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第57話 マリーとクラウスと

「……いつから気づいていた?」

「さて、いつからでしょう?」


 そういう彼女はいたずらを楽しむ子供のように笑ってみせた。

 

 まぁ恐らくはあの時だよな。

 

「この間の冒険者ギルドの件か?」

「残念!外れでーす」

「なにっ」


 それ以外でありえそうな事とか無いぞ?

 えー……なんだろう、全然分からん。

 うんうん唸る俺にクスクスと笑いながら、マリーは人差し指を立てて得意げにして。

 

「最初からです」

「最初?会った時から……か?」

「正確には一緒にお店をやろうって言い出した時、ですかね。自分は元冒険者だって。その時にもしかしたらって思いました。最初は半信半疑でしたけどね」


 流石にそれは予想外だった。

 一緒に走る子馬亭を切り盛りしていくなかで素性を知るのならばまだわかるが、最初からかぁ。

 

「元から俺の事を知っていたのか?」

「このペンダントを受け取った時に冒険者ギルドのギルドマスターさんに教えて貰ったんです。これを届けてくれた方の事、色々と」


 そう言うと、マリーは空を見上げる。


「ずっと考えてたんです。どうやったらお礼が出来るかなって。でも私から探す事は出来なかった。だってクラウスさん達、さっさと街から出ちゃうんですもん」

「それは……まぁその通りだなぁ」


 冒険者には二通りある。

 一つは街に根付く冒険者。

 もう一つは街から街へと渡り歩く冒険者。

 後者だった俺たちは最前線であるフォートサイトのような場所を除き、一箇所に留まる事は少なかった。

 

「でも思ったんです。走る子馬亭は冒険者の酒場。この店を続けていれば、もしかしたら出会う事もあるんじゃないかなって」

「……それって」


 それを聞いてハッとする。

 まさか、マリーが一人きりになってしまった後もずっと走る子馬亭に拘っていた理由って……。

 いや、流石に自意識過剰すぎるか。

 俺の疑問を打ち消すように、殊更声を大きく、マリーが続ける。

 

「それにしても驚きました。その待ち人が、まさか一緒にお店をやろうって言ってくるなんて」

「まぁ、あの時はかなり唐突な提案だったなと今でも思っているが……まだ会って間もなかった俺を信じてくれたのはそういうことなのか?」

「半分くらいは。藁にもすがりたい気持ちだったのも確かですし、私のシチューを表に出すんだ!って息巻いてたのが面白かったのもあります」


 それを思い出すようにクスクスと笑うマリー。

 そういやそんな事言ったなぁ。

 あれはまさしく本心ではあったが、今思えば突拍子もない事を言ったもんだ。

 

「でもそれならもっと早く言ってくれても良かったじゃないか」

「言ったじゃないですか、半信半疑だったって。もう少し様子を見てから……と思っていたら、いつの間にか3ヶ月も経っちゃってました」


 3ヶ月という月日は長いようで短かった。

 ほぼ止まる事なく駆け抜けた3ヶ月だったように思う。

 その中で、話す機会を無くしてしまったというのは仕方ないと思う。

 なにせ、俺だって結局今の今まで話せていなかったのだから。


「まぁ、話出せなかったのはお互いさまか」

「クラウスさんもなにかあったんですか?私に言えてなかったこと」

「俺がターニャさんの最後を看取ったって事。まぁ言わずとも知られてたみたいだけどな」


 この事はマリーに話し忘れていたというわけではない。


 マリーが俺の事を最初から知っていたように、俺もマリーから両親の事やら何やらを聞いた時に気づいていた。

 あの日、俺にペンダントを預けた彼女の娘はこの子だって。

 

 だが、あの頃のマリーは両親の死から立ち直る事ができず、一人で苦しんでいた。

 そこに両親の死を再び思い出させるようなことは言うことができなかった。


 ……まぁ、両親の事はすっかり割りきった様子になってからも話さなかったのは単純に忘れていたからなんだが。


「それって、クラウスさんも私の事、最初から知ってたって事ですか?もしかして、最初にお店に来てくれたのも……?」

「あーいや、あれは完全に偶然だ。ターニャさんの言っていた娘がマリーの事だって気づいたのは、マリーから両親の話を聞いた時だからな」


 俺の言葉にマリーは何かを思い出したようにパンと軽く手を合わせたあと、首から下げたペンダントを見つめる。


「あの後、自分でも不思議に思ってたんです。まだお店の客でしかなかった人になんでお父さんとお母さんの話をしちゃったんだろうって。その後でこのペンダントを届けてくれた人だってわかったので、あんまり気にしてなかったんですけど……そっか、お母さんが繋いでくれたのかな」


