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第110話 頼み事、希少価値、販路

 風の妖精は噂話の本人を連れてくる、とはよく言ったもので、カランと音を立てて来客を告げるドアベルが連れてきたのは、つい先程までその顔を頭に思い浮かべていた人物だった。


「やぁクラウス」

「ゲオルグ兄さん。珍しいな」


 高そうな厚手のコートを身に纏って店内に入ってきたのは、俺の実兄であるゲオルグ兄さんその人。

 カーネリアからはほぼ国の真反対に位置する俺の故郷が本拠のブランチウッド商会、そのカーネリア支部の支部長を務めている。

 少し前にカーネリアへと赴任してきたものの、色々と忙しかったのか中々顔をあわせる機会が無かったのだが、その兄さんが珍しく昼時にやってきた。


「そう邪険にしないでくれよ。ちゃんとした用事があるのだから」

「いや、邪険にしたつもりもないし、用事がなくとも来てくれると嬉しい」


 ブランチウッド商会は俺の親父が立ち上げた商会で、色々とあって家を飛び出て冒険者となっていた俺は実家との繋がりは全く無かった。

 そんな理由もあってか、正直俺としては完全に絶縁したものだと思っていたのだが、どうも実家には俺の動向など筒抜けになっていたらしく、向こうとしてはそんなつもりは全く無かったらしい。

 お陰で今でもこうして気軽に呼び会える間柄でいられる。

 有り難い話だなぁ。


 兄さんが空いているカウンター席へと腰を下ろすと、すかさずメニューをすっと差し出すリミューン。

 店員として雇ってからまだそれ程経っては居ないのだが、この対応、素晴らしいなぁ。


「ありがとう。貴女が噂のリミューン嬢かな。噂に違わぬ美しさだ」

「それはありがとうございます。注文が決まりましたらマスターにどうぞ」


 歯の浮くような臭いセリフを吐く兄さんに、にこりと笑顔を浮かべてからさっさと客のいなくなったテーブルの片付けに向かうリミューン。

 その後ろ姿を見ながら、兄さんは軽く肩をすくめていた。


「逃げられてしまったかな」

「若く見えても彼女は200歳以上だからな。俺らなんか赤子みたいなものだろう」

「こらこら、女性の年齢の話をするのは失礼だぞクラウス」

「いきなり口説き始めるのもどうかと思うぞ……?」

「なに、あの程度は挨拶だよ挨拶」


 うーん、以前マッケンリーと共にやってきた時はそんな感じではなかったのだが、家を出る前の兄さんと比べても、なんか……随分と軽くなったなぁと。

 まぁ取引をするに当たって相手と友好な関係を築くには必要な技術なんだろうが。


「で、その用事ってのは何なんだ?」

「それなんだが……まずは、シチューとパン、あとキッシュを貰おうか」

「あいよ」


 こういう所はきっちりしているな、と感じる。

 兄さん相手なら別に話に来るだけでも構わないと思うのだが、きっちりとお金を落としてくれるのは正直助かる。

 奥のマリーへと注文と共に兄さんが来た事を告げると、マリーは奥からひょっこりと顔を出して小さく頭を下げた。


「挨拶だけですみません」

「あぁ構わないよ。少しだけクラウスを借りるが、大丈夫かい?」

「はい、ごゆっくりどうぞ」


 忙しい事は忙しいのだが、リミューンが来てくれた事で少し余裕が出ているし、時間的にもそろそろ昼食も終わりという時間。

 マリーが大丈夫だというのであればこちらはこちらに集中することにしよう。

 用事ってのも気になるしな。


「それで、用事ってのは?」

「あぁ、まず単刀直入に言おう。竜の涙を増産することは出来ないのか?」

「竜の涙を、か?」


 竜の涙。

 それはドラゴンの発する魔力が結晶化したものだと言われている希少鉱物。

 現在、カーネリアに近いグワース山にてアイスドラゴンであるグラシエラスが巣を作っており、そこを冒険者向けのダンジョンとして公開している。

 兄さんの言う竜の涙は間違いなく、このグラシエラスダンジョン産のものを指しているだろう。


「竜の涙の価値は、クラウスは勿論知っているだろう?」

「そりゃぁね」


 グワース山に巣……というかダンジョンを作っているグラシエラスは現在は比較的に人に友好的であり、それ故に冒険者向けのダンジョンなどと言うものを作っているのだが、ドラゴンの大半は人にとって害となるものだ。

