美凍花
「まただ……」
特徴も無く陽も照らぬ山村集落に何があるというのか。
村の青年団の中で一番若い陽介ですら村唯一の契約農家とはいえ五十代、奥さんは居るが娘は町の仕事で結婚してから今は海の方で孫を育てている。
過疎化に消え去る村の行末が見えている中、さした厚着もなしに二十代後半程の女が背丈よりも雪が積もるこの村に、一日二本だけのバスに揺られてやって来た。
民宿も無ければ観光するような名所も無い、役所なんかはとうに隣の町に統合されて村人は厄介者扱いされている。
電波も入らぬこの村にタブレット端末を配布され、それでやれと置いて行ってそれっきり。
何処かの過疎地域はそれで成功したとテレビでやってたとかで、何処ぞの議員の選挙アピールに使われ、廃村間近の厄介者とされた老人にとっては配って終わりの死刑宣告を叩きつけられた格好だ。
更に議員はCO2が何たらと利権に乗ろうと、囲炉裏や薪ストーブは火災の危険だの一酸化炭素中毒がどうのと言って、高地の山村に必要のない冷房付きのエアコンを買えば補助を出してやると言い出し無理矢理に買わせ設置させたが、その年の冬に九軒の爺婆が亡くなった。
エアコン室外機に雪が覆い被さり潰れ、積雪で一集落への電線が切れ、エアコン設置時に囲炉裏も薪ストーブも取り払われた家人は暖をとる術も奪われ凍死していた。
発見されたのは春に雪融けしてからだ。
それを雪国ならではの痛ましい事故等と称し、お悔やみ申すと自分が殺めた人の死までも自身への選挙アピールに使われれば、次は何を切られるのかと、電気かガスか、年金か保健か、バスか土地か……
そんな村に来る者が、何の用かなんて知りたくもない。
けれど、五年程前から迷い客が来るようになっていた。
最初は何をしに来たのかも判らぬその連中に不審感以外に何もなかったが、朝のバスで来て何をするでもなく村の何処かに行っては夕刻のバスで帰って行く。
今年は特に雪が多く雪掻きも追いつかない中、その手の客が毎週のようにやって来る事に、村の者は異様さを感じて不信感から不安感に変わっていた。
そうした中で珍しくも夕刻のバスで来た二十代後半の女を見た陽介は、確認も兼ねて声をかける事にした。
「オメさ若ぇおなごが、こがん時間村来て何すぐ気だ?」
唐突な語りかけに拙速な訛り言葉が伝わる筈もなく、女は首を傾げて会釈を返すのみ。
それでも何となくの意図は分かったのか、一言だけを口にした。
「美凍花を摘みに……」
「美徳? んん? 何だ」
聞き覚えのない花の名前を、訛りに慣れた陽介が聴き取れる筈もなく、都会暮らしの流行り言葉かと、聞けども聴けども理解出来ずに難儀するのを、女は不憫に思ったのか説明をするより行き先を口にした。
「山上左兵衛の家に行く事は出来ますか?」
山上は例のエアコンで亡くなった一人だ。
生前の爺さんは凄腕の猟師で、その腕を見習おうと年に数回講師として多方の猟師組合に招かれていた。
奥さんとの間に一人息子が居たが若い時分に出てったきりで、帰って来た話も無けりゃ孫は疎か結婚の話すら聞いた事も無い。
「おめ、山上さんの孫娘か?」
女は首を傾げ会釈を返すだけ、はっきりとは言わないが孫娘と認識した陽介が心配を見せる。
「山上さん家は雪ん潰げで見る影も無ぇどぉ! ざぎんで町さ帰るバスも無えでタクシー呼ぶが?」
村では携帯電話が通じる程の電波も無く、町に帰るなら今スグ陽介の家の電話でタクシーを呼んで置かないと陸の孤島に置き去りにされる。
だが、女は首を振り大丈夫と言い、山上家への行き方を聞いて来るので、陽介は最悪この女を泊める覚悟で山上家の案内をする事にした。
「知らねっぞ!」
住む者が居なくなった方への道を誰が雪掻きするものか、陽介の家に寄らせ女を奥さんに任せ一人で山上家へと向かったが、積もる雪の高さに埋もれる可能性から今日は無理だと告げに家に戻った。
と、村の噂を恐れて奥さんが早々に青年団へ連絡を入れていたようで、陽介が戻ると狼煙の如くに煙を上げる暖炉の下に、村の動ける連中が集まっていた。
信用ならぬエアコン等は入れず、敢えて洋風の薪ストーブを新調した陽介の家の中で、薪を焚べ出迎える雄老しい村人達が若い女を寒かろうと囲い団欒し、炊事を手伝いに婆婆達が汁物を炊いていた。
