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第32話 稽古、準備、落胆

 煌々と輝く太陽が西へと傾き始めた頃、走る子馬亭の裏庭からカンカンと硬いものがぶつかる音が響く。

 

「ほらほら、力任せに振り回すだけじゃ掠りもしないぞ」

「まだまだっす!!」


 昼の営業が終わり、それぞれ昼食を取った後の空いた時間、俺はクロンに稽古を付けていた。


「うおおお!!」

「攻撃が直線的すぎる。もっと足を使え」


 ブンブンと振り回されるクロンの木剣を躱したり弾いたりしながら動きについて指摘するのが今の稽古。

 冒険者のランクとしては最低のカッパー級のクロンだが、その剣筋は思ったよりも悪く無い。

 慢心せずに修練すれば上級……ゴールドやひょっとしたらプラチナも狙えるかもしれない素質を持っていると感じている。


 クロンが目指しているクラスはソードマン。

 パーティーでは前衛を張り、攻撃を主体とするポジションだ。

 またソロで活動するのにも向いているため冒険者の中では尤も人数の多いクラスと言える。

 ブロンズ級くらいまであればソロでも問題なくこなせるような依頼がメインだろうから、ソロでの活動がしやすいクラスで、と考えるのもよく分かる事だ。

 

 ……まぁ、クラスとは言うが別に決まりがあるわけじゃないんだがな。

 

 パーティーメンバーを募集する側もされる側も、ある程度自分の出来ることが明確な方が何かとスムーズに事が運ぶので、大体の冒険者は自分のクラスを自称することが一般的だ。

 そしてソードマンを名乗るのであれば、やはりある程度の戦闘力は必要だろう。

 尤も、上級の冒険者ならば例えソードマンであろうと腕っぷしだけじゃダメなんだがな。

 

 そろそろ木剣を全力で振り回すクロンが疲れてくる頃かな、と思った所で、ふっ、とクロンが息を吐く。


 今日のところはこれくらいかな。


 クロンの気が抜けた瞬間を見計らい、鍔迫り合いをしていた自らの持つ木剣をくるりと返すと、スポンと呆気なくクロンの手から木剣が飛び出していく。

 

「あっ!」

「はい、今日はここまで」

「うぅぅ、ありがとうございましたっす」


 悔しそうにしながらもきちんと頭を下げる辺りしっかりしている。

 悔しさを覚えるのは良いことだ。それは向上心へと繋がる。

 そういう意味でも、クロンの今後が楽しみだ。


「クラウスさん、クロン、お疲れ様。はい、タオルどうぞ」

「あぁ、マリー、ありがとう」

「ありがとうっす」


 俺達の稽古が終わる頃を見計らっていたのか、マリーが絞ったタオルを用意してくれていた。

 汗をかく程ではなかったが、暖かくなってきた陽気に冷たいタオルはありがたい。

 一方のクロンは大分汗だく状態らしく、布の服の首元を引っ張ってパタパタと空気を送り込んでいる。

 

 うん、年頃の女の子がやる仕草じゃないぞ。

 

「うぅ、全然ダメっすねぇ……クラウスさんは汗一つかいてないのに」

「ハハハ、引退したとはいえ流石に駆け出し相手に苦労するほど鈍ってはいないさ」

「それにしたってクラウスさん強いっすよぉ。結局一歩も動いてないじゃないっすか」

「いやいや、俺より強い奴なんて珍しくも無いぞ」

「えぇーホントっすかぁ?」


 実際、パーティーの中じゃ俺が一番弱かった気がするんだよなぁ。

 まぁそれはともかく、そろそろ夜の営業の準備をしなければ。

 

「そんなことより、クロンは汗拭いて着替えてこい」

「はーいっす」


 クロンを二階の自分の部屋に追いやり、マリーと共に開店の準備を始める。

 マリーはいつも通りシチューの仕込みに入り、俺は店内の清掃だ。

 

 窓の外を見ればいつも通りの街並み。

 ドサッと降った冬の忘れ物はすっかり溶け切って、昨日商業ギルドから公式に雪解けの祭りの開会日時が提示された。

 

 開催は明後日。

 提示から開催までの日時があまりに短い気がするが、まぁギルドからの提示がなくとも冬の忘れ物が降った時点で提示があったも同然だしな。


 祭りに向けた準備は万端。

 視線を店の奥、元々冒険者向けの道具を置いてあった棚の辺りにむければ、そこには屋台用の簡易竈と屋台の骨組みが綺麗に片付けられている。

 埃を被って隅に無造作に置かれていた元々走る子馬亭で使っていたものを綺麗にしたものだ。

 薄皮包みの完成度もかなりのものになったと自負している。

 マリーのアイデアで少々の溶かしたバターを生地に入れた事で香りも良くなった。

 まぁその分材料費は高くなったが……折角の祭だ、けちくさい事は言うまい。

 

