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第43話 真鍮の隻腕、ギルの目的、クラウスの意思

 あの場に居たら混乱が広がるばかりだ、ということで、俺とマリーはギルガルトを連れて走る子馬亭に戻っている。

 一応その場にいた冒険者とミルティアには、俺が銀翼の隼の一員だった事はできるだけ伏せるようお願いをしておいた。

 

 何故なら……。

 

 ギルの風貌とあの特徴的な真っ赤なバトルアクスのお陰か、街を歩いている間にも、ギルガルトという単語がいくつか聞こえてきていた。

 因みに、店は今のところ準備中ということにしているが、店の外には真偽の程を確かめようとしている暇人が2,3人、中の様子を伺っているようだ。

 ギル本人は全く気にしていないようだが、正直めんどくさい。

 有名税とはよく言ったものだな。

 

 そう、今の俺はただの酒場のマスターのクラウスなんだ。

 ギルのようにあれこれ付きまとわれるのだけはまっぴら御免だからな。

 

 その当事者たるギルはカウンター席に座り物珍しそうに店内をキョロキョロと見回している。

 時折へーとかほーとかそんな声を出しているあたり、単なる物珍しさ、というわけではなさそうだ。

 

「勝手にパーティー抜けて何やってんのかとおもったら、酒場とはなぁ」

「そんなにおかしいか?」

「まぁてめぇなら何やっても大丈夫だろうとは思ってたがな。随分といい店じゃねぇか」


 そうだろうそうだろう。

 ここは本当にいい店だ。

 長いこと一緒に旅をしてきたギルだが、こういった好みは一致することが多かった。

 まぁ俺の店、というわけではないのだが、褒められて嬉しくないはずもない。


「俺の店ってわけじゃないがな。マリーと共同で経営って事になっている。あ、紹介するの忘れてたな。俺の……なんだ、えーっと、パートナー、だな、うん。マリーだ」

「直接お話するのは初めてですね。マリアベール・ブラウンと申します。クラウスさんと一緒にお店をやらせて貰っています」


 なんか、パートナーって紹介するのちょっと照れるな。

 そんな俺を知ってか知らずか、落ち着いた様子で挨拶をするマリー。

 一応は形式にそってはいるが、堅苦しくならないようにだろう、適度に崩した挨拶。

 流石は酒場の娘。

 相手に合わせた対応というのも完璧だな。

 と、カウンターに頬杖を付きながらその挨拶を見ていたギルが、ポツリと呟く。


「なんだ、嫁じゃねぇのか」

「な、よ、嫁、じゃ、ねぇよ!」

「ガッハッハッハッ!こういう話が苦手なのは変わんねぇなぁ。まぁいい、嫁じゃねぇってんなら丁度いい」


 そう言うと、背負っていたでかい袋をゴトリとカウンターの上に置くと、その中身を見せる。

 それは鈍い黄金色に光るガントレット。

 それも肩から指先までを覆うフルプレートタイプのごついやつ……いや、まて、これもしかして……?

 

「おいギル、これもしかして、真鍮の隻腕か?」

「おうよ、流石はクラウスだな。一瞬で見抜くとは目利きの腕も鈍っちゃいねぇな」


 真鍮の隻腕。

 はるか昔、神々が使ったと言われる武具、神代遺物の一つ……だったはず。

 以前王都の大教会で遺物の目録を見せて貰ったことがあるが、まさか実在していたとはな。

 ……まぁ、ギルの使うグロウフラムも遺物の一つだし不思議ではないか。

 

「こいつの能力は、分かってるよな?」

「腕力の補助……だがそれは一側面にすぎない。本来の能力は、例え腕を欠損していたとしても、これをはめればまるで自分の腕の様にこれを動かせること」


 目録によれば、神々同士の戦いの中で腕を切り落とされたとある神が、自分の腕の代わりになるものをと鍛冶の神に頼んで作ってもらったもの、という話だった気がする。

 

「すごい、そんな物があるんですね……」


 まるで触れてはならない物であるかのように、遠目で眺めているだけのマリー。

 興味はありそうだが、直接手を触れたりするのは怖いといったところだろうか。

 まぁ冒険者でも遺物の実物を見たことがある物は一握りだろうしな。

 

「これはな、てめぇのために俺らで見つけたもんだ。その意味は、わかるよな?」

「う、む」


 当然、わかる。

 俺が冒険者を引退すると決めた理由についてはギルを始め銀翼の隼の面々にちゃんと説明している。

 元々冒険者向きじゃなかった、というのも勿論理由の一つだが、やはり一番の理由は利き腕の負傷。

 今では子供程度の握力しかない右手ではまともに戦う事はできない、と判断したが故の引退だった。

 それを、こうして真鍮の隻腕を持ってくるということは、つまりそういうことだろう。


 そしてそれに気づいたのは俺だけではない。

 隣で真鍮の隻腕を眺めていたマリーの手が、キュッと俺の服の裾を握りしめた。

 