村人が何を聞くにも訛りが強く、女は首を傾げて会釈を返すばかりだが、そのにこやかなる笑みが嬉しく村の誰もが互いの訛りを馬鹿にし笑って誤魔化し夜が更ける。
寝床も村の女共が家を取り上げ、陽介は青年団長の家で寝る事になった。
翌朝、陽が出るのを待ち、雄老しい青年団が総出で山上家までの道を雪掻きして行く。
一時的に通れれば良いだけとはいえ、放る捨て場も無い程に積もった雪の道を出すには機械を使っても時間はかかる。
山上家の前まで通った頃には山の向こうに陽が行って、辺りは日陰になっていた。
「おーい、陽介! 早う連れて来んばまあだ積んでまんど!」
慌てて女を呼びに家に戻ると、女共は夜に何があったかエラく仲良くなっていて、茶を飲み寛ぎ待っていた。
かんじきと共に嫁に行った娘のスキーの服を着させて山上家の前まで連れて来ると、女は感謝に皆へ頭を下げて礼をし家の方へと足を向ける。
けれど屋根は潰れて崩れ、そこに今期の雪が更に積もって家に入る事は絶対に適わない事が一目で分かる有様だ。
皆がせめてもの思いに雪を掻き出した庭の方へと進む女にかける言葉は見つからず、皆ただ見送り戻って来るのを待っていた。
女が庭に行って数分、スキーのストックを杖代わりに元村長が慌てた顔でやって来た。
「おいっ! 女は何処だ!」
何を焦っているのか、皆ポカンとした顔で山上家の庭を指す。
と、更に元村長は慌てふためき目や口を大きく開き、がに股歩きにズカズカと女を追って庭へと向かう。
「何だ? 土地の名義関係か?」
皆の疑問の声に良く見れば、元村長の足元には真新しい登山用の高そうなかんじき、相変わらず何処からその金が入っているのかも疑わしい事に、皆疑いの目に互いを見合い肯き後を追う事はしなかったが、陽介だけは妙な胸騒ぎを感じていた。
「おぉ俺ちよ見て来るわ!」
なんだ、女が心配か? という冷やかしの目にも、自分が残るから皆は疲れた身体を休めに婆達の居る陽介の家で暖を取っていてくれと伝えた。
「んなぁ、気いづげよ!」
と、皆がどうした意味で言っているのかも微妙な目と声を見送り、村長の後を追った陽介だったが……
「ぉぃぉぃ、何処だ?」
居ない。
庭の何処を見ても居なかった。
皆が掻き出した庭の雪はさした範囲もなく二〇畳程で、庭から家に入る事も適わない事に縁側まで雪を掻き出してはいない。
詰まる処がここは……
ただただ真っ白な雪の壁に四方を囲まれた袋小路。
逃げ場も無ければ踏み進めれば跡がつく雪の箱でどうして人が二人も消えるのか。
周りの白に目も錯覚し、距離感や時間の感覚さえもが失いかける。
考えれば考える程に自分が可笑しくなったようにも思えて、気が変になりそうだった。
ため息と共に俯き足元へ目を落とす。
と、雪面に何か妙な違和感を覚え、それが何なのかにしゃがみ指で摘んでみた。
「何だこれ?」
雪が付着していて白く見えたが空に透かしてみれば透明で、薄くて柔らかいそれはまるで……
「花びら・・・か?」
椿や山茶花のように雪の中でも咲く花はあるが、この庭にその手の木は無く今は庭木すらも雪に埋まっていて見えるもの全てが白銀の世界。
土まで掘れてないから踏み跡ですら白一色のこの庭に花があるとは思えない。
が、少し手袋に入れそれを温め怪訝にも匂いを少し嗅いでみる。
「・・・甘ぇ」
ほんのり甘く香るそれは間違いなく花だが、透明な花なんか見た事も聞いた事もない。
この花びらが二人の行方を探すのに役立つとは思えないが、無性に気になり胸のポケットにしまった。
他にもないかと見回すがそれらしい物は見当たらず、二人を探す手がかりになりそうなものも無く途方に暮れていると、一体どれ程この場に居たのか既に日暮れて辺りも暗くなっていた。
山も北側に居ると尾根の形で昼の一時以外ほぼ日陰で、日照時間も少なく夕刻が長くも感じ、少し気を抜けばあっという間に闇夜に落ちる。
「いけね!」
雪のせいで少しの月明かりでも下は見えるが、道は人が二人通れる程しか除雪していない、雪壁は背丈よりもあるのだから少し崩れるだけでも灯りがなければ危険は大きい。
二人が居なくなった事を知らせ皆で探した方がと、頭を切り替え家路を急いだ。
