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第109話 新人店員、腸詰め、幼い記憶

 冷たく乾燥した風が吹くカーネリアの街。

 その大通りから少し奥に入った通りに面した冒険者相手に特化した酒場、兼宿。

 それが走る子馬亭。


 その走る子馬亭に、新たな声が響いていた。


「はい、焼き腸詰めおまたせしました」

「やっぱこの時期はこれだよなぁ!」

「お熱いうちに食べてくださいね」

「あ……はい!熱いうちに食べます!」


 ニコニコと笑顔を浮かべてそう告げる彼女の前で、デレデレと鼻の下を伸ばした冒険者の一人がほこほこと湯気を上げる腸詰めにがぶりと歯を立てて……


「あっつぅぅぅ!!」


 と、当然のように口を火傷していた。


「大変大変。エールで冷やして……」

「はい!飲みます!!」


 促されるままにゴクゴクと喉を鳴らしてエールを飲み干す彼。


「良い飲みっぷりですね!おかわり要りますか?」

「はい!要ります!」


 とエールのおかわりを注文する。

 ここ数日、10組に1組程は発生しているこのやり取りに、俺は呆れ半分感心半分でいた。

 腸詰めとエールを運んだ彼女。

 アリアの紹介で走る子馬亭で働く事になったリミューンその人だ。


 最初にあった時は結構さっぱりした性格だったように思えたのだが、どうやらしっかりと店員としての顔も使い分ける事が出来るようで、その清楚感あふれる対応と人族の街では珍しいエルフということも相まって見惚れる男が後を絶たない。

 アリアとクロンが短めのスカートの給仕服なのに対し、リミューンはマリーと同じような長めのスカートの給仕服な事も彼女の清楚感を増す要因になっているような気がしなくもない。


「……はぁ。可憐だ」

「エルフってのはこんな可憐な種族だったのか……」


 先程とは違うテーブルでは若い冒険者がパタパタと小走りで店内を回るリミューンをうっとりした目で眺めながらそんな事を呟いている。 


「姉御ももう少しお淑やかなら……」

「ばかっ!聞こえるぞ!」

「んんー?何か言ったかなぁ?」

「げっ姉御!」

「アタシの聞き間違いじゃなければ、エールをもう一杯って聞こえたんだけど?」

「そ、そうっす!エールをもらいます!」

「あーい、エール追加ー」


 グラシエラス騒動に始まり、引き続き頻繁に冒険者ギルドに足を運んでいるアリア。

 どうやら新人の指導にも少々噛んでいるらしく、若い冒険者からはすっかり姉御と呼ばれている。


 一体どんな訓練をしたのやら……。


 アリアの得意距離は遠距離とはいえ、ミスリル級は伊達ではない。

 若手相手なら近接戦闘でもボコボコに出来るだろうし……うむ……。


「マスター、焼き腸詰めとエール追加です」

「お、はいよ。だいぶ慣れてきたみたいだな」


 エール1杯ですんで助かった、とばかりに胸をなでおろしている若手に気を取られていると、カウンターへと戻ってきたリミューンから注文を受ける。


 リミューンが店で働くようになってから10日が経とうという訳だが、当初危惧していた人混みで気分が悪くなる事は今のところなかった。

 改めての顔合わせだ、とアリアが連れてきた時の顔色の悪さは今では微塵もない。


「えぇ、大丈夫そうです。ドリアード様のお陰ですね」


 酒場という性質上かなり混雑するし騒がしいしで大丈夫かとも思っていたんだが、ドリアードのお陰ということらしい。

 個人的には外に比べて少し気持ちが落ち着くくらいの感覚だったのだが、やはり森に暮らしていたエルフにとっては大きな違いらしい。

 厨房のマリーへと追加の注文を伝え再びリミューンへと向き直ると、リミューンは少し不思議そうな顔で店内を見回していた。

 なんだ?


