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第11話 掃除、受け売り、けじめ

「さて、マリー君。エールは確保した。葡萄酒もウィルソンの物の他にも手頃な値段の物も用意した。料理はまだまだ要研究だが、出せる物もある。では次にやることは何かね?」

「えっと……特に無い……かな?」

「違う!掃除だ!!!!」


 開店準備を初めて三日目。俺とマリーは走る子馬亭の一画で軽い朝食を取りながら今後の事について話をしている。

 朝食のメニューは俺の焼いたパンにチーズを挟んだものと野菜のスープだ。

 俺のパンが相当気に入ったのか、冬場に向けて木の実を溜め込むリスの如く口いっぱいにパンを頬張るマリーに向けて問いかけた結果があれだ。

 俺の力強い宣言にマリーはゴフッと食べかけのパンを吹き出しそうになりながら、慌ててスープに手を伸ばす。

 コクコクと細い喉が音を立てると、マリーは落ち着いたように一息漏らす。


「掃除、ですか?」

「うむ!掃除だ!!!」


 そういって店内に向けて両腕を広げる。


「以前はしっかりと清掃が行き届いていたのだろうが、今は違う。一人でこの広さを掃除するのは大変だったというのは勿論理解するが、このまま店を開くわけにはいかない」


 そう、店内はかなりホコリまみれ状態だ。

 唯一、カウンター周りだけは掃除されていたが、テーブル席は勿論奥の棚もホコリがこびり付いている。

 おそらく2階の客室も凄いことになっているだろう。

 店が汚いということは、早い話、マリーが掃除出来ていないということなわけで、当人はシュンとした様子だ。

 まぁ先程言ったとおり、この広さを一人で掃除するのはかなり骨が折れるところだ。

 これに関してマリーを責めるつもりは一切ない。

 だが、現実は現実。直視しなければならない事には変わりない。


「一先ずは1階の酒場区画を掃除する。奥の棚や2階もそのうち掃除しなければならないだろうが、今はいい」

「道具の販売と宿は後々、ということにしたんですもんね」


 この建物は非常に立派だ。だが立派すぎて二人だけで全てを回すことは難しい。

 いや、無理。

 酒場が安定すれば人を雇って宿や道具販売にも手が出せるだろうが、まずは酒場機能に特化する。

 これは初日にマリーと共に話し合った結果だ。

 マッケンリーの要求も冒険者の酒場として軌道に乗せる事。お互いに一致しているため悩む必要もない事だ。


「と、いうことで、これから数日を掛けてこの店を徹底的に掃除するぞ!」


 片腕を振り上げながら総宣言する。

 そんな俺に、おぉ、と小さな感嘆の声と共にパチパチと控えめな拍手が送られる。

 うむ、こういうのは中々に気分が良い。


「私も掃除はしたいと思っていましたけど、冒険者相手でしたらそこまでピカピカにしなくてもいいんじゃないですか?」


 確かに、マリーの疑問も最もだ。

 普段からダンジョンなど清潔とは言えないところで野営するなど当たり前で、なおかつ粗雑な連中の多い冒険者だ。多少の汚れなど気にすることはないだろう。


 だが!


「その通りだマリーくん。冒険者相手だったらある程度の汚れは問題ない……と思ったら大間違いだ!」

「ひんっ」


 ダン!とテーブルを叩きながら声を張り上げる。

 あ、勿論スープがこぼれない程度に加減して、だが。


「いいか、マリーの両親が健在だったころはもっと綺麗な店だったはずだ」

「そ、そうですね」

「そうだろう。で、あるならばだ。以前のこの店を知っている人にはそれが当たり前だったはずだ。それが改めて開店したときにあまり綺麗な店でなかったらどう思う?」

「……がっかり、しますね」

「うむ、その通り!料理の腕などは人によって差がでるのは仕方ないところだが、店の清潔さは店員の心がけ次第だ。そして最も目に付きやすい部分でもある」

「な、なるほどっ!」


 キラキラとした尊敬の眼差しで見られると中々にこそばゆい。

 なにせ全部他人からの受け売りだからな。


「それに……」

「え?」


 しまった、思わず口に出してしまった。


 実を言えば、他に理由もある。マリーに面と向かって言うのはかなり気恥ずかしいのだが、口に出してしまった以上、言うしか無いか。

 コホン、と小さく咳払いをしてから、マリーを視界に入れぬようそっぽを向く。


「俺はマリーの両親を知らないし、マリーの両親も俺のことを知らないだろう」

「?」


 ちらりとマリーを横目で見ると、何の話なんだ?とばかりに小首をかしげている。

 まずい、もっと恥ずかしくなりそうだ。慌てて視線を戻す。


「マッケンリーもそうだったが、やはり見ず知らずの男に任せる、というのは、信用できない、と思う。俺が直接話をできる相手には、これから信用を得ていけばいい、そう、思うが、マリーの両親には、なんというか、認められているわけじゃない。だから、その、こんな事で信用してもらえるとは思わないが、これからマリーと共にやっていくことへの、けじめ……というのかな、それを示す事にもなるのかな……とか」


 いかん、話が全然纏まっていない。後半自分でも何言ってるのかよくわからなくなってきた。

 恐る恐るマリーへと向き直ると、何かをこらえるようにプルプルしている。

 なんだその反応は。不安になるから辞めて欲しい。


「……あの、マリーさん?」

「プッ、アハハハハハ!」

「マ、マリーさん?」


 突然笑い出すマリーに動揺が隠せない。いや、まぁ、変なこと言った自覚はあるがそんなに大笑いしなくてもいいじゃないですか。


「なんだかいいづらそうにしていたから、求婚でもされるのかと思いましたよ」

「きゅっ、いやいやいや、まだ出会って4日だぞ?いくらなんでもありえないだろう」

「ふふっ、そうですね」


 そういって未だクツクツと笑いを堪えるマリーに何も言うことが出来ない。

 だってな、何か言ったら墓穴を掘るに決まっているだろう。


「それにしても変なところで律儀というか、真面目ですね、クラウスさんは」

「そ、そうかな。まぁ、いい。これはつまり、俺の自己満足みたいなところもあるから、その、忘れてくれ」

「いいえ、忘れません。それにきっと、お父さんもお母さんも、二人に任せた!って言ってくれてると思います」


 そういって、笑顔を見せるマリーに、俺は自分の顔が熱を帯びている事を自覚している。

 くそっ、だから言いたくなかったんだ。


「と、ともかく!そんなわけで、今日から徹底的に掃除するぞ!」

「ハイ!」

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