どんかちせっかち
カンカンカンカンカン。遠くから聞こえてきた音に俺は彼女の手をとって走り出した。道の終わりぐらいで近くの警報がなりはじめて、渡りきったあとに振りかえると今に下りようとしている遮断機の手前で不機嫌な顔をしている彼女。これが馴れ初めの逆、つまり破局のきっかけ。
「意味わかんねええええええええええええええええええええええ」
「世界はおまえのカラオケボックスじゃねー」
確かにそこは学校の屋上で、歩いて三十秒もかからないところで和気あいあいと食べている女子生徒らの笑顔をぶち壊しはしたが、人生にはだれかの楽しみを奪ってまで呪詛を吐きたい瞬間がある。手すりのはるか下で並んで歩いている男女につばをはきかけたくなる日だって。今、この時がまさにそうなのに、背もたれみたいに手すりに身を預けて紙パックのりんごジュースをちゅーちゅ飲んでいるやつは知らん顔。
「おれは彼女さんの気持ちがわかるけどな」
「は? なんでわかるんだ? 女だったのか? オマエ女だったのか!」
「今日のサッカーでさ、おまえ、合田くんにパス回さんでそんまま突っ走ったろ」
「今日は一限も体育なんてないですが?」
じゃあ昨日か明日だ、と友は投げやりに言う。べこっと紙パックがへこんで、果肉がストローにつまってもなお吸い上げようとするような、濁った音がした。
「確かに合田くんはミステリー研究部の変人でひ弱なベストオブもやしだけど、でもあの場面は合田くんに賭けるべきだったろ」
「待てよ。仮にそういうシチュエーションがあったとして、俺は絶対にひとりで走るって真似はしねえよ。ひとりだけ抜け駆けなんてしない」
「そこなんだよ」
「どこなんだよ」
やつはずるずるとしゃがみこんで「人の気持ちには裏の裏の裏があって、それは単なる一回の裏とは違う」なんてわかったように言う。俺も思わず腰を下ろして、手すりのあいだに足を通してみようとして、上履きがひっかかってやめた。
「あのな、ベストオブもやしがパスを受け取ってサッカー漫画の主人公となり華麗なシュートを決めて試合に勝利してヒーローになるなんて夢物語を抱くと思うか?」
「合田くんのこと、知らんからわかんないけど」
「おれだって一度も話したことない」
「なんなんだよ」
「だけどちょっとは、わかるだろ。合田くんはサッカーには参加したいけど、それなりに参加したいだけで、サッカーをしている雰囲気を楽しみたいだけで、そこまで合理的に勝利を目指したいわけじゃない」
あっ、と思って俺は急いで立ち上がった。「そろそろチャイムが鳴るぞ」やつは俺の手をぐいっと引っ張ってそのまま座らせた。「なんで愛想をつかされたか知りたくないのか?」
「だけど、チャイムが鳴るんだよ。前触れがあるんだ、わかるだろ?」
「五時限目なんてもう知らねー」
「もう意味わかんねえことばっかだよ」
やつは、空になったであろうジュースをまだべこべこさせながら、ちょっとストローから口を離していった。
「彼女の気持ち、すっごくわかる」
「だから、何が?」
「おまえとできるだけ長く一緒にいたかったのに、早く帰ろうとして悲しかったんだよ」
チャイムが鳴った。
お題:今日のサッカー 制限時間:30分




