13.悪役令嬢と愚者の行進②
多くの視線が集まっている事に気を良くしたのか、或いは後には引けないと考えたのか、ミルヴァートンは声高らかに演説を続ける。
「貴様とて己の悪評を知らぬ訳ではないだろう! そんな悪辣な女が、次代の国母に相応しいなどと。そんな巫山戯た話があろうはずもない!」
一言毎に声を荒らげるその姿は、道化の様ですらあった。彼が言葉を発する程、冷静な私と言う対比が演出の様に強調されて行く。
つくづくミルヴァートンという男は、己の客観視が苦手な様だった。
「聞いているのか? 少しは己の立場をわきまえたらどうだ!」
大一番の決め台詞かの様に。ミルヴァートンは私に向かって真っ直ぐに指を指していた。観衆は次の台詞を待つ。この舞台のもう一人の演者に仕立て上げられた私の言葉を、視線を、行いを見逃すまいとしていた。
私は、それらを見渡して小さく息を吐く。観客が、何よりミルヴァートンが望むのなら、私も演者として共演者を見据えた。
「立場と仰るのなら、それが必要なのは、貴方の方ですわ」
観客が息を飲む。私がミルヴァートンを『先生』と呼ばなかった意味を理解した者も幾らか居る様だった。
呼ばれた当の本人は、私の言葉に意味がわからないと言う様に顔を歪める。
「貴方が学園の教師として物を申されるのであれば、わたくしも生徒として伺いましょう」
一拍、間を置く。どうやら私には役者の才もあるらしい。声を発する毎に、観客の印象がこちらに傾くのが手に取るように理解できていた。
「ですが先程、貴方ははっきりと仰いましたね。学園でのことを言っているのでは無い、と」
視線を逸らさず、穏やかに告げる。ここまで説明して、やっとミルヴァートンは己の発言の意味に気づいた様子で、その顔色からはみるみる血の気が引いて行く。
「それであればわたくしは公爵家、貴方は伯爵家。今の発言はミルヴァートン家から我がカルヴァート家への正式な抗議と受け取ってもよろしいのかしら?」
微笑みすら乗せて問いかければ、ミルヴァートンはいっそ蝋の様にさえ見える顔色で、それでも何か言わなければと声を成さない音を吐き出すだけだった。
「お話は以上ですか? ミルヴァートン先生」
彼は青白い顔のまま、依然はくはくと口を動かしている。けれど、そこから言葉が発される事はなかった。
「以上の様ですわね。……皆様、このような場所で失礼致しましたわ。どうやら話はお終いの様です。足を止めてしまい、申し訳ございません」
舞台のラストシーンの様に。私は観客に向けたカーテシーにて幕を引く。
この醜い劇に見入っていた生徒たちは止まっていた時を取り戻すかの如く動き出す。騒めきはホールに響く拍手の様に広がって行った。
カーテンコールは必要ない。これにて終幕だ。
***
幕が引かれた舞台、もとい学園の中央廊下では先程まで繰り広げられていたスキャンダラスな演劇の話題で盛り上がっていた。ヴァネッサ・カルヴァートの立ち去ったこの場所で生徒たちは言葉を交わす。先程まで演者の一人であったはずのミルヴァートンに声をかける者は一人として居はしなかった。
己が始めたはずの舞台を乗っ取られ、あまつさえ敗者としての役にすり替えられてしまった男には誰も関わろうとはしない。
そんな中でただ一人。ミルヴァートンに視線を向ける男の姿があった。うざったい黒髪を細く編んだ、暗い緑色の瞳をギラつかせる男。
その男は廊下の影から全てを目撃していた様で、先程の滑稽な演目の観客の一人でもあった。
ヴァネッサ・カルヴァートが、王太子派と名高い王国史の教師・ミルヴァートンに呼び止められた時、男は廊下の隅にいた。聞き覚えのある女の名に咄嗟に柱の影に隠れた時、その演目は開幕したのだった。一部始終を観察していた男。その目には舞台の主演女優の姿は鮮やかに映っていた。
唐突に始まった舞台にも関わらず、華麗に幕を引いて見せたヴァネッサ。誰の助けも必要とせず、執拗に責め立てる事もなく。
正に見事と言える幕引きを思い出しながら、依然としてミルヴァートンに向けられた男の視線には、確かに暗く、憎々しげな色が浮かんでいた。




