むっつり奥手なチョロインさんは面倒臭い
「あたし、恋愛って良く分からないんだよね」
そう苦笑いしながら言うのは俺の隣の席の金子 恵さん。
ショートカットが似合う明るい女の子で、オオサンショウウオが好きなのか鞄にいつもそのバッジをつけている。
「なら試しに俺と付き合ってみる?」
なんて軽く告白じみた言葉を返したのは俺こと根岸 壮馬。
金子さんのことをそれなりに魅力的な女性だと思っている高二男子だ。
「あはは、私がドキっとするような告白をしてくれたら良いよ」
軽く流された感じなので残念ながら脈は無さそうだ。悲しい。
あるいは本当に恋する気持ちが分からないだけなのかもしれない。
よし、この流れなら冗談で済ませられるからダメ元で試しに告白してみよう。
「金子さん好きです。付き合って下さい」
「ふぇ?」
「待ってチョロすぎない?」
雑に告白しただけなのに瞬間沸騰機になったんだけど。
「い、今のはそういうんじゃないし。ただ突然だったからびっくりしただけだもん」
「笑顔が可愛い金子さんと付き合いたいってずっと思ってました」
「ええええええええ! そ、そそ、そんな急に言われても」
「やっぱりチョロくない?」
「だからそういうんじゃないんだって!」
恋愛が分からないどころか、分かりすぎて分からせる必要すらないじゃないか。
「こらこら、メグを揶揄っちゃダメだよ」
「桜川さん」
戸惑う俺のところにやってきたのは桜川 絵瑠奈さん。金子さんの親友だ。少し目つきがキツイけれど面倒見が良い委員長タイプ。
「それにこの子はむっつり奥手だから苦労するよ?」
「ちょっとエル、私はむっつりでも奥手でも無いから!」
「じゃあ根岸君と付き合ってあ~んなことやこ~んなことをしてみたら?」
「む、むむ無理無理無理無理」
「一体何を想像したのかしら」
「エルのいじわる!」
「ね、こんな感じ」
ほう、えっちぃことに興味津々な女子か。
男子的には最高なんだが、どうして苦労するんだ?
「根岸君、むっつりって聞いてやらしい目になってるよ」
「なってないし」
「メグの胸見てたでしょ」
「見てないし!」
隣の席だからいつもチラ見しているけれど、今回は鋼の意思で自重した。
流石に話している途中でガン見するのは好感度的にヤバイかなと。
「冗談。今回は見て無かったね。えらいえらい」
「あれぇ? 俺って桜川さんの中では幼児扱い?」
「そんなことないよ。根岸君のオトコノコは高校生並みだと思ってるよ」
オトコノコって、つまりはぱお~んなアレのことだよな。
「桜川さんもそんな下ネタ言うんだ……」
「普段は言わないわよ。でも知ってもらうためには良いかなって」
「何を?」
「こちらをどうぞ」
「え?あたし!?」
「うわぁ……」
金子さんが俺の股間をめっちゃガン見してた。
鼻息を荒げている幻覚が見えそうな程に超興奮してた。
「金子さんがむっつりってことを教えてくれたのか」
「むっつりじゃないもん!」
「いいえ違うわ。普段からこうして見てるって言いたかったのよ」
「見られてたの!?」
「見てないもん!」
そう言われると滅茶苦茶恥ずかしくなってくる。
授業中に勃っちゃったことあるけれど、まさか見られてないよな……
「そしてもう一つ。あなたは気付いて無かったようだけれど、女子は気付いているから注意しなさいね」
「な、なな、なんのことだ」
「根岸君は胸を机の上にのっけるのが好きだよね」
「ぎゃああああああああ!」
そういえばさっき、今回は見てなかった、って言われた。
いつもはバレてたのか!
