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第24話 チップ、オススメ、スープ

「さて、何も注文せずに長居するわけにもいかないからな。どれどれ」


 立派な革張りのメニューを開く。

 大分厚みがある……ということはそれだけページ数、種類がある、ということだ。

 うちなんて料理と肴と酒のページで3ページしか無い。

 まずは前菜。

 キャベツの漬物や野菜の酢漬けなど定番のものから、テラーバードの茹で卵やブルーホーンバッファローのチーズなど、モンスターが原材料のものまである。

 飼育出来ないというだけでこれらはかなり旨いんだが、中々見かけるものではない。

 続けて見ていくとスープ、肉料理、魚料理、パスタ、そして甘味とかなりの種類だ。

 意外だったのは、スープの種類がやけに充実していた事か。

というか、スープ類が一番気合入ってるきがするんだが?


「これだけの種類の料理を提供できるのは、純粋に凄いな」

「今のうちではできそうにないですね」


 タハハ、と笑うマリー。

 食材は使わなくともどんどんと腐っていく。

 折角仕入れた食材も、それを使う料理の注文がなければ無駄になってしまう。

 そしてメニューを増やすということは扱う食材が増えるということだ。

 これだけの種類を提供出来るのは、そうして増えた食材を無駄にすることなく使い切れるだけの注文がある、という自信の現れだろう。

 少なくとも、今の走る子馬亭では到底真似出来ない。


 マリーもその事は重々承知していることだろう。

 その笑いには多少の自虐があったのだろうが、決して悪い方を向いていない。

 その証拠に、彼女の瞳には諦めの色は無いのだから。

 そんなマリーを見ていると、先日サリーネが、マリーは前を向けるようになったと、そう言っていたのは正しかったように思える。


 まぁ食材云々以前に、これ以上メニューが増えたら俺達の手が足りなくなるんだがな。

 きっとここの厨房にはアルバート爺さんを筆頭に多数の料理人が居るのだろう。

 

 うちも人数増やさないとな。


「しかし、これだけあると何を頼むか迷うな。何かオススメはあるのか?」

「えっと、牛肉の煮込みスープが美味しいですよ。お母さんもよく頼んでました」


 ほほう、どれどれ……これか。

 他のスープ類に比べるとやや値が張るが、ページの一番上に記載してあるくらいだ、店の目玉商品なんだろう。


「よし、ならこれにしよう。マリーはどうする?」

「私も同じもので」

「わかった。注文頼む!」


 大きく手を上げて給仕を呼ぶと、即座に一人の給仕がこちらへやってくる。

 やはり即座に反応があるのは良い。

 昨日の阿鼻叫喚では客に申し訳ないことをしたなとつくづく思ってしまう。


「はい、承ります」

「牛肉の煮込みスープと黒パンを2つずつ頼む」

「はい、かしこまりました。すぐにお持ちしますね」


 注文を聞くと即座に厨房へと行こうとする給仕。

 え、いやまて。


「待ってくれ、まだチップを渡してないぞ」


 その後姿を慌てて呼び止めると、懐から小銅貨2枚を取り出し給仕に渡そうとするのだが、給仕はニコリと笑みを浮かべて予想外の事を言い出した。


「あ、チップは受け取らないことになりまして」

「……は?」


 いやまて、給仕にチップを渡さないだと?

 確かに俺達はチップを受け取らない事にしているが、それはあくまで店の売上が直に懐に入ってくる経営側の立場だからだ。

 雇われている給仕の報酬は基本チップで賄っているはず。

 どういうことだ?