「着替えてきたっす」


 トントン、と軽い足取りで二階からクロンが降りてくる。

 先程の冒険者向けの布の服とは打って変わってマリーのそれと似た作りの給仕服。

 相変わらずスカートの丈は短いのだが、流石に少しは見慣れてきた。

 時々スカートの中が見えそうになるのには未だにハラハラしてしまうのだがなぁ。

  

 クロンを混じえてさっと一通りを掃除したところで、カラン、と背後からドアベルの音が響く。

 しまった、ドアのプレートを開店中にしたままだったか?

 

「すみません、まだ準備中でし……て」


 振り向きざまにそう告げると、入り口には見ただけで分かる程に落胆した様子のサリーネが立っていた。


「ど、どうしたんですか?」

「うぅ、クラウスくぅん!」


 俺の姿を視界に捉えると、たたっと駆け出して俺に抱きついてこようとするサリーネに、一瞬このまま抱きとめるか否か迷った結果、ひとまず肩を抑えて抱きつかれることを防ぐ事にした。


「と、とりあえず落ち着いてください。マリー!茶を1杯たのむ!」


 何があったのかは分からないが、ひとまずは落ち着いて貰うのが先決だろう。

 何故か不満そうな顔をしたサリーネをカウンターへと招きながら、厨房のマリーへと声をかける。

 

「えっ?どうしたんですか?……あれっ、サリーネさん!?」


 厨房からひょっこり顔を出したマリーも、サリーネのあまりの落胆ぶりに声を上げざるを得なかったようだ。

 

「い、今出しますね!」


 とりあえず初動としてはこんなものだろう、と思う。

 多分。

 ぶっちゃけこういう対応はそんなに得意ではない。

 冒険者時代に一緒に居た連中はこういう事とは全く縁のない連中ばかりだったからな……。

 カウンター席についたサリーネは、それはもう見事な程に大きなため息をつくと、冬の忘れ物が降った日の様にカウンターへと突っ伏した。

 

「えっと……どうしたんです?」

「うぅ……それがねぇ……」


 マリーのお茶を待つ間、ポツリポツリと話始める彼女。

 アチラコチラへと話が逸れる彼女の言う事を総括すると、こういう事らしい。

 

「サリーネさんが作った衣装を着る予定だった女の子が足を怪我して出られなくなった、と?」

「さっきその子のお母さんが私に伝えに来てくれたのよぉ……はぁ……」


 とりあえず誰かに話すことで少しは落ち着いたのか、大きなため息は出るものの先ほどよりはマシか。

 

「あの、サリーネさん、お茶です」

「ありがとうマリーちゃん。はぁ……お茶美味しいぃ」


 お茶を一口含んでホッとした様子のサリーネ。

 今までの落胆ぶりもかなり薄れてきた。

 うん、お茶は凄いな。

 

「衣装の件は残念でしたね……」

「ありがとうぉ。でもまぁ、仕方ないわよねぇ」


 どうやら厨房でお茶を入れていた間もこちらの話が聞こえていたらしい。

 マリーが本当に残念そうな表情でサリーネを慰めている。

 

 こうして同じ様に溶けているサリーネだが、衣装製作の依頼が来た時の表情と今とでは雲泥の差。

 あの時、マリーにお祝いの言葉を投げられたサリーネは本当に嬉しそうだった。

 それだけ、この街において祈り子の衣装というのは特別な意味があることなんだろうな。

 

「それにぃ、私はまだ来年も再来年も機会があるけどぉ、その子は一生に一度の事だからぁ……その子が気丈に振る舞ってたのに私がこれじゃダメよねぇ……」


 サリーネの言う事はまぁ確かにその通りなんだが、サリーネも来年またチャンスが訪れる確証はあるのかと言えばそんなことはない。

 自分でも補欠が繰り上がっただけ、と言っていたし、今年のように大勢の祈り子がいるといった特別な事情でもない限りそう簡単に回ってくるものではないのだろう。

 不幸比べをしても仕方ないとは思うが、サリーネだって大きなチャンスを逃しているのだ。

 落ち込んだところで誰もそれを非難はすまい。

 とはいえ、起こってしまった事は戻らない。

 祈り子の衣装を自分で作れなかったのは残念だったが、受け入れるしかないよな。

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