表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

遅刻

 よくわからないまま公園のベンチに座っている。平日の二時のため、人はあまりいない。ベビーカーを押した母親がふしぎそうな顔をして入って出ただけだ。雲がイワシの形をしている。しかしイワシの形すら定かではない。

 ベンチに座る前、公園に足を踏みいれる前、コンビニを出る前、なぜか私の財布から電子マネーが消失し、クレジットカードで支払いをすることになった。消えた電子マネーはコンビニを出てからズボンの右ポケットに現れた。ところで店員が目も合わさずに言った。「レシートはいりますか」いつも考えてしまう。一ヶ月後になってカード会社から請求書が届いたところで細かな支払額は覚えていない。受け取らなかったレシートに少し多い請求額が印字されていたとしたら? ギャンブル依存症のそれだ。ここで帰ったら、あと少し待っていれば、目の前にあることと何か違うことに気をとられる。

 少し指先が冷たくなっている。太ももとベンチのあいだに手を入れる。私はおそらくここで人を待っている。携帯電話、今もそう言ってよいのかも知らない。スマートフォンと携帯電話だと、後者のほうが割れにくい響きを持っている。割れやすいほうの携帯電話を操作してメッセージを開く。なんてことのないやりとり。春の話をしている。

 その冬、私はとてつもなく生きることに忙しかった。常人がたやすくこなせることができず、だれもが引っかからないところでつまづいて転ぶ。バラエティ番組を見ると笑い声がエコーになる。それでもメッセージは続いていた。

『春になったら一緒にお花見に行きましょう』

『大切なお話があります。公園に来てください』

『なにかありましたか?』

『返事をください』

『充電が切れたんですか?』

『まだ待っています』

 最後のメッセージからもう何年が経ったのかもわからない。したがって、その冬、彼女がどれだけ私を待ってくれたのかも知らない。なのに今、私だけがここで待っている。何もかもが周回遅れになっている。だからこの鈍い償いはなんの埋め合わせにもならない。ただ、私が遅れて、遅れて、遅れて、そのうちに彼女が去っただけなのだ。

お題:鈍い償い 制限時間:30分

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