 聞けば、ドラゴンには諸事情あって金が必要になるらしく、それを略奪や脅迫によって得ているドラゴンが多い事が原因だ。

 つまり、採取するためには、強大な力を持ち、かつ人に敵対する事の多いドラゴンの巣に入る必要がある為、価値は相当高いと言える。


「アイスドラゴンが冒険者向けにダンジョンを作ったことで竜の涙の価値は下落傾向にある」

「まぁ、希少価値は減っただろうな」


 そう言いつつ、チラリと厨房の方へと思わず視線を向けてしまう。

 あの厨房には水瓶の中に入れっぱなしで氷製造機となっているグラシエラス産の竜の涙があるからだ。

 よくよく考えると、あの竜の涙、そうとうな価値を持っていた事になるんだが、まぁ幸い金には困っていないし便利なので売るつもりはないが。


「それ自体はまぁ構わないんだよ。その分供給があれば儲けは出る。勿論、価値は高いほうが助かるけどね」

「ん?竜の涙の取引、ブランチウッド商会で扱っているのか?」

「一部はね」


 ブランチウッド商会は行商をやっていた親父が立ち上げた商会なだけあって、他の街との交易を主体にした物流方面に強い。

 反面、カーネリアに支部を作ったのはついこの間ということもあり、街の中での商売についてはまだ弱いイメージがあったで、ブランチウッド商会が竜の涙を取り扱っているということが少々意外ではあった。


「幸い……というべきかは迷うところだけど、カーネリアにはまだ大きな商会が参入してきて居なかったようだからね。取り扱うにしても資金力がなければ買付も難しい商品だから」

