第80話 転移、従者、虎穴
突然の乱入者に一同の視線が魔族の彼へと集中する。
優雅に頭を下げる彼に、真っ先に声を掛けたのはリカルドだった。
「随分と唐突なお客だが、些か非礼がすぎるのではないかな?」
「これは申し訳ございません。クラウス様の魔力の元へと転移したのですが、まさかこの様な席にいらっしゃるとは思いませんでしたもので。お詫び申し上げます」
なるほど転移、か。
ならば俺やアリアが感知出来なかったのも納得だ。
まさに、その場に唐突に現れたのだから。
それにしても転移魔法とは、魔法の中でもとりわけ高度な魔法だったと記憶している。
ヴィオラですらも転移魔法は使えなかったはず。
「……ところでよぉ」
ジッと魔族の彼を怪訝な目で見ていたギルが、ギラリと鋭い牙をむき出しにしながらそう呟く。
「てめぇから、どうにも嗅ぎなれねぇ匂いがすんだがよ、俺ぁこの匂いを知ってんだよ」
「えぇ、一度貴方にもお会いしたことがありますので」
「やっぱりか。この匂い、ドラゴンだな。てめぇ、前に俺らでドラゴン退治した時にいた奴だろ?」
その言葉に、一同が一斉に息を呑む。
そうだ、ギルに言われて漸く思い出した。
以前、東の国で受けたドラゴン退治の依頼、なんとか追い払う事に成功したあの依頼の際、そのドラゴンの傍らに控えていた魔族じゃないか。
ドラゴンの印象が強すぎたせいですっかりと記憶の中から消え去っていたが、繋がった。
「なに!ということは、もしやグワース山に巣を作ったドラゴンというのは、銀翼の隼が追い払ったというドラゴンなのか!?」
当然、そういう考えに至る。
声を上げたゴルドーが立ち上がりながら腰の剣へと手を伸ばした所で、鋭い声が飛ぶ。
「待てゴルドー。客人に失礼だろう。して、そのドラゴンの従者が一体クラウスに何のようなのかね?」
「我が主のお客人がクラウス様に……いえ、銀翼の隼の皆様に御用があるとのことでして。一先ず所在のわかるクラウス様とアリア様をお呼びしたいと思っておりましたが、皆様がお揃いでしたら話が早い」
ドラゴンの客人……?
そも、ドラゴンに客を呼ぶような習性があったのかどうかが疑問だが、その客人というのも気になる。
少なくとも、俺が銀翼の隼のメンバーだったことを知っているもので、尚且つ銀翼の隼そのものに用事があるような人物……。
カーネリアの住民ならば俺とアリアが銀翼の隼のメンバーだったことは公言しているので知っているだろうが、ドラゴンの客人となるとカーネリアの住民ではないだろう。
……全く見当がつかないな。
「貴公はドラゴンの従者なのだろう?よもや、主人の障害になるであろう銀翼の隼の面々を先に始末しよう、などと考えているわけではあるまいな?」
そう切り出すのはマッケンリー。
確かにこれからグワース山を根城に暴れまわろうというのであれば、一度追い払う事に成功している俺たちが最も邪魔になることは間違いない。
ただ……そうではない気がするんだよなぁ。
もし俺を始末する事だけを考えて居るのであれば、転移した直後に俺に襲いかかればいい話だ。
それに、恐らくあの時、薄皮包みを買いに来たあの時には、俺の正体について向こうは気づいていたはず。
その場で手をだすことすら出来ただろう。
まぁ勿論、ただでやられるつもりはないんだが。
と、そこまで考えたところで、魔族の彼は思いもよらない事をいいだしたのだ。
「いえいえ滅相もございません。むしろ、銀翼の隼の皆様は勿論、この街に手をだすことも、我が主は考えておりません」
その言葉に、半信半疑ではあるだろうが、それでもホッとしたような雰囲気が広がる。
「それは真か?」
「勿論でございます。銀翼の隼の皆様をお呼びするのもそのためですので」
そう告げる彼の言葉に嘘は無いように見える……が、魔族なんてほとんど見たこと無いから表情だけでは判断し辛い。
とはいえ、仮に本当に何もする気がないというのであればそれに越したことはない。
どうするべきか、とリカルドへと視線を向けると、顎に手を当て何かを考えている素振りを見せる。
