16.悪役令嬢と嘗ての友人②
未来の国母に相応しくない交友関係は、控えて頂きたいのです――。
リディアの言葉は私が危惧していたものだった。今朝の彼女の態度から、ある程度予想はついていたけれど。しかしこうして実際に言葉にされるとそれは現実として私にのしかかる。
「わたくしが、ヴァネッサ様の交友関係について申し上げる立場に無いことは重々承知しております」
リディアは言葉を続ける。私が言葉を発する前に全てを言い切ってしまう心算の様だった。
「しかし将来、貴女様に仕える者の嘆願として、どうかお聞き入れくださいませ」
リディアの言葉に僅かに力が入る。鉄壁とまで言われる彼女の言葉に乗った抑揚は、彼女の思いが滲む様だった。
嘆願という言葉を選んではいるものの、その実それが警告である事は、政を嗜む者なら誰でも分かる。
私の返答によっては、彼女は私を見限る心算でいるのだろう事は想像に難くない。
未来の国母として。
私がその未来を棄てようとしている事を、勿論彼女は知る由もない。けれど、ここでそれを開示する訳にもいかない。
ああ、やりづらい。
私がまだ唯の王太子妃でしかない以上、その立場を無視した言動は控えるべきだろう。小さく息を吸い、言葉を慎重に選ぶ。
リディアの瞳は依然私を捉えて離すことは無い。
「……貴女の忠言は、確かに受け取りましたわ」
目一杯間を取って紡いだ私の言葉に、リディアが僅かに気を緩めた気配がした。しかしそれも一瞬の事で、続く私の言葉に空気は一段冷え込む。
「……それで。貴女が"控えるべき交友関係"と仰る時、その相手はルイーゼ・ベルグレイン様のことかしら?」
「……」
肯定の言葉はない。けれど、否定しない事こそが彼女の返答でもあった。
「……貴女様の隣に立つ令嬢は貴女様の威厳を損なわない方であらねばならないと、わたくしは考えます」
「それは、例えばウィンザー侯爵家の令嬢――つまり、貴女のことかしら。リディアさん」
「少なくとも、王国に利を齎す家であるべきですわ」
彼女が、自分の利の為に言っている訳ではないことは理解している。彼女が憂慮しているのは、未来の国母の傍に"弱み"を置くこと。
ただでさえ王太子の言動は目に余る。そんな王太子を支える立場の王太子妃には、一縷の隙もあってはならない。それは嫌味なまでの正論でもあった。
「ベルグレイン家は零落している。ええ、有名ですわ。それに、貴女の仰る事も尤もですわね。けれど――」
そこで一度言葉を切る。彼女の凛とした琥珀をしっかりと見据えた。
「皆が彼女を"弱み"と呼ぶのなら、それは寧ろ好都合ですわ」
リディアの猫のような目が僅かに見開かれる。私は改めて口角を上げる。私にはその余裕があると示す様に。
「誰がそれを理由に私を貶め、誰が沈黙し、誰が擁護するか。……人の品性は、甘美な口実の前でこそ露になるもの。それは貴女もよく知っているでしょう?」
「……ですが、それは危険な賭けですわ」
「そうね。けれど、盤面を見誤ることこそ王太子妃にとっては"弱み"となるわ。それに、貴女が認めてくれたヴァネッサ・カルヴァートという女は、その程度、容易く熟せる女でなければならないでしょう?」
微笑みを乗せて問い掛ければ、リディアの表情が初めて分かりやすく揺れた。大きく目を見開いた後、その表情が和らぐ。それは私が全ての人生を通して初めて見る、彼女の年相応の顔でもあった。
「……ヴァネッサ様らしいお考えですわね」
「ええ。だからこそ、貴女の忠言は理解しているわ。貴女が己の利の為にこの場を設けた訳ではない事も。王国の為を思って、わたくしに言葉を尽くしてくれた事も」
リディアの言葉の真意を理解しているからこそ、私はやりづらいと感じていたのだ。彼女は敵では無い。決して味方ではないけれど、彼女の見据える先が国家の安寧である以上、私に害を為す腹積もりでは無い。
「貴女が、この国の未来を熟慮し発言したという事に、わたくしは敬意を払います」
「……恐れ入ります」
「併せて、リディアさんのもう一つの懸念も払拭致しましょう。わたくしは、彼女を盾にする事も、盤上の駒に上げる事も決して致しません。彼女とは、良き友人でありたい。わたくしの本心は唯それだけよ」
力のない令嬢を政争に巻き込むのは酷である。本人の能力に関係なく、政治の場では家格が物を言う事は往々にしてある。私と似た立場にあるリディアは、恐らくそれも憂慮していたのだろう。彼女は私の言葉に小さく息をつく。
「そこまでお考えであれば、わたくしは今後この件に関して申し上げる事はございません」
「ありがとう。今後わたくしも、貴女を失望させることの無い様努めますわ」
笑みと共に手を差し出す。リディアはそれを見つめた後、自分の手を重ねる。握られた手は友好と、信頼の証でもあった。
「貴女の事は信頼しているの。わたくしの行いに懸念があれば、遠慮なく仰ってちょうだい」
「ええ。わたくしでお力になれるのなら」
握った手を包み込む様にして手を重ねる私にリディアの表情も僅かに綻ぶ。
彼女は、私が王太子妃になる心算は無いと知った時、私を見限るだろうか――。そんな思いが、胸の奥底で静かに燻っていた。