「どうかしたか?」

「あーいえ。そのぉ随分と焼き腸詰めを注文する人が多いんだな、と」

「あぁ、それか」


 確かにリミューンが来てからは焼き腸詰めの注文が圧倒的に多い。

 まぁそれも仕方ないというか、1年で今の時期だけのものだしな。


「冬に入ると飼料の調達が大変になるからな。家畜の多くを潰すから、肉が余りがちになるんだよ」

「へぇー……」


 森暮らしのエルフには畜産という概念が無いらしく、その辺はあまりピンと来ていないようだ。


「よし、店の料理を知ってもらうのも仕事のうちだ。ちょっと待ってて」

「?あ、はい」


 よくわからないと言った様子のリミューンを置いて、俺は厨房のマリーの所へと顔を出す。


「マリー、生の腸詰めはまだ結構あるか?」

「はい。今日は特にいっぱい仕入れましたから、大分残ってますよ」

「それじゃ、いつもの茹で腸詰めと、焼き腸詰め、1本づつ作ってくれないか?リミューンに食べ比べてもらいたい」

「あ、それは良いですね。今の時期だけのものですし」

「それじゃ頼んだ。あと1本づつ調理してないの貰ってくぞ」

「はい」


 マリーの返事を確認してから、普段出している燻製された腸詰めと、大量に積んである生の腸詰めのうち1本とを持ってカウンターへと戻る。

 律儀にその場で待っていたリミューンが、俺が持ってきた二種類の腸詰めを興味津々といった様子で覗き込んできた。


「そっちの方はよく見る腸詰めですが……もう片方はなんだか変わった色、ですね。色が薄いというか……」

「お、良い着眼点だ」


 まずは、と前置きをつけて普段の腸詰めをリミューンへと渡す。


「こっちは普段店で出している腸詰めだ。腸詰めは保存食としての側面もあるから、かなりしっかりと燻製されているんだ」

「あ、確かにいい香りがします。それに……少し硬いですね」


 クンクンと鼻を鳴らすリミューン。

 持った感覚の感想としてもその通り、と口に出したくなるような模範的な感想だ。


「固く火を通せば通すほど日持ちするからな。そのままだと少し固くて食べづらいから必ず茹でて提供するんだ」

「そういえば、ここに来るまでに食べた腸詰めも茹でられてました」


 燻製の度合いにもよるが、大抵は表面がカチカチになっている程度の燻製具合なので、腸詰めと言えば茹でというわけだ。

 だが、こっちは違う。


「で、これが燻製していない生の腸詰めだ」

「必ず燻製するものじゃないんですか」

「あぁ。燻製は主に保存目的だからな。今の時期は一斉に家畜を潰すから、燻製が間に合わない事もある。そういう時にこうして燻製していない生の腸詰めが出回るんだ」


 燻製していない腸詰めはいつものような茶色はなく、肉と脂の合わさったピンクに近い色をしている。

 始めて見るそれに少々ためらいながらも手を伸ばすリミューンに渡すと、おぉ……とおっかなびっくりといった声が漏れてきた。


「なんだか……ぷにぷにしてますね。バラした直後の腸みたいです」

「お、おう、そうか」


 普段街に暮らす人にとっては肉は肉屋から買うものなので、自らバラすということはしない。

 勿論冒険者であった俺は自分で獲物をバラす事も多々あったので慣れたものだが、冒険者以外から、バラした直後の腸みたい、という感想を得たのは始めてだ。

 まぁ考えて見れば、生の腸を使ってるんだからその通りなんだがな。


「でまぁ、こっちはまだ表面も固くないから焼いて提供も出来るんだ。一年でこの時期だけの特別な腸詰め……って感じかな」


 と、一通りの説明をし終わったところで、ひょいと皿が2つ現れた。


「注文の焼き腸詰めとエール、で、こっちはリミューンさん用です」

「ありがとうマリー。とりあえず注文の方を持って行ってくれるか?」

「あ、はい、わかりました」


 皿とジョッキを手にパタパタとテーブルへ向かうリミューン。

 その後ろ姿を見届けてから、目の前でほこほこと湯気を上げる腸詰めに意識を奪われる。

 俺はどちらかと言えば普段の燻製腸詰めの方が好きなんだが、焼きは焼きでいい。

 少し焦げ目のついた見た目は食欲をそそられる。

 思わず手が伸びそうになったところで、背後からの視線に気づいてゆっくりと振り返ると、マリーが満面の笑みでこちらを見ていた。


「だめですよ」

「……ハイ」


 マリーに釘を差されてしまったので手を戻す。

 ……半分くらいならいいんじゃないか?

