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第16話 エリーとマリー、パンの価値、思惑


 エリーを店内に招いて暫く、マリーは奥で料理の仕上げをしている。

 俺はあら方調理が終わったのでカウンター席でやや不機嫌そうなエリーの対応だ。

 店内に入るまでは見た感じ上機嫌そうだったのだが、おそらくはそれもマリーに気を使った結果なのだろう。

 そんな事を思っていると、不意にふぅ、と小さなため息が聞こえてくる。


「マリーとは上手く行っていないようだな」


 そのため息の主は行儀悪くカウンターに頬杖をついたまま、空いた片手をひらひらと降ってみせる。


「違いますわよ。……わたくし、マリーとは幼い頃から家族ぐるみでの付き合いをしておりましたの。わたくしのお母様とマリーのお母様、ターニャさんが仲良くて。お父様とアーノルドさんも別段悪い仲ではありませんでしたわ」


 唐突に始める昔話になんの事かと思うが、まずは相槌を売って話を聞く事に専念する。

 なんの脈絡もなしにこういった話をし始める人では無さそうだし。


「ターニャさんとアーノルドさんの事を聞いたときはとても悲しかったですわ。でも、一番悲しいのはあの子。だから酒場の経営についてもなにか助けられないかと思ってマリーには何度も声を掛けましたの。けれど、あの子は頑なに大丈夫、と、そう言い続けてましたの」


 そう続けるエリーの表情は、不機嫌のそれとは違うように見えてきた。


「それが……まさかここまでになっているとは思っていなかったですわ。なんでもっと早くわたくしを頼ってくれなかったのか……」


 ふぅ…と深く息を吐き出すエリー。

 なるほど、そういうことか。

 エリーの思うところは理解した。だが俺の考えはちょっと違う。

 言うべきか迷うところだが、ふむ、と一息つけて口を開く。


「マリーとエリーがどれほどの関係なのかは俺には分からないが、多分エリーが考えている事とは逆なんじゃないかな」

「……?」


 すいと、エリーの青い瞳だけがこちらを覗き込む。


「気心知れた間柄だからこそ、迷惑を掛けられない、そう思っていたんじゃないか?」

「……わたくしはそれでも構わなかったんですけれども」

「お互いの望みがすれ違う事はままあるもんだ。それに、後悔よりもこれからどうするかを考えた方が気が楽になる」

「そう、ですわね……って、なんで貴方にこんな事話してるんですか」

「俺に聞くな」


 今度こそ不機嫌そうな顔でフイっと視線を逸らす仕草に思わず笑みが出る。

 マリーは本当にいい環境で育ってきたんだな。


「クラウスさん、料理運んでくれますか?」


 会話が終わった丁度いいタイミングでマリーからお声が掛かる。

 もしかして聞いていたか?