それはそれとして眼福です、いつもありがとうございます。
「そんな普通にえっちな根岸君だからこそ、メグを彼女にしたら苦労するのよ」
「どうしてだ?」
「さっき言ったでしょ、メグはむっつりだけど」
「むっつりじゃないもん!」
「奥手なのよ」
「奥手じゃないもん……」
つまりなんだ。
興味津々で誘ってくるようなフリをしてくるけれど、奥手だから簡単には許さないと。
それは確かに男にとって魔性のような女性かも知れない。
「それでもメグを彼女にしたい?」
「うん」
「ま、またまたまた、冗談ばっかり!」
「チョロすぎて心配になるな」
「ホントそうなのよ」
俺だからこうして喜んでくれるならすげぇ嬉しいけれど、俺以外の男相手でも同じ反応をするかもしれないと思うと本当に心配だ。
「悪い男に騙されそう」
「もう、根岸君ったら。私だって人を見る目くらいあるんだからね」
「すげぇ心配」
「でしょう?」
「なんで!?」
どうやら分かっていないようだけれど、証明するのは簡単だよ。
「それじゃあ目を閉じて、今から俺が言うセリフの場面を想像してみて」
「う、うん……」
金子さんが目を閉じたのを確認したらしばらく待つ。
ここまで下ネタが続いていたから、その手の話が振られるだろうと色々と妄想しているだろう。
脳内がピンク色に染まるのを待った方が効果的だから時間をかけよう。
そろそろ良いかな?
桜川さんに目配せしたら頷いてくれたので大丈夫そうだ。
「お前が誘って来たんだぞ」
「あっ……」
うわぁ、ガチ反応じゃん。
怯えているような期待しているような切なげな吐息を漏らしやがった。
俺の下半身が反応するから止めてくれ。
桜川さんがチェックしてやがるんだよ。
「ふぅん、耐えたのね。やるじゃない」
「なんのこと?」
「そ、そうだよ。私耐えたんだからね」
「いえメグじゃないから。メグはボロ負けで犯されちゃってるから」
「負けてないもん! ちゃんと拒否出来たもん!」
拒否しましたか?
とにもかくにもこれで証明されたな。
体目当ての男に強引に迫られたら金子さんは拒否できないと。
「これまでは私が守ってあげたけれど、いつまでもそういうわけには行かないのよ」
「だから大丈夫だって言ってるのに」
「それじゃあ大学生になって『そこの可愛いお嬢さん。テニスサークルに入りませんか!』ってぐいぐい勧誘されても断れる?」
「こ、断れる……よ?」
「サークルの懇親会でお酒を勧められて断れる?」
「断ったからサークルに入って無いもん! 勧められても断れるもん!」
「はいダメー。お持ち帰りされてぐちょぐちょどろどろの性活の開始です」
「…………そんなことないもん!」
「今の間、想像したでしょ」
なんということだ。
一連の流れが容易に想像出来るぞ。
格好のカモじゃないか。
「ということで根岸君。メグを守ってあげてくれないかしら」
「それってつまり、金子さんのかの……保護者になれと?」
「何で彼女じゃないのよ!」
「同じ大学に行く予定でしょう?」
「今のところはそうだけど、高校と違って四六時中一緒ってわけじゃないからなぁ」
「あの、私を無視しないで?」
同棲して一緒に登校してずっと守り続けないとやらかしそうで怖い。
でもそれって結婚まで考えたお付き合いになっちゃう。
まだ高校生なのにそこまで重いお付き合いだなんて考えたくないぞ。
「どうして俺にそんなこと言うんだ?」
「それなりにむっつりだけど自制出来るタイプに見えるから」
「おいコラ。そこは女性を大切にしそうだから、とかって言えよ」
「女性の扱いを知らない素人童貞が何を偉そうに」
「桜川ってそんなこと言うキャラだったっけ?」
高校生なら大半が素人童貞だろうが。
そこを指摘すると皆泣いちゃうから止めてくれ。
「でも本当にさっきの条件が大事なのよ。ほら、この子って奥手だから自制してくれないと」
「そりゃあ嫌がってるところを無理矢理だなんて趣味じゃないけどさ。それならもっと紳士的な男性の方が良いんじゃないか?」
「それじゃあ手を出さないじゃない。この子、むっつりだから手を出さずに満たしてあげる必要があるのよ」
「なんて生殺し!」
「むっつりじゃないって言ってるのにー!」
つまり誘っているように見えるのに決して手を出さずに、でもそれなりに満足させるスキンシップをしてあげないとダメ。超めんどくせぇ。
