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第111話 犬の置物、兄妹、手紙

「おまたせしました。シチューとパン、あとキッシュです」


 兄さんの前に3つの皿が出されると、早速ほこほこと湯気を上げるシチューに手を伸ばす兄さん。

 少しとろみのついた茶色のそれを口に含むと、うん、と小さく頷いた。


「美味いね」

「ありがとうございます」


 率直な一言にマリーも軽く頭を下げた。

 何がどう美味いのかとスラスラと感想を述べられるのもまぁ悪くないのだが、やはりこうした率直な言葉の方が本人の直の感想という感じがして俺は好きだ。

 それに、二人のやり取りにまだ若干のぎこちなさはあるものの、別段悪い雰囲気というわけでは無いことに内心ホッとしている。

 まだ結婚式をあげていないとはいえ、マリーと兄さんとは義理の兄妹ということになるのだから、仲良くして欲しいと思うからな。


「丁度いい、マリーさんも少し時間を貰っても大丈夫かな?」

「えっと……」


 突然の兄さんの申し出に店内を見回すマリー。

 俺も同じように店内を見回す。

 今テーブルの座っている客にはすべて料理を出し終えているし、時間的にも昼食の時間には少々遅い時間になってきた。

 すぐに新しい客が来るような時間でもないし、大丈夫そうかな?


 会話を耳にしていたのか、目があったアリアが大丈夫、とばかりに頷いてくれている。


「はい、大丈夫そうです」

「なら良かった。でだ、今日来た本題はここからなんだ」

「本題はさっきの話じゃないかったのか」


 竜の涙の話はかなり大きな話だったように思うんだが、どうやら違うらしい。

 そしてそれはマリーと同席でなければならない話……ということだから、まぁ予想出来るのは一つ、か。


「マリーさん。不出来な弟ではあるが、これから宜しくお願いします」

「あ、いえ、とんでもないです。こちらこそ、宜しくお願いします」


 一旦スプーンを置いた兄さんが頭を下げると、慌ててマリーも同じように頭を下げた。


 まぁ、そういう話だよな。


 結婚式をあげる際には兄さんにも出席して貰えればと思っていたので、そのタイミングで色々と話すつもりでは居たんだが、まぁ、そりゃ知ってるよなぁ。


「マリーさんの前で言うのもあれだが、こういう話は私にもちゃんとして欲しかったんだがなぁ」

「話が遅くなったのは悪かったよ。次の春あたりに式を挙げるつもりだったから、その時でいいかなと思ってさ」

「もう、だから言ったじゃないですか。すぐ連絡がつくんですから、お義兄さんには伝えておいたほうがいいんじゃないですかって」

「ぬぅ……」


 腰に手を当てたマリーにそう言われると返す言葉も無いわけで、ポリポリと頬を掻くしか出来ない。

 そんな俺達の様子を見て、兄さんはクツクツと笑っていた。


「その調子なら大丈夫そうだな」

「誂わないでくれよ」


 昔、結婚を機に冒険者を引退したという人に聞いた事がある。

 冒険者を辞めてその後はどうだったのかと、ざっくりとした質問だ。

 その答えは


 『尻に敷かれる毎日だが、むしろそれが上手くいく秘訣だったのかもしれねぇな』


 だ。


 話を聞いた当時は全く理解できないと思っていたのだが、今では何となく理解出来る。

 先人の経験というものは概ね間違っていないもんなんだなぁと。


「さて、そんな二人に私からちょっとしたお祝いだ」


 と、余計な事を考えているうちに兄さんは懐からこぶし大の包みを取り出してマリーへと手渡していた。


「あ、ありがとうございます」


 受け取ったマリーがその包みを広げると、出てきたのは木彫りの置物だ。

 あぁ、なるほどな。


「えっと……犬、ですか?」


 座っている犬の姿をしたそれをしげしげと眺めてから、俺に手渡してくる。

 なんだか懐かしいなぁ。


「私の故郷の風習でね。新婚には犬の置物をプレゼントするんだよ」

「そうなんですか」


 俺の実家にもこんな感じの犬の置物が置いてあったなぁ。

 でもあれってなんかこう、単純にお祝いというだけではない意味合いがあったような気がしたんだが……。


「犬は家を守る番犬にもなるし、何より多産だからね。子宝祈願、といったところかな」

「こだっ――」


 子宝という言葉に声を詰まらせながらこちらをちらりと見たマリー。

 一瞬で顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「誂わないでくれるか?」


 そんな反応をするマリーを見て再びクツクツと笑う兄さんに、ジト目で釘を刺せば、悪かったというかのように片手をあげて見せた。


 マリーとていい年頃だし、俺と結婚ということになればそういう話が出てくるのも分かっていたとは思うが、他人に言われるのと義理とは言え兄からそういわれるのとでは重みが違う。

 ……まぁもちろん、俺もそういう話を考えていないわけでもないが、それはそれだ。

 あまり度が過ぎるようであれば俺も考えるぞ?