 まぁ、それはそれでいいだろう。

 おそらく二人はお互いの両親というパイプで繋がっていた。

 そのパイプが無くなってしまった事でどう接したらいいのか、互いに掴みかねているのかもしれない。

 二人に必要なのはそういった状況を突破できる切っ掛けなのだろうから。


 マリーの呼びかけに応え料理を運ぶ為に厨房の奥へと引っ込む。

 待ち構えていたマリーと共に提供予定の料理を運んでくるとエリーは既にカウンターからテーブルへと移動していた。


 料理はすでに提供が決まっているシチュー、サラダ、パスタに加えて改良中の鶏肉の香草焼きと豆のスープ、そしていつものパンだ。

 俺とマリーも一緒に夕食にするつもりだったのでそれぞれ量は多め。3人で取り分けるために皿もいくつか追加で持ってくる。

 昼のうちにマリーが掃除していたお陰で唯一綺麗になっているテーブルにそれらを並べると、席についていたエリーがまじまじとそれらを眺めた。


「見た目は……悪くはないですわね。及第点といったところでしょう」


 まずは第一関門突破といったところか。

 相手が冒険者だけなら見た目もそれほど気にしなくてもいいだろうが、街の人や交易に来た人なんかも相手にしていく事を考えればこの評価はありがたい。

 エリーがまず手をつけたのはサラダ。

 大皿に盛り付けたサラダを自分の皿に取り分けるとそのままもしゃもしゃと。


「……普通ですわね」


 まぁそうだろうな。

 この時期に取れる葉野菜は限られているのもあって物珍しさは無い。

 それは理解しているので、この評価でいい。

 次に手を伸ばしたのは卵とチーズを使ったパスタだ。

 細かく刻んだベーコンで旨味もあり、かなりいい塩梅だと思っている。

 フォークで優雅にパスタを絡めると一口。

 しっかりと味を確認するようにゆっくりと咀嚼し、嚥下すると小さく頷く。

 これも行けるか。


「味は悪くないですわね。ただ、ベーコンはもう少し大きく切ったほうがいいですわね」


 これは予想外の指摘がきた。

 俺もマリーもベーコンを細かく刻む事でソースに旨味が行き渡ると思っていたが、確かに大きめに切ったほうが肉を食べているという満足感はあるか。

 これは要検討だな。

 続けて鶏肉の香草焼き、豆のスープと手をのばすが反応は可もなく不可もなし。

 マリーに試食してもらった時よりは反応がいいのでもう少し工夫すれば大丈夫そうだ。

 最後にシチューを口に含むと、にこりと笑顔を見せた。


「やっぱり、ターニャさんのシチューは格別ですわね。作り方教えてもらえませんの?」

「いくらエリーさんでもダメですよ」

「分かっています。言ってみただけですわ」


 どうやらマリーのシチューはエリーも食べたことがあるようだ。

 ターニャさんのということは、元々はマリーの母親が作っていたということか。

 このシチューのレシピについては俺も教えてもらっていない。

 マリーにとっては両親の思い出の一つだし、他人に教えたくないというのも理解できる。


 いつか教えてもらえる日が来るといいな。


 エリーが提供する予定だった料理を一通り食べ終わると俺とマリーを交互に見てから口を開いた。


「概ね及第点、といったところですわね。これならば店に出しても恥ずかしくないですわ」


 そう告げるエリーに、俺とマリーが互いに顔を見合わせ、ホッと一息。

 正直に言えばかなり不安な部分はあった。

 俺もマリーもそこまで味音痴では無いと思ってはいるが、それでも第三者の意見が無い状態だったため自信は半々といったところだったのだから。

 マリーもそうだったのか、胸を撫で下ろすと残った料理へと視線を向けた。


「えと、冷めないうちに私達も食べましょうか」

「そうだな」


 今日一日色々とバタバタしていたこともありかなり腹が減っている。

 早速パスタをガッツリと自分に皿に取り分けると、マリーがくすくすと笑っている。


「クラウスさん、それ好きですよね」

「ぬ、何故わかった」

「だって、すごく嬉しそうな顔してるから」

「初対面のわたくしですら分かるくらいに顔に出てましたわよ」


 クスクスと笑い続けるマリーに呆れた顔のエリー。

 おかしい、俺はそこまで分かりやすい人物だっただろうか。

 うん、多分そうなんだろうな。返す言葉もない。

 誤魔化すようにパスタを口にする。うん、やはり旨い。

 旨さで言えばシチューの方が衝撃的だったが、俺はこっちのほうが好きかもしれない。


「ところで、このパンは何処で買ってきたものなんですの?見たことありませんけど」


 そういってエリーがパスケットに無造作に入れてあるパンを手にとる。

 俺の作ったパンは棒状に伸ばした生地の両端をくっつけた円形をしている。

 こうしないとならない理由もちゃんとあるんだが、確かにこれまでもそういった形のパンは見たことがない。


「そりゃそうだ。それは俺が作ったからな」

「店で出すつもりなんじゃありませんわよね?」

「まさか。俺たちが食べる用に作っただけだ」

「流石にその辺はしっかりと理解されてますわね」


 そういって手にとったパンをちぎって口に入れる。

 直接齧り付かないあたり、育ちの良さが見て取れるな。

 と、パンを口にしたエリーが硬直した。

 ゆっくりと視線を俺に向けると、ゴクリと口にしたパンを嚥下した。


「なん……ですの……これは」

「何って、パンだが?」

「何を平然と!」


 そう叫ぶと、今度はパンに直接齧り付く。


「外側はこんがりと焼けてパリッとしているのに、内側はムニムニとした独特の食感。最初は生焼けなのかと思いましたがそうでもない。中までしっかりと火が入っていますわ。では生地を寝かせるのが足りないのかと言えば、それもおそらく違う。このようなパンは食べたことがありませんわ!」