「あー……単価が高すぎるか」


 そういう意味だと、ブランチウッド商会がやってきたのはカーネリアにとっても渡りに船だったということか。

 仮に商会が居なければ、いくら竜の涙を採取してきたとしても買い取ってくれる相手が居ない事になり兼ねなかった。

 まぁ商業ギルドの方でどうにか手を回したのだろうとは思うが……あまりにタイミングが良すぎる。

 これを予測していたとしたら、ベティの商才はとてつもないなぁ。


「まぁそんなわけで、うちでも取り扱っているんだけど、うちの得意分野はやっぱり交易でね。買い取った竜の涙は南の方で売るつもりだったのさ」

「あぁ、そういえば南との交易もしていたっけか」


 そういって頭に思い浮かぶのはしばらく懇意にさせてもらっていた猫獣人のアルー。

 バンナの実やトマの仕入れなどでお世話になった。

 今はブランチウッド商会に所属しており、南方との交易担当として活躍しているらしい。

 南方の事情に詳しいアルーが居るのであれば、竜の涙の販路を確立させるのもそれ程難しくないのかもしれない。

 が、話すゲオルグ兄さんの顔は正直明るいとは言い難い。

 内容的にも、そうだ。


「つもりだった……って事はそうは行ってないのか」

「あぁ、実は……」


 と、少し身を乗り出してから俺を手招きする兄さん。

 あまり聞かれたくない話、ということか。

 誘われるに従ってこちらも身を乗り出すと、喧騒に消えてしまいそうな小声で兄さんが告げた。


「統治府から交易に出すのを止められているんだよ」

「統治府が?」


 統治府、つまり領主代行、リカルドが止めているということか。

 政治の話になると正直よく分からん所が多いのだが、商人としての視点で見れば少々おかしな話だなというのが率直な感想だ。


「南方ならばグラシエラスの竜の涙の価値はうなぎのぼりだろうに」


 グラシエラスはアイスドラゴンであり、その魔力の結晶である竜の涙もまた冷気の性質を持っている。

 ウチも氷を作るのにお世話になっているが、聞く所によると一年中温かい気候だという南であればカーネリア以上にその価値は高いはずだ。

 当然、カーネリアで売るよりも南方で売った方が儲けが出るのは間違いないし、儲けが出ればその分税収が増える。

 街として考えてもその方がいいように思うのだが……。


「詳しい事は私にもわからないが、どうもリカルド様は外に売るよりも先にカーネリアに普及させる方を重要視しているようだね」

「ふーむ……」


 リカルドの思惑は全く分からないが……正直竜の涙は気軽に手を出せるようなものではない。

 それこそガッツリと値崩れしない限り……あー。


「なるほど、それで生産量を増やせないか、って事か」

「フッ、流石我が弟だな」


 前のめりになっていた体制を戻すと、ニヤリと笑って見せる兄さん。

 ここで漸く最初の話に繋がった。

 竜の涙が高価なのは勿論その物の利用価値が高いから、というのもあるが何よりも希少であるからだ。

 ならば、大量に生産してその希少価値を無くしてしまえば価格は当然下がる。


「兄さんの考えはわかったけど、なんで俺なんだ?」

「お前がアイスドラゴンと懇意なのはわかってるからな」

「ぬ……」


 別段公言しているわけではないが、やはり一定以上の人間には知られている事か。

 グラシエラス本人にはそう何度も会っているわけではないのだが、薄皮包みを買っていくためにベベルが良く来ているのは間違いないし、何よりグラシエラスの友人枠に収まっているのがヴィオラだしなぁ。


「まぁ、たしかに話す事は出来るだろうが……市場に混乱を招くようであれば協力は出来ないぞ」


 兄さんの頼みであれば快く引き受けたいところではあるのだが、もはや俺はカーネリアの一員だ。

 冒険者によって成り立っているカーネリアは冒険者の有無が市場に大きな影響を与える。

 グラシエラスのダンジョンが盛り上がっている中、竜の涙の下落はその勢いに歯止めをかけてしまう可能性が高い。

 折角のいい流れなんだ、これを止めたくはない。

 

 そう告げると兄さんは、わかっている、とでも言いたげに鷹揚に頷いた。


「その点は大丈夫だ。流石に現行のまま、というわけには行かないが、混乱を招くような急激な値下げにはならないようこちらで調整するから」

「……大丈夫なのか?」


 兄さんとしては竜の涙の供給量を増やす事でそれ自体の価値を下げ、売値を抑える事でカーネリアへの普及率を高めたい。

 供給量が増えるならば、本来は買い取り価格も下がって然るべきなのだが、それを抑えるよう調整する、という話。

 そうなれば当然、利益は薄くなるし、場合によっては売値よりも買値の方が高くなってしまう状況も起こり得るということだ。


 そこまでを考えて思わずそう声をかけてしまうのだが、兄さんは全く意に介していない様子。


「カーネリア内にある程度の量が流通すれば外への交易を許可されるだろう。南方への交易が許可されればこの程度の損失はすぐに取り返せるさ」

「まぁ、確かにな」


 リスクのある話ではあるが、その理屈がわからないでもない。

 南方ではカーネリア以上に需要があるのは間違いないし、何よりカーネリアの外では竜の涙の希少価値はそれ程下がっていないわけだから。


「分かった。まぁ声はかけてみるが、出来るかどうかはわからないぞ」

「それで十分だ。どのみち同じような状況にはなるからな」


 確かに言われてみればその通りだ。

 急いで供給量を増やさなくとも、いずれ価格は下落していくだろう。

 ならばリスクを負わずとも……とも思うが、他の商会が参入してくる前に販路を掌握しておきたい、といったところだろうか。

 うーむ、マッケンリーも大概な曲者だと思っていたが、やはり兄さんも相当の曲者だなぁ……。


 と、話が一段落ついたところで、厨房からマリーが顔を出した。

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