 元々こうだったのか、とマリーへと視線を向けると、マリーも困惑した様子で首を左右に振っている。

 ここ最近変更した、ということなのか。


「今朝店長が、今日から試験的にチップの受け取りは禁止だと。その分お店からお給金が出るそうなので大丈夫です」


 そう告げると小さく会釈を返して仕事に戻る給仕。


「今日から……って、急ですね」

「金に関する話だからな……良く給仕がそれに反発しなかったな」


 店から出るお給金がどの程度なのか分からないが、大抵の人は『いつも』が変わることに対して抵抗感を感じるものだ。

 新しいことをやるのにはかなりの労力が必要になるからな。

 見た所、先程の給仕以外の給仕も特に手を抜いているような感じもない。

 皆テキパキと仕事をこなしている印象だ。


「何かあったんでしょうか」

「うーん、何かが切っ掛けになった事は間違いないだろうが……」


 昨日といえばエリーには走る子馬亭の手伝いをしてもらったが……。

 確かに、走る子馬亭ではチップは貰わないことにしてはいるが、それを見て決断に至ったとは中々考えにくい。

 エリーとはまだ短い付き合いだが、思いつきで動くような人物では無いように思う。

 二人して腕を組み、首を傾げていると、いい匂いが近づいてくる事に気づいた。


「はいおまたせ。牛肉の煮込みスープ。うちの自慢の一品ですわ」


 トレイにスープの皿を3枚と黒パンの入ったバスケットを乗せてエリーがやってきた。

 

 おぉ、いい匂いだ。

 これは期待できそうだ。


 ん、まてよ、なんで皿が3つなんだ?


 その疑問に答えるかのように、テーブルの椅子を引くと、さも当然のようにそこに座るエリー。

 まさか一緒に食べようって事か?


「エリーさん、お店大丈夫なんですか?」

「わたくしが抜けるくらいは問題ありませんわ。それともお邪魔でしたからしら」

「いえ、エリーさんが大丈夫なら邪魔なんかじゃないですよ」


 自信満々に答えるエリーだが、他の店員が良くない感情を抱いているようでは問題だ。

 その場合には強引にでも戻ってもらおうと給仕を目線で探すと、一人の給仕と目が合う。

 その給仕はニコリと笑みを浮かべて、どうぞどうぞと言うかのように手を差し出していた。

 うん、あの表情は本当に大丈夫そうだな。

 他の給仕も特に問題なく動いているようだし、エリーの自信も見栄というわけではなさそうだ。

 ほぼ満席に近い状態だというのに、一人抜けても問題ないだけの余裕が持てている。

 素直に尊敬するところだ。


「さ、冷めないうちにどうぞ」

「あぁ、いただこうか」


 エリーの言うことも尤も。温かい料理は冷めないうちに頂くのが礼儀というものだ。

 じっと目の前にある皿を眺める。

 皿の中には黒に近い茶色のスープと根菜類、そして大きく切られた肉の塊。

 一口では入り切らなそうなそれを切るためにナイフを探すが、エリーが持ってきたのはスプーンのみのようだ。

 全く、変な所で抜けているんだな。

 給仕を呼んでナイフを貰おうかと思ったが、タダでさえ一人こちらに回させてしまっているのだ。

 あまり下手な手間を掛けさせたくない。


 仕方ない、貰ってくるか。


 ナイフを貰いに席を立とうとしたところで、ふとマリーが視界に入る。

 てっきりナイフを探しているのかと思いきや、マリーが手に持つスプーンがそのまま肉の塊へと向かっていった。


 そして目を疑った。


 肉の塊が、決して強く押されたわけではないというのに、スプーンのみでホロリと崩れたのだ。


「なっ……」


 馬鹿な。

 この大きさの肉の塊だぞ。ナイフなしでどうやったというのだ。

 肉に見えていたものは何か違うものだったのか?


