お前……見てたのか……?」

「あっ、し、師匠……すみません……」

「いや、いいんだ。それより、今日はもう店じまいだ。ちょっとやる事があってな」

「そうですか……では、お疲れ様です」

師匠にそう言われ、少年は仕方なく帰る。


 次の日

「おはようございまーーーあれ?」

今日も朝早くやってきた少年だったが、扉が開かない。

「まだ師匠来てないのかな?まあいいや」

仕方なく植木鉢の下に置いてある鍵で錠を開く。

ガチャ ガラガラガラガラ

「おはようございまーす」

誰もいなくても挨拶をする、社会人の鑑である。

「なんだこれ、……えっ!?」

カウンターには置き手紙が置いてあり、旅に出るから帰ってくるまで一人でなんとか頑張ってくれという旨が書かれている。

「そんな……無理だよ……」

まだ少年は一年半ほどしか修行をしていない。そう思うのも無理はない。

「でも、師匠も青子さんもいないなら、俺ががんばらなくちゃ……!」

決意がみなぎった。

なんとか一人で開店準備を始める少年。

ガラガラガラガラ

「ごめんなさいまだ準備中で……って健ちゃん! 久しぶり!」

「丒介じゃねぇか! 久しぶりだな!」


 ──────三年前──────

ブーーーーーン

「ついたー!」

丒介は静岡に旅行に来ていた。

「あれが富士山かぁ! でけぇ!」

「でけぇよなぁ富士山!」

「いや君誰!?」

「すまんすまん、俺は健次だ。よろしく」

「ああ、俺は丒介。よろしくね」


これが世界を救う二人組の始まりになろうとは、誰も予想していなかった。


 ──────現在──────

「でもお前、なんでこんなとこで働いてんだ?」

「ちょっといろいろあってね。そんな事より一人で大変なんだよ。手伝ってくれよ」

「いいぜ!」

「ありがとう健ちゃん!」


 その日は健次のおかげでなんとかやりきったものの、これからが不安だ……。

「ていうか健ちゃん、学校は?」

「もう行ってないぞ。飛び級でスタンフォード大出てるからな」

「えっすげぇ! じゃあ暇じゃん、師匠が帰ってくるまで手伝ってくれよ」

「まあいいけど、でも今度牛丼食わしてくれよ?」

「それぐらいいくらでも食わしてやるよ」

「やったぜ。」


 それから一ヶ月が経ったが、まだ師匠は帰ってこない。最初の頃はお客さんも、「店長と店員さんはいないのか」と言っていたが、お客さんも、少年たちも少しだけこの日常に慣れたみたいだ。


 次の日

ガラガラガラガラ

「ごめんなさいまだ準備中で……ってあの時のお姉さん!」

「あら君、こんなところで働いていたのね」

表れたのは、雨宿りの時のお姉さんだった。

「だ、誰?」

「ああ、俺もよく分からないんだけど、去年の冬に出会ったお姉さんだよ」

「はえーなるほど」

丒介の適当な説明に、健次は理解を諦めたようだ。

「でもお姉さん、どうしてここに?」

「師匠が居なくなったんでしょ、あと青子ちゃんも。噂は聞いてるわよ」

「そう、なんですよ……」

師匠を心配してか少年の顔が暗くなる。

「大丈夫よ、ちゃんと生きているわ。でも、もう牛丼力も尽きかけているし、時間の問題ね」

「生きているんですね……! なら俺が助けに行きます、何処にいるんですか!?」

師匠が生きていると知って少年の顔がパッと明るくなる。

「群馬よ」

「群馬……! 今すぐ行かなくちゃ!」

「お、おい、群馬なんて危険区域、皇室からの特別許可でもなけりゃ入れねぇんじゃねぇか?」

この世界の群馬は、なぜか瘴気が濃く、闇牛が集まるので闇危険区域として閉鎖されていた。

「ふふっ、許可は取ってあるわよ、早く私の車に乗りなさい」

「ありがとうございます!」

「あっ、待てよ!ほら、これ持ってけ」

健次が差し出してきたのは、牛の形をした勾玉だった。

「なに、これ?」

「俺の家に代々伝わる勾玉だ。俺はついて行っても足手まといになっちまうからな。御守りだよ」

「ありがとう! それじゃ行ってくるよ」

そして少年はエンジンをふかしたお姉さんのシビックタイプRに乗り込む。

ブゥウウウゥゥウゥウン

ズギャギャギャギャギャ

「ひええええええ!」

国道にスキール音と少年の悲鳴が響き渡る。

「ついたわよ」

「ぜぇ、ぜぇ、ありがとう、ございます……」

飛ばしに飛ばして結局一時間半ほどで着いてしまった。

「これぐらいでへこたれてんじゃないよ、早く行きな!」

「は、はい! 頑張ります!」

「それじゃ!」

ブゥウウウゥゥウゥウン

帰ってしまった。

「よし! 師匠と青子さんを助けに行くぞ!」

少年は勇ましい顔で歩いてゆく。友の期待と少しの不安を胸に、少年よ! 進め!


「ギャオオオオオオン!」

「くっ、今はお前に構っている暇なんてないんだ! 飛散聖牛角(ブレイクビーフドリル)!」

ドガァン!

