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第107話 昇級、噂話、結婚式

「クロンちゃん、昇級おめでとー!」

「おめでとう!」

「よくやったな」

「えへへ、ありがとうっす!」


 コツンと木製ジョッキをカチ合わせ、客が誰も居ない走る子馬亭に従業員4人の声が響き渡る。


 日は収穫祭より1ヶ月程経ち、時は店の閉店後。


 音頭を取ったアリアが豪快にエールを飲み干すと、げふーとあまり上品とは言えない音を喉から出し、ケタケタと笑った。


「いやー、それにしてもこの歳で飛び級とは、やるわねぇ」

「これも皆さんのおかげっすよ」


 純粋に関心した様子のアリアに、クロンもまんざらではない様子でえへへと笑みを浮かべている。


 そう、なんとクロンはカッパー級から一気にアイアン級へと飛び級を果たしていた。


 収穫祭の後、グラシエラス到来の余波であったモンスターの混乱も収束を見せ、さらにグラシエラスのダンジョンも解放直後の大盛況からは一旦落ち着いた状況になってきた。

 それまでてんやわんやで昇級試験どころではなかった冒険者ギルドも漸く腰を落ち着かせる事が出来たということで、4ヶ月近くも休止していた昇級試験を再開。

 長期間に渡る休止状態だったこともあり、一部の冒険者には特例で飛び級の処置が取られることとなったらしく、クロンもその一部の特例に当てはまったらしい。


 冒険者ギルドの内情についてはそこまで詳しくはないのだが、クロンやアリア、後はギルガルトらの話を聞くに、グラシエラス騒動の後に行われたカーネリアの森への実地調査依頼に帯同したのが大きかったようだ。