 慌てて自分の皿へと視線を向ける。

 皿の中央に鎮座している肉の塊。

 どこからどう見ても肉だ。肉の塊だ。

 再び二人の皿へと視線を戻す。

 やはり肉だ。俺の皿の上に鎮座しているものと違いはないように見える。


 何が起きたのかを確かめるべく、恐る恐る肉の塊へとスプーンを押し当てる。

 

「なんだ、これ」


 崩れた。

 俺の肉も、同じ様に崩れた。

 肉って崩れるものなんだなぁ……。


「ふふーん、どうです?驚きました?」


 目の前の出来事に呆然としていると、何故かマリーが自慢げな顔でこちらを見ていた。


「驚いた……」


 思わずぽろりと素直な感想が溢れる。

 何故マリーが自慢げなのかとか、そういう細かいことはもはやどうでもいい。

 すぐさまこいつを口に運びたい衝動に駆られるが、慌てず、落ち着いて、崩れた肉の一部とスープを一緒に掬う。

 目の前までスプーンを持ち上げると、いい香りが鼻腔を直撃する。

 ごくり、と勝手に喉が鳴る。

 スプーンを口まで運ぶまでもなく、気づけば口の方からスプーンにかぶりついていた。


 旨い。


 細かい事はわからん。が、とにかく旨い。

 肉も驚く程に柔らかく、口の中でホロホロと崩れる。

 なんだこれ、こんなの食ったこと無いぞ。

 

 少し濃い目の味付けにパンが欲しくなる。

 バスケットの中に入っている黒パンへと手を伸ばし……正直、ちょっとがっかりした。

 この黒パン、走る子馬亭で出しているものとほぼ同質だ。

 つまり、カッチカチのダンジョン飯。

 よくよく考えれば、パン屋から仕入れなければならない都合、どうしても似たような質のパンになってしまうということなんだろう。


 折角盛り上がっていた感情が一気に引っ込んだ。


 まぁそれでもこうしてスープにつければまだ美味しく食べられるのだが。

 黒に近いスープにちぎったパンをチョイチョイと付けて食べると硬さも和らいで食べやすくなる。

 このパンはほぼスープ必須だな。


 と、そこで合点がいく。


 カーネリアの酒場で食べられるパンはみな一様にこのような黒パンなのでどうしてもスープ類が欲しくなる。

 だから眠る穴熊亭のメニューは妙にスープ類が充実していたのか。

 思い起こせば、マリーのシチューが非常に人気だったのはこういった理由もあるのかもしれない。

 決して俺の香草焼きが美味しくないというわけではないはずだ。うん。

 

「ところでエリーさん、なんでチップ禁止にしたんですか?」


 俺が感動のスープにがっついている間にマリーが気になっている点を聞いてくれた。


 わ、忘れていたわけではないぞ。

 

 ともあれ、チップ禁止という店の運営方法に大きく影響するような変更だ。

 ただの思いつきで実行しているわけではあるまい。


「あぁ、それですの。昨日、走る子馬亭で手伝いましたでしょう?その時に、チップ禁止も店に取ってプラスになる面もあるのだなと気付かされましたわ。なので試験的に導入してみようと思いまして」


 その場での思いつきだったわ。俺の評価を返してくれ。


 だが気になる台詞もあった。

 チップ禁止の利点か……。

 客からしてみれば料理の代金のみで済むのだからそれに越したことはない。

 が、チップによる収入がない分、店の経営を圧迫することになる。

 それを見越しても客の満足度を優先する、という話なんだろうか。

 んー、この店を見る限りそこまでしなくても十分客を集めそうな気はするんだがな。

 少し探ってみるか?


「昨日の今日でとは随分と思い切ったな。そこまで切羽詰まっているわけではないだろうに」

「……それを貴方がいいますの?」

「ん?なんだ、よく聞こえなかったんだが」

「なんでもありませんわ。とにかく、わたくしも同じ場所にとどまってばかりでは居られないということですわ」


 そういうと、ツン、とそっぽを向くエリー。

 ……なんだ、良くわからん。

 マリーに助けを求めるが、マリーはくすくすと含み笑いをするのみで何も言ってくれない。

 この様子だとマリーは何となく察しているようだが……。

 ここ数日、なんだか置いてけぼりされている気分だ。

 まぁ、マリーとエリーの仲が戻っていることが確認できたのだから良しとしようか。

 視察の目的も勿論あるが、マリーと気晴らしに食事することが一番の目的だったんだ。

 細かいことは後にするとして、今は目の前の料理が冷める前に食べる事に集中することにした。


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