「分かった。善処する」
「あら、てっきり断るかと思ったのに」
「だって俺、金子さんのこと好きだから」
「ふぇっ!?」
「「ちょろい」」
「二人して揶揄わないでよ!」
今のはちょっと本気だったんだけどな。
弄りすぎて伝わらなかったようだけれど、こんな雑な告白が想い出になったら可哀想だからスルーしておこう。
「ならよろしくね。嫉妬深くて大変そうだけど頑張ってね」
「え? マジで?」
「嫉妬深くないもん!」
「私の予想ではヤンデレ化する可能性六十パーセント」
「妙にリアリティのある数字止めろ」
「病まないもん!」
でも妄想に浸る癖があるのなら、自分の気持ちに振り回されて病んでしまう可能性はありそうだ。
まさか好きな人が地雷案件かもしれないとは、ちょっとだけテンション下がった。
「そもそも私、根岸君と付き合うだなんて考えたこと無いもん」
「え? いつも私に……」
「ストップストーーーップ!」
おやおや、今のはもしかして脈があるってことでよろしいのでしょうか。
いくら隣の席とは言っても頻繁に話しかけて来すぎではと思っていたけれど、勘違いでは無かったのか。
「金子さん好きです。付き合って下さい」
「も、もう騙されないもん!」
「金子さん好きです。付き合って下さい」
「だ~か~ら~、もう騙されないって」
「金子さん大好きです。付き合って下さい」
「あう……」
「「チョロい」」
「二人とも酷い!」
すまん、このオチにしないとすっきりしないんだ。
「根岸君なんてもう知らない!」
しまった、拗ねてそっぽを向かれてしまった。
「あ~あ、可哀想なことするから嫌われちゃったね」
「半分は桜川さんのせいだと思うけど」
「人のせいにするのは良くないわ」
「正当な責任の所在を指摘しただけだが」
「あら、そんな難しい言葉を良く知ってたわね」
「やっぱり俺って馬鹿だと思われてる?」
「うん」
「即答酷い!」
「だってメグと同じ大学に行くくらいだから……」
「何気に桜川さんって親友の扱いが酷いよな」
「これが私の愛し方よ」
「怖い!」
さて、そろそろかな。
「むー!」
「ほら嫉妬深いでしょ」
「マジかー」
「嫉妬深くないもん!」
少し楽し気に桜川さんと会話をしたらどうなるかなと思ったら本気で不機嫌そうにしている。
こりゃあ本気で付き合うとなると気合を入れなきゃ刀傷沙汰待ったなしだ。
「でもどうして金子さんって『恋愛が分からない』なんて言ったの?」
まさかエロエロなことへの興味が八割だなんて男子みたいな考えなわけないだろうし。
「エロエロなことへの興味が八割くらいだからよ」
男子だった!
「ち、違うもん!」
「だってメグったら付き合うための準備って言って……」
「わー!わー! それ以上言ったらいくらエルでも許さないからね!」
「あら残念。なら止めておくわ」
「ふぅ……」
いやいや安心しちゃダメだろ。
金子さんがエロエロな準備をしているってもう分かっちゃったぞ。
「じゃあ金子さん、俺と普通の恋愛をしてみる?」
「え……あ、また冗談だ!」
「ううん、本気。それとも俺じゃ不満かな?」
「あ、その、不満なんかじゃ……でも……その……」
またチョロいと思ったけれど流石に自重した。
桜川さんも空気を読んでくれたようだ。
金子さんはそのまま真っ赤になって俯き、もじもじしながら何かをブツブツと呟いている。
そして彼女が出した答えは。
「まずはクラスメイトから始めない?」
「もうクラスメイトだよ!」
今までの俺達の関係は何だったんだ。
「じゃ、じゃあキスから!?」
「一気に飛ばし過ぎ!」
それセフレコースで恋愛じゃなくなりそうだが良いのか。
「ならどうしろって言うのよー!」
ああ、うん。
確かに金子さんは恋愛が分からないようだ。
「桜川さん」
思わず彼女の親友に助けを求めてしまった。
「頑張って」
しかしそれだけを言って自分の席に戻ってしまった。
どうやらこれで引継ぎは終わりと言うことか。
結局俺は金子さんと彼氏彼女の関係になれたのだろうか。
良く分からないけれど、これから沢山面倒なことが起きるのだろうなという予感がする。
そのことを考えると気が重く、どうしても顔のにやけを抑えることが出来なかった。