 猛烈な勢いでパンを貪りながらの怒涛の評価に俺は少し引いているが、マリーはその一言一言にウンウンと頷いて見せている。

 えー、そんなに変わってるのかこれ?

 あっという間にパンを全て平らげたエリーが木製のジョッキに注いだ水を一気に飲み干すと、タンッと勢い良くそれをテーブルに叩きつけながら俺を睨むように見る。


「クラウス、貴方このパンを店に出すつもりはありませんの?」

「あるわけ無いだろう。さっき言ったばっかりだぞ」


 エリーの反応を見るに、確かに店のメニューとして出せればかなりの集客効果をもたらしてくれるだろうというのは予想できる。

 が、不文律を破るリスクを犯してまで取るべき利益なのかと言われると疑問だ。


「まぁそうですわよね」


 当たり前とも言える俺の答えにエリーは口元に手を当てしばし考え込む。

 一体何を考えているというのか。

 わけも分からずマリーへと助けを求めるが、マリーも分からないとばかりに頭を振るのみだ。

 困惑する俺たちを尻目に、うん、と小さく頷いたエリーが俺たちを交互に見た後、口を開く。


「このパン、酒場で提供してくださいませんか?」

「いや、流石に無理だぞ」


 いくらマリーと親密な仲であろうと、そこまでのリスクは負えない。

 突拍子もない、とも言えるエリーの提案にはマリーも眉をひそめるばかり。


「どうしたんですかエリーさん。パンの提供についてはエリーさんも言っていたじゃないですか」


 つい先程、エリー本人が不文律について言及していたのだ。

 その本人が舌の根も乾かぬうちに翻そうというのだから、もはや意味が分からない。


「今は詳しい事は話せませんが、正確に申し上げればこのパンの存在を広く知らしめることができるのであればなんでも構いません。かかった費用は商業ギルドで持ちますわ」


 益々訳がわからない。

 何故ここで商業ギルドの名前が出てくるのか。

 いやまぁ、ギルドマスターのマッケンリーはエリーの兄なわけだから、全く関係がないわけではないが、あの男は公私をきっちりと分けるタイプの人間だろう。

 いくら妹であるエリーが頼んだところで、商業ギルドに利の無いことには首を縦に振るまい。


 ……いや、そういうことか?


 詳しいことは分からないが、このパンの存在が知れ渡ることで商業ギルドになんらかの利がある、と見るべきか。


 チラリとマリーへと視線を向ける。

 いまだ困惑した様子ではあるが、状況が理解できずにいるというよりも、どう返答すべきなのか、それについて迷っているといった印象がある。

 その判断は正しい。

 エリーが詳細を話さない以上、この話の裏を読み解くのは難しい。

 であるならば、今考えるべきはここまでの情報でどう返答するかだ。


「マリーはどう思う」

「……エリーさんとマッケンリーさんは信頼できる方だと思っています」


 中々うまい言い回しをする。

 信頼している、ではない、信頼できると思っている、だ。


「勿論ですわ」


 その意味を正確に捉えたのか、エリーは自信ありげに頷いて見せた。


「……その話、受けよう。ただし、今は話せないと言っていた事情、近いうちに説明してもらうぞ」

「ふふっ、ありがとうございます。説明に関しては大丈夫ですわ。事がうまく運べば貴方達も自然と知ることになるでしょうから」


 そう言うとシチューを口にするエリーに、俺とマリーは互いに顔を見合わせて苦笑するのだった。



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