 薬草採取がメインだったとはいえ、これまでもそれなりの実績を上げていたところに舞い込んできた実地調査。

 上級ランクの冒険者パーティーとともに調査を行ったらしいが、採取のみならず戦闘においてもきちんと仕事をこなした事が高く評価されたんじゃないか、と予想している。


 まぁ、俺の弟子なんだからな。

 それくらいはしてもらわなければ。

 うんうん。


 と、盛り上がるクロンとアリアをよそに一人で頷いていると、すっと脇から皿が差し出される。


「クラウスさんもどうぞ」

「あぁ、ありがとうマリー」


 今日はクロンのお祝いということもあって少々豪勢に大きな牛肉の塊を仕入れてきた。

 鶏に比べると育成に手間と時間のかかる牛肉はやはり鶏と比べると少々高い。

 まぁそれでもそろそろ冬支度を始める頃なだけあって、普段よりは多少安く買うことが出来たが。

 オーブンでゆっくりじっくり焼いた牛肉の塊は中々によく出来たと自負している。

 外はこんがり、中は若干の赤を残した焼き加減はここ数年で一番の出来だろう。

 薄めに切り分けたそれが盛られた皿をマリーから受け取ると、何やら視線を感じる。

 視線の先へと目を向ければ、アリアがニヤニヤとした目でこちらを見ていた。


「ふぅ~ん、見せつけてくれるじゃない?」

「茶化すなよ」

「そうは言っても、ねぇ?」

「そうっすねぇ」


 ニヤニヤ顔を隠すつもりもないらしいアリアはその顔のままクロンへ投げると、対するクロンは少し恥ずかしそうな顔をしながらもコクリと頷いてみせた。


「街中で噂になってたっすからねぇ」


 そう、あの葡萄踏みの一件はまたたく間にカーネリアへと広まると、そんな馬鹿な事をしたのは誰だ、と顔を見に来るだけの客が来るまでの事態に発展してしまった。

 流石に営業の邪魔になるので暫くは店の入り口に張り紙を張り出す羽目になったのだが、まぁ人の噂もなんとやら、漸くその噂も落ち着いてきたばかりだ。


 その騒動の張本人……は俺なんだが、黒幕とも言えるマリーは少し困ったように苦笑を浮かべて居るが、決して嫌というわけではないのだろう。

 何処となく、ちょっと恥ずかしいといった様子に見える。


「そうだ。お二人の結婚式はどうするんすか?」

「気の早い話だなぁ……」

「でも、やるんすよね?」

「クラウスさんが良ければ、かな」

「俺はやりたいけどな」


 俺としては、俺とマリーがここまでやってこれたのは間違いなく走る子馬亭を利用してくれた人のお陰だし、何よりマリーの両親にちゃんと報告をしたいという意味で結婚式はしっかりとやりたいと思っている。

 が、あれから1ヶ月程は経っているのだが、結婚式というものについては今のところ保留ということにしている。

 というのも、なにせ時期が時期だからだ。


 結婚式ともなれば……その土地土地のやり方次第ではあるが、まぁ大抵は派手にやるものだ。

 だが、これから食料的にも厳しい冬という季節がやってくる。

 あまり派手にやるのもどうかというのが一番の懸念だ。


「冬は色々と厳しいからな。やるにしても春……そうだな、来年の雪解けの祭りが終わってから、かな」


 今年の様子を見るに、雪解けの祭りはまた忙しくなるだろうし、一段落ついてからというのが良さそうに思える。

 それにはマリーも同意のようで、うんうんと何度か頷いていた。


「確かにそうっすねぇ。ボクの故郷でも冬にやるのは見たこと無いっす」

「獣人の人たちの結婚式ってどういう感じなの?」


 と、何気なく呟いたクロンの話に食いついたのはマリー。

 案外こういう話に対しての好奇心は高いよなぁとか、そんなことを思っていると、クロンが記憶を掘り起こすように、んー、と口元に指を添えた。


「ボクの故郷の結婚式は、結婚する男の人が森で獲物を取ってくるっす。で、それを女の人が調理してお世話になった人に振る舞うんすよ」

「おぉー、なんかそれっぽいな」


 クロンの説明に森で暮らす獣人ならでは、といった感想を持つ。

 想像するに、森で獲物を取ってくる事で家族を養う力があることを証明することも含まれているように思う。


「出来るだけ大物を獲ってくるのがカッコいい新郎さんって感じっす。ボクが見た一番大きい獲物はロングネイルグリズリーっすね」

「あれを一人で?それは凄いわねぇ」


 純粋に驚くアリア。

 それもそのはず、ロングネイルグリズリーは大人二人分はあろう背丈に鋭く長い爪を持つ事で有名なモンスター。

 危険度も12だか13だかそれくらいはあったはず。

 単体でも中級パーティー向けの討伐対象にされることがあるくらいだ。

 その肉は旨いという噂もあるが、その危険度故に市場に出回る事は滅多にない。

 残念ながら俺も食べたことはないな。


「そういうエルフは結婚式はやらないのか?」

「結婚式かぁ」


 何気なく気になったのでアリアに振ってみるが、あまりピンときて居ないようで、うーん、とうなり始めてしまった。


「うーん、人族の結婚式みたいなのはやらないんじゃないかな」

「かな、って事は見たことないのか」

「少なくともうちの集落ではね。うちではドリアードの宿る大きな樹があるんだけど、その前で巫女が二人に祝福を与えて終わり、かな」

「思ったよりあっさりしてるんですね」

「ほら、アタシも若いほうだけど250年くらいは生きてるじゃない?一緒に居る期間がホント長いし、その辺適当なのかもね」

「そういうものですか……」


 あ、ちょっとしょんぼりしてる。

 俺としてもエルフの結婚式というからなにかこう、ものすごい長時間祝い続けるみたいなものだと思っていた。

 人の感覚で言えば、寿命が長いんだしその分時間感覚も長そうだなぁって印象があっただけに、あまりにあっさりしたもので多少拍子抜けしたのは間違いないか。


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