「おい! 女と村長が消えぢまんだ」
戸を開けた第一声も、何言ってんだ? という顔を皆が寄せるのは当然の反応と見越して、次の言葉も考えながら歩いて来た。
「雪に埋もれだがもしんねんだ!」
それでも皆がポカンとした顔を浮かべる事から痴呆を疑う陽介だが、返って来た言葉に耳を疑う。
「女て、村長ここおるだわ」
「あ、え? いや、ほんだば、女は? 女も一緒け?」
「何言っとるだおめ」
まるで陽介の方が可笑しな事を言ってるかの如くに、皆が呆れた顔を向け鼻で笑い一蹴りにお茶を飲んで団欒している。
「お、……」
女の事をこれ以上聞くのも憚れる程、最初から女など居もしなかったとでも言わんばかりの皆の団欒に頭が混乱する陽介だったが、女の着ていた服やかんじきやを思い出す。
「おい! 女に貸しだスキーの服にかんじきばどがしだ?」
陽介の奥さんが思い出そうと考えると、皆も何の話か女とは何かに気を向ける。
「あれ、何がそう言われっと貸しただが、そご出とるな……」
「ほれえ! 女おったがろう!」
服があるならここに来ている。
すると奥から出て来た村長が、何かを思い出したか。
「おお、女おっだど!」
「何処さ連れだった?」
皆も村長に詰め寄るが、返って来たのは余計に謎を増やすばかりの応えだった。
「連れるもなあも、さっぎ夕バス乗って消えたじ! 遠目に見とばだけとお!」
何を言ってるのかと思うも元村長の顔は嘘を吐いてるようでもなく、それが余計に不安にも感じる。
バス会社に電話で確認すれば済む話だが、麓の町まで着くまでに50分は掛かる。
もしも雪に埋まっていたなら凍えに保たなくなるやもしれず、一刻を争う事態だというのに……
「皆、本にあの女、覚えてねえが?」
ポカンとして見る皆の様子に嘘はなく、不介に辻褄ばかりが合わせられて行くようで、狐につままれるとはこういうものかとも思えて来る。
元村長が気の計らいに歩み寄って来ると肩をポンと叩き、先ずは温まれとお茶を手渡された。
ふわっと香る甘い匂いは何処からか、あの透明な花の事を思い出すも一瞬に、気を失うかとする中で元村長が女に見える不可思議な事と同時に女の小声が聴こえた気がした。
「ごめんなさい・・・」
――GAGAGAGAGAGA――
それから数日した深夜、冬タイヤの擦る音とエンジン音に戸を少し上げ雪を払い覗いてみると、陽介の家の上に在る元村長の家から下りて来た車がスタックしたのか、勝手に陽介家の薪を冬タイヤに充てがい抜け出そうとしていた。
注意しようかとも思ったが、坊主頭に眼鏡でギョロ目の中年と、五十は過ぎてるだろうが年相応にない金満ジャケットを着たとてもカタギには思えない二人の男の姿に諦めた。
後方に車重がかかり過ぎているのか、トランクの中で黒光りする包荷を後部座席へ移そうと二人で運び、人の半分はあろう程のドラムバッグへ次々と放り込む。
車重がズレたか道へ抜け出すと、薪を放り捨てて走り去って行った。
数週間後……
雪解けに元村長が行方知れずとの知らせが入り捜索活動をしてみれば、何故か山上家の庭で凍死していた。
いつ亡くなったのかも判らぬ事に冷凍保存され、皆が最後に会ったのもあの日の……
その後警察を呼んだ事で、元村長が家でコカインを精製していた事が判明し、同時に、亡くなった山上家の庭で夏場にコカの葉を育てていた事も判り、皆は死因にも金回りにも納得した。
けれど第一発見者となった陽介だけは納得出来ずにいた。
それは元村長捜索活動の折、胸のポケットにしまっていた花の香りを嗅いだせいなのか記憶が戻ってしまったからだが、誰も信じてくれない処かコレが同じ覚醒剤の一種だったらと考えればこそに、黙っているより仕方なく……
陽介は、あの時違和感を覚えた足元で、元村長が倒れて居た事を含めた記憶を手帳に記して、美凍花と名付けた枯れぬ花びらと共に蔵へ納め、村と共に記憶を消し去る事にした。
■あとがき
しいな ここみ様主催【冬のホラー】に参加した三作品は、三部作として一部の話が繋がっています。
また、ホラーではない別の作品ともコラボしている部分もあるので、そちらへのリンクも下のランキングタグ欄に貼って置きます。
ので ヘ( ̄ω ̄ヘ)〜
宜しければ、ご覧あそばせ〜♪