14.悪役令嬢と兆し
翌朝。学園は昨日の舞台の話題で持ち切りだった。
噂というのは尾鰭がつくもの。一夜で話はミルヴァートンが直接カルヴァート家に喧嘩を売ったと言う話まで膨らんでいた。
勿論、あれはその場の忠言であり、我が家に直接話が来たなんて事実はないのだが。それでも噂ではそういう話になっていた。
正直、ミルヴァートン家の現当主には少し同情する。義弟の愚かな行いで要らぬ火の粉を被ってしまっているのだから。
尤も、それは私の知ったことでは無いのだけど。
それとは別に、もうひとつの噂も出回り始めている。それは、私にとっては都合のいいものでもあった。
――あの、ヴァネッサ・カルヴァートが聴衆に頭を下げた。
それは伯爵家の愚行よりもセンセーショナルな話題だった。
高飛車で、下々の事など歯牙にもかけないはずのあの悪役令嬢が、自身に非の無い騒動について詫びの言葉を口にし、あまつさえ頭すら下げて見せた。噂通りの令嬢なら、そんな事するだろうか――。
生徒達の間ではそんな話が囁かれていた。
私は努めて表情には出さぬ様にしながらも内心では愉悦の笑みを浮かべる。思わぬ収穫だ。
昨日は煩わしいとしか思っていなかったミルヴァートンの愚行も、今では感謝してさえいた。
彼が衆目を集めてくれたおかげで、私の噂が大きく揺らいでいる。彼は道化として、私の目的の一助となってくれたのだから。勿論、本人にそのつもりは無いのだろうけど。
ミルヴァートンには道化の才能がある、なんて皮肉が浮かぶ程、私は浮かれているらしかった。
そんな内心を悟られぬ様に背筋を正して教室へ入る。一瞬、騒めきが止まるが今は気にもならなかった。
昨日と同じ席に座るルイーゼの姿を見つけ、その横に鞄を置く。その音に、本に向けられていた彼女の視線がこちらに向けられた。
「おはようございます、ヴァネッサ様」
本に栞を挟みながら、彼女は不安げに眉を下げる。
「昨日の事ですが……大丈夫でしたか?」
その瞳は、私を案じていた事を語っていた。優しい子だ。改めて思う。そんな彼女を安心させる為にも私は口角を緩く上げた。
「おはよう、ルイーゼ。大丈夫よ。ご覧の通りね」
態とらしく肩を竦めて見せた私に、漸くルイーゼの表情が和らぐ。
「良かった……。あの、こんな事言っては失礼かもしれませんが……昨日のヴァネッサ様、とても格好良かったです……」
少し照れくさそうに微笑む彼女。肩からこぼれ落ちるブラウンの髪がさらりと音を立てた。そんな愛らしい彼女の姿に、つい悪戯心が湧いてしまって大袈裟に眉を下げる。
「あら、見ていたの? 先に帰っていてと言ったのに……恥ずかしいわ」
「す、すみません」
「冗談よ」
肩を強ばらせるルイーゼに向かって微笑むと、彼女は安堵した様に息をついた。その表情がふわりと綻ぶ。ああ、癒される。
穏やかな朝。そんな空気を変えたのは、断ち切る様な凛とした声だった。
「ヴァネッサ様、少し宜しいですか?」
感情の乗らない声色。その声の主は私たちの近くに立ち、これまた感情の読めない表情でこちらを見据えていた。
「リディアさん……。ええ、構いませんわ」
佇む令嬢、リディア・ウィンザーは後ろに数名の令嬢を引き連れながら硬い表情を浮かべている。気安いとは言えないが、彼女とは知らない仲ではなかった。寧ろ、旧知とさえ言える。
そんな彼女はルイーゼを一瞥した後、口を開く。
「人前でする話ではございませんので、後ほどお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
一応、お伺いという体は取っているものの、その瞳は断ることは許さないと物語っていた。彼女の後ろに控える令嬢達も一様に断ってくれるなと目線で語っている。
リディアもその為に彼女達を引き連れて来たのだろう。昔から、こういった駆け引きに長けた人物だった事をふと思い出した。
私は改めて背筋を伸ばし、彼女らを見据える。何が目的かは知らないが、こうして正々堂々私と相対する事を彼女が選んだ以上、義理は通すべきだろう。
「よろしくてよ。放課後でよろしいかしら?」
「ええ。構いません」
了承する私に、取り巻きの令嬢達からは安堵のため息が広がる。対するリディアは変わらず眉一つ動かす事はなかった。
「お話中のところ、失礼致しました。では、後ほど」
用は済んだとばかりに彼女は小さく礼をした後踵を返す。そんなリディアの後を取り巻き達は慌てた様に追って行った。
彼女達が立ち去ったのを確認して、小さく息をつく。一体何の用だろうか。
リディアが立ち去る際、再びルイーゼを一瞥した視線の冷ややかさからある程度の予想はついているけれど。
それはルイーゼも同じ様で、彼女はまた不安げな表情でこちらを伺っている。
「昨日からわたくし、人気者みたいね」
気を紛らわすべく口にした冗談にも、彼女の表情が和らぐことはなかった。