「半年程度でどうこうなるとは思っちゃいなかったが、万が一所帯でも持ってるようなら諦めたんだがな」

「マリーは妻です」

「嘘はいけねぇなぁクラウスよぉ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるギル。

 まぁさっきパートナーって紹介しちゃったしな。

 

 そんなギルの前に置かれた真鍮の隻腕を眺める。

 おそらくは本物……だと思う。俺の目利きが錆びついていなければ、だが。

 ギルのグロウフラムのような正真正銘の一級品の遺物ではないが、それでも遺物は遺物。

 とんでもなく貴重なものであることには変わりない。

 

 そんなものを俺のために探してきたというのがまず勿体ない。

 そして何より、俺は冒険者に復帰するつもりは皆無だということが何より勿体ない。

 

「ギル、悪いが俺は戻るつもりはないんだ」

「理由は?」


 ニヤケ顔だったギルの顔が素に戻ると、じっとこちらを見つめてくる。

 これは、冗談で誘ったとか、そういう事ではないのだろうな。

 ならばこちらも真っ直ぐに答えねばなるまい。

 

「俺はマリーとこの店を立て直すと決めたんだ。それを途中で投げるわけには行かない」

「なら、立て直した後なら良いってことか?」


 む、良いところを突いてくる。

 確かにこの理由ならばそう言われても仕方ないところか。

 

「いや、そもそも俺は冒険者には向いてなかったと思ってる。実際俺の実力はお前らには遠く及ばない」


 実際そうだろうと思う。

 銀翼の隼は俺を含め5人のパーティーだったが、俺は彼らに誰一人として勝った事がない。

 近接戦闘においては剛腕と謳われるギルは元より、剣術と魔法を共に使いこなすリカルドにも勝ったことはないし、遠距離戦闘やスカウト技術では弓使いのエルフであるアリアの方が一枚上手だ。

 魔法に至っては魔法の知識など皆無なので、例え魔力があろうとも随一の魔法使いだったヴィオラと比べるまでもない。

 

 自身を持ってそうギルに答えるのだが、そのギルは俺の答えを聞くやいなや不機嫌な顔に。

 

「全く!本当に!てめぇのその自己評価の低さだけはいただけねぇ」

「そうは言っても事実だろうが」

「それはてめぇが……あぁもういい、その話はともかくだ、その理由だけじゃぁ俺は納得しねぇぞ」


 何故そんなにも俺を現役に戻したいのかが正直良くわからん。

 というか、銀翼の隼は解散したって話してたじゃないか。

 まぁ確かに、銀翼の隼の元々は俺とギルとでペアを組んでいたところから始まったから、そこから再スタートというのもわからないでもないが、今のギルであれば声を上げれば応える声は数多だろう。


 ともあれ、これで納得しないとなると後は……うーん、そうだなぁ。

 

「こうして客の愚痴を聞きながら酒を出すこの位置が好きなんだよ。お前らとの冒険も勿論楽しかったが、今はこれが一番楽しいし、充実してる」

「誤魔化しじゃぁねぇだろうな?」

「勿論だ」


 どうにも納得していない様子のギル。

 だが、俺の意思はもう決まっている。

 ギルには悪いが、もはやギルが納得するか否かは問題ではないんだよな。


「あの……横からすみません」


 と、俺とギルとが睨み合いに近い膠着に陥ったところで、おずおずとマリーが口をはさむ。

 

「そろそろお店の準備をしないと……」

「あっ、もうそんな時間か」


 冒険者ギルドの一件で思ったよりも時間を食ってしまっていたようだ。

 ギルへと視線を戻せば、ボリボリと頭を掻きながら、はぁ、と盛大に溜息をこぼす。

 

「流石に仕事の邪魔はしねぇよ。また来るからよ」


 そういうと真鍮の隻腕をザックに詰め直し、席を立とうとする。


「まぁ待てって。折角来たんだ、仕込みながら作るから、飯くらい食っていってくれ」

「ん……おう、そうするか!」


 ここで飯はいらないとか言われなくてよかった。

 今ではギルと俺は進む方向を違えてしまったが、半年前までは共に戦った戦友なんだ。

 険悪……とまでは行かないが、わだかまりがある状態のままなのは気持ちが悪い。

 飯でも食って気持ちが落ち着けば、少しは納得してくれるかもしれないからな。

 

「よし、それじゃ少し待っててくれ」

「おうよ、クラウスの飯は久しぶりだからな。楽しみにしてるぞ」


 そういえば、銀翼の隼に居た時は料理は基本俺の担当だった。

 他の面々がやりたがらなかったということもあるが、俺自身が料理するの好きだったからな。

 俺が抜けた後、食事はどうしてたんだろうか。

 後で聞いてみるか。

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