「だ、大丈夫ですクラウスさん。風習って言ってたじゃないですか。その、お祝いしてくれているって事ですし、ありがたい事ですよ?」

「む……まぁ、そうか」


 つい頭に血が上りかけたのだが、あくまで風習だ。

 別段マリーを弄っているわけではない、か。


「いやいや、番犬の方の意味合いは必要なかったかもしれないな?」

「――兄さん?」

「すまんすまん、そんな顔で見ないでくれよ。お祝いなのは間違いないから」


 俺と兄さんのそんなやり取りに今度はマリーがクスクスと笑みを浮かべた。


「クラウスさんから家を出た、って話を聞いていましたから仲が悪いのかと少し心配していたんですけど、全然そんなことはなかったですね」

「私たちは仲がいいらしいぞクラウス」

「まぁ、悪くはないんだろうな」


 マリーの一言にニヤニヤとした笑みを浮かべる兄さんに、しぶしぶながらそう答える。

 実際、ベティも含め兄妹の仲は別に悪くはなかったと思うからな。


「私は兄妹がいませんでしたから、少し羨ましいです」


 と、そういうマリーの表情は少し、陰ったように見えた。

 今やマリーにとって肉親といえる存在は誰もいないんだったな、と思い至る。

 本当に、マリーの両親が亡くなってからこれまで、よく一人で頑張ってきたものだな。


「これからは兄も妹もいるんだ。羨ましがってる暇はないぞ?」

「おいおい、それは私が言うべきセリフだろう。少しは兄に花を持たせてくれないか?」

「妻を慰めるのは夫の務めってやつだ」


 胸を張ってそういいのけると、兄さんは参ったといった風に両手を上げるが、なんとマリーからは予想外の言葉が飛んできた。


「お兄さんのいう通りですよ。こういう時はお兄さんに譲るべきです」

「な、え?」


 俺としてはかなり決まったセリフを言ったつもりだったんだが、マリー的にはそうでもなかったらしい。

 いや、まぁ、慰めるのは別に俺じゃなくてもいいのはわかるんだけどさ、なんというか、こう、夫としての矜持というか、そういうものもあるわけですよ!

 と、混乱している俺の腕にそっと腕を絡ませたマリーが、少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「だって、クラウスさんはこれからずっと私に寂しい思いはさせないんでしょう?」

「う、も、もちろんだとも」


 マリーらしからぬ積極的なボディータッチに思わずしどろもどろになってしまうのだが、明らかにおかしい。

 というか、当の本人だってなんだか恥ずかしそうにもじもじしているじゃないか。

 誰だ、余計な事を教えたやつは!


 どうせアリアだろうと当たりをつけてアリアをねめつけると、アリアは自分じゃないとばかりにしきりに首を横に振っていた。


 ……あれぇ?


 と思ったら、視界の隅でリミューンが親指を立てていた。


 ……あの人、そんな趣味あったのか。


「お熱いところ悪いんだが、私からまだ少しあるんだが、いいかい?」

「え、あ、あぁ、勿論」

「だ、大丈夫です」


 兄さんが割り込んでくれたことでマリーも少し冷静になれたのか、さっと腕を外してくれる。

 リミューンが少し残念そうにしているが、知ったことか。


「で、実はマリーさん……いや、マリーにベアトリスから手紙を預かっているんだ」

「え、私に……ですか?」


 俺宛てにベティから手紙があるのならばわかるのだが、マリーにというのは俺にとっても予想外の話だ。

 何せ俺とマリーとが結婚という話になったのはそれほど前の話ではないから。

 ブランチウッド商会内での情報の伝達はかなり早いらしいが、それにしても早いなぁ。


 というか、俺とマリーが結婚という話を聞いていたとしても、マリー宛にベティが手紙を書くというのも今一つ理解しがたいところではある。


 上質な紙に封蝋までしてあるしっかりとした手紙を兄さんから差し出されると、少し戸惑いながらもそれを受け取るマリー。

 一度開封しようと手を動かすも、それを途中で止めて胸元で抱える。


「えっと、あとで、読ませて貰いますね」

「あぁ、その方がいいだろうな」


 別に今ここで読めばいいだろうに、と一瞬思ったのだが、それは口にしない方がいいんだろうな、となんとなく肌で感じたので口を噤む。

 ベティからマリーへの手紙か……。

 すごく気になる。

 すごく気になるんだが、あまり深く突っ込まない方が身のためな気もするんだよなぁ。

 まぁ、俺の知ってるベティであればそう悪いことは書いていないだろうし、大丈夫だろう。


 手紙を渡した兄さんは漸く仕事が終わった、とでも言いたそうな感じで肩の力を抜く。


「さて、これで今日の仕事は終わりだ。クラウス、エールと腸詰を」


 本当に仕事が終わったと思っていたようだ。

 話ながらであったにもかかわらず、いつの間にかパンとシチューとキッシュを平らげていた兄さんの追加注文。


「まだ昼なのに酒なんて飲んで大丈夫なのか?」

「今日の仕事はもう終わり、といっただろう?今日の午後は重要な商談がある、と予定していただけだからな。その重要な商談が予想以上に早く終わった。それだけだよ」

「おいおい、まだ午後になったばかりだぞ?そんな商談いつの間に……あー」


 なるほど、グラシエラスの件かぁ……。

 確かに重要な商談と言えなくもないが……。

 というか、それしか予定がないなら早く商会に戻ってやれよ、と思わなくもないので単なる屁理屈というやつなんだろうが、これまでずっと忙しそうだったしこれくらいは見逃してやるかぁ。


「わかったよ。今日だけは見逃してやろう。腸詰は勿論、焼き、だよな?」

「さすが我が弟だ」


 注文を聞いたマリーがこくりと頷いて厨房へと向かっていく。

 グラシエラスの件といい、ベティからの手紙の件といい、なんだか色々と起りそうな予感はするのだが、今日の所は気にしないことにしようか。

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