ep.8 音の出ないラッパ
「クソッッッ!!!あんなにカッコつけて出てきたのにこのザマかよ!早くこいつ倒さなきゃダセーよな」
現場に駆けつけていざ戦うぞという時に建物の陰から子どもの泣き声がした。逃げ遅れた一般人がいたのだ。
黒薔薇は俺より弱い子どもに反応し蔓を伸ばして捕まえた。喰うつもりだ。
俺は捨て身で薔薇に向かって走り蔓を切り、子どもを剥がした。その時俺の右腹は少しだが薔薇に齧られた。
泣き喚く子どもに逃げろと伝える、どんな怪我をしていようが俺がこいつを食い止めなければならない。生け捕りにするのはほぼ不可能だろう。
俺がいる白ウサギ部隊は薔薇のカウントを担っている。
カウントとは薔薇が人になったかどうかを数える係ではない。生け取りにして薔薇が進化していく過程をカウントする係だ。
薔薇がどのような段階を踏み強くなるのか、自我を持つのか、人を襲う気持ちが芽生えるのか、これらを探る為に生け取りにしている。
俺たちは薔薇に対してあまりにも無知だ。敵を知らないと必要のない犠牲が伴う。少しでも被害者を減らせるように薔薇を生け取りにする。
普通に討伐するよりもだいぶ部が悪い。
黒薔薇の花言葉『あなたはあくまで私のもの』
この言葉通り黒薔薇は自分の為に使われるのであればそれは人類の幸せだと考えている。自分の為に永遠の愛を誓わせる理不尽な厄介者だ。
人間がつけたはずの花言葉。なのになぜか薔薇たちは色によって花言葉のような個性や特徴を見せる。人それぞれ個性があるように薔薇たちも同じ色でも個体差はあれど考え方の根本は花言葉に由来することが多い。
この黒薔薇は理不尽な厄介者ゆえに生け取りに出来ることは極めて少ないため貴重な情報源である。今後のためにもなんとしてでもこれを資料として持ち帰りたい。
「ねぇ、君が僕の邪魔をするのは2回目だよね?」
(喋った、、、、、?まだ満開ではないのにもう喋るだけの知性があるのか?)
「ねぇ、君に言ってるんだよ?帽子から白耳が出ている君に」
クソ!!!これだけの知性があるならもう本格的に生け捕りは無理だ。もしかしたら出来るかもなんて甘い可能性は捨てて全身全霊を尽くして殺すしかない。
俺は対薔薇用の武器に改良したラッパを取り出す。
「ねぇ、聞こえてる?君が逃したあの子ども腰抜かして動けないでいるよ」
俺はその言葉に思わず振り返る。しばらく静かだった為てっきり逃げたものかと思っていた。だがやはり怖かったのか逃げられないでいた。
(そりゃそうだよな。怖いよな。駆けつけたのが俺でごめん)
白の女王をはじめ、他のリーダー格ならきっと圧勝だっただろうに、、、、、俺が未熟なばっかりにごめん。
腹を攻撃された際にすぐ本部に応援要請を出した。そろそろ誰かが来るだろう。それまでに子どもだけでも護らないと。
(腹の傷がなんだ!!根性見せろ俺!!!!)
「は?俺が勝つんだから子どもがいようがいまいが関係ねぇーだろ。」
「そうか、君は勝つ気でいるのか。それは素晴らしいくらい烏滸がましい思い上がりだ。だって君は僕のものなのだから。主人に逆らう物がこの世に存在するかい?」
「なんでお前なんかに従わなきゃいけねーんだよ。俺のご主人様は俺自身なんだよ覚えとけクソ野郎!!!!」
俺はラッパを吹く。しかし音は出ない
「ん〜?何?それ?音出ていないみたいだけど大丈夫?」
顎に手を当てて小馬鹿にしたように黒薔薇は笑う
「ねぇ、それずっと吹いてるつもり?音ならないのに。健気で可愛いね、みっともなくて滑稽だね。せめて早くとどめを刺してあげようね」
黒薔薇が手を蔓に変えて白ウサギ目掛けて振り上げる。
「はあ?」
黒薔薇は腕を上げたきりピタッと止まって動かない。
「これは君の仕業かな?僕に何をした?」
「この状況でただのラッパ吹いてどうするんだよ。馬鹿か。俺のラッパは対てめーらように作られんだよ!」
俺の武器はラッパ。俺の血と組織のボスの血を混ぜて作られている。このラッパが力を発動する条件はただ1つ。血の提供者、即ち主である俺が口をつけることによって周りの空気を振動さえその周囲の動きを止める。
使い道は他にもあるけどな!
「全然説明になっていないよ。なぜ音の出ないラッパで僕の動きを止められるのかな?」
「これから死にゆくお前に説明したって何の意味もねーだろ。それに俺はお前のこと嫌いだし喋りたくねぇ」
「ん〜?手が痺れて動けない。この手に重さすら感じる。それなら君の武器の本質は音が出ない代わりに空気を振動させ対象の動きを止めるかな?」
(コイツ…!一分も経たねー内にもう俺の武器の本質を理解しているのかよ?だってまだ5部咲だろ?成熟してねーのに知性が異常過ぎる!)
「全然違うけど?それなのに何気持ち良さそうに喋ってんだよ。キモッ!!!!」
(手の内がバレた所でとりあえず子どもを救出出来れば万々歳だ!集中しろ!次は脚だ!)
もう一度ラッパを吹く、しかしこの武器も万能ではない。使えば使うほど血中酸素濃度が低下していくのだ。
普段だったらしばらく使っても問題はないが今の俺は腹からの出血が多すぎる。立ってるのもやっとだ
(集中しろ、この一回に全てをかける!!!)
「ふーん、音の共鳴で動けなくなるなら僕は君から遠ざかれば良いだけだね?きっと追いかける体力は残ってないだろうしね」
そう言って黒薔薇は余裕の笑みで後ろに下がろうとする。しかし動けない
「何?なんで動けない?」
そう、手だ。上に振り上げた時に手が空中に固定されている。この腕をどうにかしない限り移動は不可能だ。
そうこうしている内に両脚も固定されてしまった。
「どうだ?能力はシンプルでも中々強いだろ?」
「そうだね。でも息も絶え絶えの君にこれ以上何ができる?僕にとどめを刺す体力すら残ってないだろう?」
楽しそうに薔薇は笑う。実際その通りで俺はもう一歩でも動いたら倒れそうだ。先程負った腹の止血が出来ていないせいで視界はぐるぐると回っている。
それでも子どもを逃すことだけはしないといけない
「やがて空気感の振動は消えて僕は動けるようになる。君は血が流れすぎて死ぬ。僕に逆らうから辛い思いをして死ぬんだよ?お馬鹿さん」
バキャッッッッ
「戦闘中、目立つように手を挙げてるから千切られるのよ?お馬鹿さん」
「貴様!!!!!!!よくも美しい私の腕を!!!!」
(もう視界がぼやけてはっきり見えないがあいつの声がする。)
黒薔薇の腕を引きちぎったのは白衣のゴリラこと白の女王だった。俺は安堵から気を失ってしまった。