危険な星の見方
今、生きていておそれながらも行いたいことはなんだろうと考えて、そんなものはないと思った。ちょっとした好奇心のために命を落とすような真似はしたくない、もし自ら平穏を投げ捨てるとしてもどうせなら大きな夢の半ばで死にたい、そもそも平穏でいい、人生に爆竹なんてなくていい、そんな漠然とした希望があったが、ぼくのソファにまっすぐ立っている笠岡の野郎は「危険に星を見たーい!」と言った。
「星なら前に見にいったでしょ。レンタカーを借りてさ」
「なんで大破しなかったんだろ」
「死にたいなら一人で死ねよ」
バカーとソファから勢いよく飛びおりた笠岡のチョップが降りそそぐが首をひょいと動かして避ける。笠岡は床を勢いよく叩いて膝もうちつけてごろごろと転がりだした。
「死にたくないけどスリルがほしいんだもーん」
「暇は人を定期的にバカにするな」
「星を見るという、きわめてふつうの、きわめて平凡な、きわめてありふれた行為にデンジャラスを和えてみたーい」
「山にでも登ればいいでしょ。最近、けっこう流行っているけど日常において命の危険を落とす確率を高める行いだよあれは」
「ふーん。登山が趣味のやつってバカなのか?」
「バカはおまえだろ」
ぴたっと動きを止めた笠岡は崩していたぼくの足裏を爪でひっかきながら「今の冒険は冒険でないですわよ」とつぶやいた。
「本当はそこまで危険でないこと、もしかしたらまれに万が一たいへんなことになるかもしれないことを、冒険と言っている。前人未踏なんてちっともない」
「そりゃそうだろ。みんなが生きているうちにどんどこ踏み荒らしたし、情報と注意喚起がくまなくSNSにあがるし、本当に危険なことはコンプライアンスの問題で表沙汰にできないし」
危険なことは知らないことだ、信号の意味を知らない子どもが横断歩道をわたろうとする瞬間がもっとも危険だ、僕たちは今、その危険をたずさえて何かを行うことができるだろうか、だれもが親切で聞いてもいないことを教えてくれるのに?
笠岡はうむうむと深くうなずいてさくっと立ち上がった。
「ものすごく危険な星の見方を思いついたぞ!」
「思いつかんでいい」
後日、知人からメッセージがあって笠岡のSNSアカウントを見た。最初の画面の一番上に、その投稿が固定されている。
『きわどい水着で星を見ました!』
人は思い立つかぎり、いつでもおびやかされることができる。
お題:今の冒険 制限時間:30分