12.悪役令嬢と愚者の行進①
「なんというか……予想以上ですわね」
王国史の授業の後、帰り支度を整えた私とルイーゼは廊下を歩いていた。主語の無い彼女の言葉だが、それが指し示すのは勿論先ほどの授業の事。
彼女の顔には困惑と疲労が有り有りと浮かんでいた。
「そうねぇ……」
吐き出す様に呟いた私の声にも疲労の色が乗ってしまう。あれは、授業と呼ぶには重すぎる。
以前の人生でも、彼はそういう人だった。彼の講義は授業の名を冠した政治演説。今世でもそれは健在の様で寧ろ関心さえする。
尤も、これが"繰り返し"である以上、彼がそうそう変わることも無いのだろうが。
「彼も必死なんでしょう。教職があるとはいえ、ご実家の伯爵家の家督は姉君の婿が継いだ様だし」
ミルヴァートン伯爵家は歴史はあるが、それだけの家系だった。目立った主要産業もなく、建国時代からの臣下である事だけがその矜恃を保つ家。そんな家には跡取り以外を養う余力はなく、爵位を受け継がない子女は学園や王宮に出仕するか、他家との婚姻の他に生きる術がない。
それだけならば、よくある話ではあるが、教師・ミルヴァートンは底抜けに野心家でもあった。
「そういうもの、なのでしょうか」
「それにしたって、やりすぎていることに変わりはないけれどね」
「ええ、本当に」
私の言葉にルイーゼは変わらず困った様に同意した。
彼女に同じ様な笑みを返しながら歩調を緩める。丁度、学園の中央廊下に差し掛かった所だった。正面玄関に通じるこの場所は授業を終えた多くの生徒たちが行き交い、あちこちで今日の授業や教師の噂話で盛り上がっている。
そんな大勢の視線に晒される場所で、背後から張りのある声が響いた。
「ヴァネッサ・カルヴァート!」
私の名を呼ぶその声に疲労感が増す。先程散々演説を繰り広げたその声で、今度は私の名をを呼び止めていた。
足を止めた私達に、やけに荒々しい足音が近づいてくる。振り返りたくはないが、多数の生徒の目の前で呼び止められた以上、そういう訳にもいかないだろう。
不安そうにこちらを伺うルイーゼに大丈夫だと伝えるために笑みを返す。
「ごめんなさい、呼ばれてしまったみたいだから先に帰ってちょうだいな」
「よろしいのですか?」
「ええ、大丈夫よ」
依然、不安げな表情のルイーゼの背を押す。まだ名残惜しそうな彼女だったが強めにお願いすると渋々ではありながらも軽く礼をして廊下を後にした。
これは私の問題。彼女を巻き込むわけにはいかない。
「聞いているのか!」
先程より明確に背後で響く声にため息を飲み込んで振り向く。ミルヴァ―トンは興奮しきった様子で立っていた。
「御機嫌よう、ミルヴァ―トン先生。友人と挨拶をしておりましたもので、失礼いたしましたわ」
カーテシーを添えて言葉を発する私にミルヴァ―トンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。その尊大な態度は、成程あの王太子の取り巻きに相応しい振舞いだった。
「友人、ね。随分と余裕がある様だな。私の先ほどの講義を聞いていないのか?」
「勿論、聞いておりましたわ。先生の講義には大変勉強させていただいております」
才の無いのに政治に関わり、その身を滅ぼす凡例として、と言う言葉は飲み込む。
「フン、それにしては、貴様の行いにはその成果が見られぬ様だが?」
何故か勝ち誇った様にミルヴァートンは言う。義憤と忠誠で塗り固めた仮面の下に潜む打算的な素顔が滲む様だった。
「失礼ながら先生? わたくしの学園での行いに、何か問題がございましたか?」
敢えて『学園での行い』と言う言葉を強調して問う。私が入学してからまだ僅か2日。大人しく生徒たちを観察していただけの私に瑕疵などあろうはずもない。
強いて挙げるならば入学式前の王太子への言動であろうが、あれとて私は無礼にも婚約者の前に令嬢を伴って現れた王太子に対して「先を急ぐ」と伝えたのみである。何ら無礼は働いていない。
そんな私の問いかけにミルヴァートンは目に見えて頬を紅潮させた。廊下は最早この滑稽な演目を演じる舞台と化していた。観衆たる生徒たちの視線を集めながらミルヴァートンは一段声を荒らげる。
「学園での事を言っているのではない! 貴様の日頃の言動について私は言っているのだ!」
激高する彼の言葉に観衆は騒めく。そんな中で私は内心ほくそ笑んでいた。