闇牛が何体も襲ってくるが、飛散した牛の角によって全てやられてしまう。

師を救う意志に燃えた一人の漢には闇牛などでは到底敵わないということだろうか。

ブウゥオォォォォオーーン

人工的な音が群馬の森林に響き渡る。

「なんだ!?」

こんな音、普通なら聴こえるはずがない……まさか! そう思い音が聴こえた方向へと走る。

光速牛走(こうそくぎゅうそう)!」

光の速さに人間が耐えられるのか、なんてそんな事は今の少年には関係ない。ただ師匠を助ける。それだけだ。

光速で走っていても群馬は広く、なかなかそれらしい所に辿り着かない。

「あれ……か?」

少しずつ人工的な建物が見えてきた。

「でかい……でもきっとこの中に師匠と青子さんが……」

少年は意を決して中に入ってゆく。

ピーー ピーー ピーー

「なっ、なんだ!?」

「シンニュウシャ、ハッケン! シンニュウシャ、ハッケン! タダチニハイジョセヨ!」

少年はどうやら「シンニュウシャ」とやらになってしまったらしい。

キュイイイイン ピピッ

無機質で真っ白な建物内に赤いレーザーが張り巡らされる。多分当たれば死ぬ。

「まずいな……早く助けないと行けないのに……仕方ない、聖牛壁(ホーリービーフバリア)

前回より大幅に強化された半透明な壁が少年を覆う。

「これで大丈夫だろう……」

ビーー ジュワッ

触れたら即死のレーザーが聖牛壁によって遮られ、少年はどんどん進んでいく。


 一方その頃、今少年がいる建物の管制室では、闇牛のリーダーらしき男が頭を悩ませていた。

「まさかこれ程までの牛丼屋がいるとは……仕方ない、あれを使うしか……」

「そんな! あれはまだ開発段階です! それに、あれを使えば貴方は死んでしまうんですよ!」

リーダーの秘書らしき人物が引き止める。

「なら他に策があるというのか! それにこの世界が平和になる為なら、俺の命ぐらい幾らでも捨ててやるさ……」

「リーダー……」

「だからほら、早く開発室から持ってきてくれ」

「分かりました……」

この男は止めても聞かない、そう思っているのだろうか。秘書は早々に丸め込まれる。



「行き止まりか……ん? このボタンはなんだ?」

そして少年は建物の半ばまで辿り着いていた。そして行き止まりの壁の中央には怪しいボタンが鎮座している。

「まぁいいか。押してみよう」

ポチ……ガシャン!

「うわあああああ」

床が抜けて落ちる。少年の記憶はそこで途切れていた。



「持ってきましたよ、牛丼屋殲滅器」

「ありがとう。ハハッ、ついに私の念願が叶う時が来た……!起動準備開始」

ギュイイイイイイン



「ここはどこだ……ハッ! そうだ、怪しいボタンを押して落ちてきたんだ……!」

そこは何も無い六畳半ほどの真っ白な部屋だった。

「ブツッ あーあー、聞こえるか、無謀な挑戦者よ」

「ッッ!」

背後のスピーカーから声が聞こえてき、少年はハッと振り返る。するとどういう仕組みなのか、白い壁に先程の管制室とリーダーの男が映し出されていた。

「お前は誰だ? そしてここは何処なんだ?」

「まあそう焦るな。一から説明してやる」

リーダーは宥めるようにそう言う。説明した所でこの男にはメリットなど一つもありはしないのに。まるで冥土の土産に聞かせてやっているかのようだ。

「私達は人間を排除する為にここにやって来て、基地を作った。そして闇牛というモンスターも作り出した。全ては順調だった。そう、お前ら牛丼屋が力を持ち始めるまではな」

牛丼屋は何も悪くは無いが、男はまるで親の仇のように牛丼屋を恨んでいるみたいだ。

「だがこの牛丼屋殲滅器を起動すれば私達の念願は叶う……」

「なんだその機械は!?」

「名前で分かるだろう。牛丼屋を消す機械だよ。一人残らずな」

「なっ!」

あれが起動したら師匠も俺も消えてしまうのか、何とかして止めなければと少年は思ったが、為す術がない。

「そしてもう起動準備が完了した。あとはこのボタンを押すだけだ……!」

男は機械を高く掲げ、ボタンに指を据える。

「ま、待ってくれよ、話せばわかる」

「お前には分からんさ! 牛丼屋殲滅器、起動!」

「クソっここまでか……」

「……あれ? 何故起動しない!?」

「ハッハッハ、その機械は俺が予め『斬って』おいた」

「師匠!」

管制室の扉から師匠が入ってくる。

「お前……捕らえておいたはずなのに何故ここに居る!?」

リーダーは死人でも見たように驚く。だがお構い無しに師匠は画面越しに少年に語りかける。

「おお丒介! そんなところに居たのか、この建物には時限爆弾が仕掛けてある。南の方に青いフィットが停めてあるからそこまで走れ! 青子もそれに乗ってる!」

「分かりました師匠!」

そう言って少年は走り出した。

「時限爆弾!? なんてことしてくれるんだ!」

男は怒り出したが、師匠はニヤリと笑って南の方へ走り出す。


「ぜぇ、ぜぇ……あれか!」

言われた通りに少年が走っていると、そこには言わずと知れたコンパクトカーが鎮座していた。少し森には似つかわしくないが、そんな事を気にしている場合ではない。師匠も既に運転席に座っている。少年は急いで駆け込んだ。

「いくぞ!」

ブゥウウウゥゥウゥウン ドガアアアァァンン!

走り出した瞬間、背後の建物が爆発する。なんとか助かったと少年は胸を撫で下ろす。こうして日本は平和を取り戻した。

初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。作者の銀河やきそばです。この作品を読んで頂きありがとうございます。自分としては初の短編小説となっております。小説家になろうでの投稿も4回目とまだまだ初心者なので至らない所も多々ありますが楽しんで頂けたら幸いです。それでは。

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