 あの日ターニャさんが寂しそうに笑いながら、娘……マリーの事だけが心配だと、そういいながら息を引き取った時の事はあれからもずっと心に残っていた。

 

 何か出来ることがあったんじゃないかと、そう思う日もあったが、結局俺は根無し草の冒険者。

 出来ることなどなにもないと、そう諦めていた。

 

 冒険者を引退した後、酒場を開く場所をカーネリアにしようと考えたのもターニャさんの娘と出会う事が出来るかもしれない、という想いが全く無かった訳では無い。

 だが、自分から探しに行くつもりは無かったし、出会える可能性などほんの僅かだと思っていた。

 

 もし俺が利き腕を負傷していなければ。

 もし俺がカーネリアで酒場をやろうと思い立たなければ。

 もし眠る穴熊亭を探す途中で道に迷わなければ。

 もしあの時マリーがシチューを作っていなければ。

 もしマリーが両親の話をしなければ。

 

 俺とマリーがこうして共に酒場を切り盛り出来ているのは、本当に僅かな可能性の積み重ね。

 そのいずれか一つでも無ければ、今の俺たちは無かっただろう。

 

 人の縁とはこういうものなのかもしれないが、それでも俺はそこに何らかの意思……とでもいうのか、そういうものを感じざるを得ない。

 ならば、やることは一つ。

 

「ありがとうございます。俺とマリーを引き合わせてくれて」

「……ありがとう、お母さん、お父さん」

「マリーの事は俺がずっと守っていきますから。安心してください」


 それは走る子馬亭を立て直すと、そう誓った時から決めていたこと。

 両親の代わり……ではないが、俺は俺のやり方で、マリーを支えていくのだと。

 そう、二人の墓の前で改めて誓うと、隣からなにやらあわわと変な声が聞こえてくる。


 ……ん?

 

「ク、クラウスさん、その……ず、ずっとって……」


 視線を向ければ耳まで真っ赤にしたマリーがこちらを見ないように顔をそむけていた。

 

 ……あれ?

 何をそんなに真っ赤になって……あっ!

 

「あ、いや、ち、違うぞ!いや、違わなくもないんだが、そうじゃなくてだな、その――」


 真っ赤な顔のマリーを見て、自分の顔も熱くなっている事に気づく。

 

 いかん、いや、いかんのではないんだが、なんだ、両親の前でそれは如何にもではないか。

 そりゃマリーだって誤解する。

 いや、誤解というわけでもないんだが、なんだ、とにかく今はまずい。


 考えが全然纏まらないなか、二人そろって顔真っ赤になってワタワタしていると、不意に強い風が吹く。

 マリーの供えた花束を抱え込むように訪れた風が、沢山の花びらと共に空へと駆け抜けていく。

 

 舞い上がる花びらを見上げると、同じように見上げていたマリーがポツリとこぼした。

 

「なんだか今、二人が笑った気がしました」

「……そうか」


 死んだ者がどうなるのか、俺にはわからない。

 けど、もし本当に二人が笑ってくれたのならば、きっとここまでやってきた事は間違いではなかったんだろう。

 目を瞑り、流れる一筋の涙を拭うマリーの頭をポンと叩いて、俺は立ち上がる。

 

「さて、それじゃ帰って準備だな。しっかりしないと、今度は二人にどやされちまう」

「はい!そうですね!」


 俺に続いて立ち上がったマリーの瞳にはしっかりと前を向く力強さを感じられた。

 

「あっ、帰る前に墓守さんに挨拶してこなきゃ。先に行ってますね!」


 俺の返事を聞くまもなく小走りで駆け出したマリーの背中を見送ってから、俺はもう一度振り返る。


「今度はちゃんとお願いに上がりますね」


 そう述べた途端、唐突な突風が顔面を直撃して思わず仰け反ってしまう。

 

 参ったなぁ……これは説得できるかなぁ。

 

 墓標の後ろに、腕を組んで難しい顔をする男性と、それを見てクスクスと笑っている女性の姿を見た気がして、俺は小さく苦笑を浮かべていた。

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