不可算名詞
人参は美と時間の仲間であるが、オレとおまえは敵である。久居はバイト先からパクってきたらしいエプロンをつけながら足で冷蔵庫を開いた。「おっと、塩がない」「客に塩を送るな」
ちゃぶ台にペットボトルジュース二本と小皿を置いた久居は「まあ食べてくんなし」と濡れたスプーンを差しだした。漬物をスプーンで拾い上げていると、やつは床に転がっていたリモコンを拾い上げてテレビをつけた。
「テレビ好きだな、おまえ」
「俺さ、バイト首になったじゃん。そろそろいい歳だしさ、これを機に新しい商売を始めようと思って」
「正規雇用を目指せよ」
久居はじとっとオレを見て「つまんねー天パだな」と口を尖らせる。それからまた床に置いていたらしいクリアファイルを持ち上げて、中身をさっと取り出した。二枚のA4用紙。
「血液サラサラってあったじゃん?」
「ああ、ドロドロ血液とサラサラ血液ね。なつかしーなおい」
「先人の手腕に敬服して、俺も健康詐欺をやってみようと思うんだ」
「やるな敬服するなそもそも相談するな」
差し出された用紙を見てみると、ポップ体のフォントでこう書かれている。
・大きな血液
・小さな血液
「いや、説明を書けよ」
「最初のワードが重要なんだ。流行語大賞に残るか残らないかでバカの頭にすりこめるかどうかが決まるからな。ドロサラのインパクトをリスペクトしてみました」
「意味はないのね」
「二枚目を見よ!」
差し出された用紙の一枚目を床に捨てると、次の紙には明朝体でこう書かれている。
・大きな血液 人間としてビッグになる
・小さな血液 人間として矮小で貧乏でスモールなクズになる
「なんで小さな血液の説明のほうが詳しいんだよ。いや、詳しくねえよ」
「まあバカは細かい説明なんて聞いてらんねえから、大雑把でいいんだよ」
「だいたい、小さな血液ってなんだよ。大小で量るもんじゃねえだろう」
「最初のワードが重要なんだ。流行語大賞に残るか残らないかで」
「さっき聞いたよ!」
久居はとつぜんこちらに顔をちかづけて、ひそひそと言った。
「それで、弁護士様からするとこの売り方は法的に問題はありますかね?」
「オレとおまえは敵だ!」
お題:小さな血液 制限時間:30分