 ……あ、だめですね。ハイ。


 今度は呆れた顔で見られたので、なんだか叱られるよりも心に来る。

 と、そんなやり取りをしているうちにリミューンも戻ってくる。

 

「と、いうわけでだ。茹で腸詰めと焼き腸詰め、食べ比べて見てくれ」

「なんだか催促してしまったみたいで申し訳ないです」

「料理の味を知っておくのも仕事のうちですから。気にせずに食べてみてください」


 マリーからもそう勧められれば断れないのか、ゆっくりと茹で腸詰めにフォークを突き刺した。

 プツッという心地よい音とともに脂がじわっと溢れ出す。

 うむ、美味そうだ。

 カーネリアは肥沃な平原で放牧しているため餌が良いのか、肉の味もかなり良い。

 当然、腸詰めも美味い。

 

 ふと、ナイフを出すのを忘れたと思ったのだが、リミューンはそのままガブリと腸詰めにかぶりついた。

 

 ……エルフって思ったよりも野性味溢れた種族なんだなぁ。


 パキッといい音を立てて腸詰めの半分がリミューンの口の中に消えていく。

 噛みしめる度にコクコクと頷きながらムグムグするリミューン。

 ゴクリと喉を鳴らして嚥下すると、熱気の籠もった口を冷やすように口を開けた。


「美味しいです。お肉の味が強くて、しっかりとした噛みごたえがいいですね。燻製の香りもいいです」

「おぉ……よくわかっているな!そうなんだよ、燻製の腸詰めはその食べごたえがいいんだよ!」


 思わず拍手をしたくなるような模範解答に少々声が大きくなってしまう。

 まぁ、酒場の賑やかさには負ける程度ではあるが。

 テンションの上がってしまった俺に少々驚いた様子のリミューンだが……こほんと一つ咳払いをして、次を促す。


「次は焼いた方も食べてみてくれ」

「あ、はい。では……おぉ」


 スッと刺さるフォークに一瞬戸惑いを見せたリミューンだが、ふにふにと揺れる腸詰めをジッと見つめてから、同じように一口。


「こっちはすごく柔らかいですね。食感が全然違います。あと……香草の香りを強く感じます」

「作ってから日も経っていないしな。それに、実はこれ、燻製をしない前提で作ってある腸詰めだからな。燻製の香り付けが無い分香草を多めに入れてあるんだそうだ」

「え?でもさっきは燻製が間に合わないから……って言ってましたよね?」

「燻製が間に合わないからってのも勿論嘘じゃないんだが……まぁこんな感じで皆この時期の焼き腸詰めを楽しみにしているからな。それ用にも作っているってわけさ」

「へぇ……そういうものなんですか」


 その辺は肉屋も上手いことやってるな、というのが俺個人としての感想でもある。

 燻製前提で作った結果、生で出さざるを得なくなった腸詰めもそれはそれで美味いんだが、やはりそれ用に作られたものの方が美味い。

 まぁあまり生の腸詰め用として作ってしまうと今度は売れ残ってしまった時が問題なので、結局はこの時期だけ少量を生産する特別な腸詰めには変わりないんだが。


「どちらも美味しかったですけど、私は焼いた方が好きですね。焼き目の香ばしさも良かったですし」

「あ、私も焼き腸詰めの方が好きですよ。毎年この時期が楽しみなんですよ」


 と、どうやらリミューンは焼き腸詰めの方が好みらしい。

 同じく焼きの方が好きらしいマリーと意気投合してしまった。

 生の腸詰め、かなり仕入れていたが自分で食べる用だったのかもしれないな……。

 焼き腸詰めを否定するつもりは無いが、茹で派としては悲しい限りだ。

 

 腸詰めの話をしていてふと、懐かしい記憶が蘇る。

 そういえば、ゲオルグ兄さんも焼き派だった。

 妹のベアトリスは茹で派だった気がする。

 この時期になると焼き腸詰めばかりで駄々をこねていたなぁ……。


 そんな懐かしさに浸っていると、カランとドアベルが来客を告げた。

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