判断力の高いリカルドと言えど流石にここは慎重にならざるをえないか。
「ところでさぁ、その客人っての、アタシ達に何の用なのさ?」
少々不機嫌そうな顔をしたアリアの問い。
俺達を呼び出すその理由がわかればどうするか判断が付きやすい、か。
「申し訳ございません。それに付きまして伝えて良いという許可を頂いておりませんので、お答えは控えさせて頂けませんでしょうか。とはいえ、それだけではアリア様もご不安でしょうから一つだけ。我が主のお客人はアリア様も良く知る人物でございます」
いや、全然安心材料にはならんのだがな、それ。
エルフは基本的には集落から出てこない種族だから、知り合いとなるとエルフに限られそうな話だが、どうもアリアは銀翼の隼に入る前も冒険者として活動していたようだし、顔見知りも多いだろう。
ある程度人物は絞れるんだろうが……うーん。
当のアリアも思いつくアテが無いのか、あまりピンと来ていない様子。
まぁそりゃそうだよな。
魔族の彼の話を聞いたとしても判断が付きづらい話ばかり。
このまま悩んでいたところで話は進まないし……ここは一つ、話に乗ってみるのもあり、か。
「一つ聞きたいんだが、仮にそちらについて行ったとして、主……ドラゴンに会うことはできるのか?」
「勿論でございます。お客人の招待は我が主の招待も同然。当然、我が主もご挨拶に伺わせていただきます。というかさせます」
……ん?
なんかちょっと、最後に変な言葉が入ったような気がするが、まぁいい。
とにかく、ドラゴンに会うことができるのであれば直接話もできるだろう。
ならばあえて懐に飛び込んで見るのも一つの手だな。
「ドラゴンに直接話をできるのであれば、彼の言う事の真偽を確かめる事もできる。ならば、俺は行こうと思うが、どうだ?」
俺の言葉にザワッと一同が動揺したことがうかがえる。
俺たちが一度撃退した相手、報復の可能性は十分にあると、皆は考えているのだろう。
勿論その考えが間違いだとは言わないが、なんというか、何となく大丈夫なような気がするんだよなぁ。
「んー、クラウスが行くならアタシも行こうかな」
「チッ、てめぇと同じ意見なのは癪だが、俺もクラウスが行くなら行くぞ」
続けざまにアリアとギルも同行すると答えてくれる。
うん、やっぱ頼りがいがある。
その言葉にリカルドだけが渋い顔をしていた。
まぁわかる。
今のリカルドの立場からすればあまり危険な行為をするわけには行かないからな。
それに今は領主代行としてのリカルドだ。
銀翼の隼のリカルドとしてならばまだわからん事もないが、領主代行がついていくというのは違和感でしかないからなぁ。
しばし目を瞑っていたリカルドだが、決心したように目を開いて小さく頷く。
「私も行こう」
「……いいのか?」
「此処にいる面々には知られても大きな問題にはならないだろうしな」
俺とリカルドのやり取りに何を言っているのか、と疑問を感じているのだろう。
俺とアリア、ギル、そして何故かマッケンリー以外の面々は訝しげに俺とリカルドの間を視線が行き来していた。
「ありがとうございます。リカルド様もご一緒であれば銀翼の隼の皆様全員をお連れすることが出来ます。お客人もお喜びになられる事でしょう」
「ふっ、やはり最初から気づいていたのか」
「大したことではございません。では皆様、私の近くにお越しください」
一度に色々な事が起こりすぎているのか、魔族の彼の言葉の真意を汲み取ることが出来ないようで、ただ呆然と、魔族の元へと歩いていくリカルドの姿を視線で追いかけるのみ。
俺とアリア、ギルも彼の元へと歩み寄ると、それを見計らって彼が口の中で小さく言霊を紡ぐ。
それが魔法の詠唱だったのだと気づいたのは、俺たちの足元に大きな魔法陣が展開されたからだ。
「ご相談中に乱入いたしまして申し訳ございませんでした。それでは皆様、失礼致します」
そう言って優雅に彼が頭を下げた瞬間、俺の視界に映る景色は冒険者ギルドの部屋で座るお歴々ではなく、薄暗い洞窟の中で立派な椅子にふんぞり返って座っている、幼い子供だった。




