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第105話 親友、理由、やるべき事

 受付の声と同時にパァン!と大きな音が響き渡る。

 この音はモンスターの威嚇に使う音球だな。

 植えられている芋が赤長芋である事といい、本当に冒険者の街なんだなぁとなんとは無しに感心してしまった。


 と、そんなことを考えている場合ではない。

 赤長芋はちゃんと掘るなら周りから丁寧に掘っていかなければならない故に、それなりに時間がかかる作業になるはずだ、モタモタしているわけにはいかないな。


 が、最初の蔓に取り掛かろうとしたところで、俺の予想外の声が周りから聞こえ始めてきたのだ。


「ぬぅぅぅん!!!」

「はぁぁぁぁぁ!!!」

「ふぬあぁぁぁぁ!!」


 そのド太い声は間違いなく、芋掘り大会に参加している面々の声だ。

 芋の周りの土を掘り進めるだけでその様な気合を入れる事も無いはずだと思ったのだが、その声へと視線を向けて、俺は更に予想外の事態に直面した。


「……あれ?」


 そう、皆が力任せに引き抜いている蔓の下には、確かに芋がぶら下がっていたのだが……違うのだ。

 俺の知っている赤長芋は、簡単に折れてしまうほどにひょろっとしていて、あんな力任せで掘り起こせるようなものではなかったはずだ。

 それがどうだ。

 彼らの引き抜いた蔓の下にこれでもかと言わんばかりに大量にぶら下がっている赤長芋は、細長いどころか芋の中央付近を中心にぷっくらと見事に膨らんで、まるで鶏のもも肉だ。


 あれは本当に赤長芋なのか?

 俺の蔓だけ赤長芋で、他は違う芋なんじゃないのか?


 そんな疑問をいだきながら、思い切って眼の前の蔓を全力で引っこ抜いて見る。


「へぇ……」


 そこに現れたのは、他の人が引っこ抜いていたあの丸々太った赤長芋だった。

 ちゃんと耕した土地で採れる赤長芋はこれほどまでに大きくなるのか。


 自分の知っているそれとは違った赤長芋に感心していると、隣からもフンっ!と力強い声が聞こえてくる。


「はっ!こいつは楽でいいじゃねぇか!」


 声の主は勿論ギルガルト。

 持ち前の膂力で次々と赤長芋を引っこ抜いていくギルを横目に、俺も赤長芋の蔓へと手を伸ばす。

 右手の握力が心もとないが、これでも一年前までは冒険者をやっていた人間だ。

 奴には負けてられないなと、ギルに離されないよう一心不乱に芋を掘る……というより引っこ抜くだなこれは。


 暫くは黙々と芋を掘り続け、気づけばそろそろ中間地点といったところか。

 他の面々も大体同じくらいか、少し遅れているくらいのように見える。

 この調子だとやはりと言うべきか、ギルが勝利を手にする可能性が高そうだな。


 と、そんな事を考えていたところで、不意にギルがこちらへ一瞬だけ振り向くと、フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「つまらねぇ、つまらねぇなぁクラウス」


 溢すように呟いたその言葉に、俺は面を喰らってしまった。

 俺の知っているギルガルトという男は、こういったお祭り騒ぎは大好物のはずだ。

 例えそれが飲み比べであろうが、力比べであろうが、歌唱力であろうが、勝てる勝てないなど関係なしに入り込んで一人で楽しむやつだったはずだ。

 

 それが、つまらない?


「芋掘りが?」


 あまりに予想外な言葉に何を返すべきかすら分らず、ただ手を動かしながら、漸くそれだけを答えられた。


「ちげぇよ。てめぇだよてめぇ」

「それはどういう」


 俺がつまらない?

 なんだ、よく分からん。

 反射的に問いかければ、その問いに被せるように、ギルは本当につまらなそうに答えた。


「俺の知ってるクラウスって奴はよぉ、好奇心の塊でよぉ、あぶねぇってわかってながらも罠の向こう側を知りたがるやつ、だった」

「?」


 唐突に始まる俺への評論に思わず引っこ抜いた芋をポトリと落としてしまう。


「そのうえ案外と負けず嫌いなとこがあってなぁ。近接最強の俺様に近接で勝とうとしたり、あのクソエルフに弓で競り合ったりしてなぁ。そのお陰か、何でもできる最高の冒険者になったわけなんだがよ」

「一体何の話をしてるんだ」


 なんだ?どういうことだ?

 それが俺がつまらない理由だってのか?


「ところがだ、この場にいるクラウスってやつはよぉ、こんだけぶっとく育った赤長芋を目にしても、へぇ、としか反応しねぇ上に何より、この俺様に勝とうっつー気概が見えねぇんだよ。何だてめぇ、腑抜けてんじゃねぇぞ?」


 正面を向いたままのギルの顔は俺からでは見えない。

 見えないが、どんな顔をしているかなんて、見なくても分かる。

 

 腑抜けている?

 俺が?


「俺にも、こういう日は、ある」


 それは精一杯の強がりだ。

 自分でも分かる。

 ギルのその指摘は確かに正しいんだ。

 俺はこの芋掘りに、全く集中できていない。


「ケッ、情けねぇ。千変万化ともあろうもんが、色恋の一つでここまでヘタレになるとはな」

「なっ、お前それどこで――」

「あー!うるせぇ!んなこたぁどうでも良いんだよ!」


 ギルの上げた雄叫びにも似た声に、周りで芋を掘っていた人もわずかの間手を止めてギルへと視線を向けたのを感じ取る。

 まるで針の筵になっているはずのギルはそれを一切意に介さず、俺に向けて引っこ抜いたばかりの芋を突きつけてとんでもないことを言い出した。


「クラウスよぉ、俺様は決めたぞ。この芋掘り、俺様が勝ったらどんな手を使ってもでもてめぇを冒険者に引き戻す」

「おい!」


 何故そうなる!?


 ギル曰く、俺が腑抜けていた事が気に食わないのはわかる。

 俺としても、ここ数日は色々と手につかなかったのはわかっているし、そう言われることくらいは受け入れるべきなんだろうと思う。

 しかし、しかしだ、それと俺が冒険者に戻ることは一切関係がないだろう!?


「そうと決まれば、さっさと終わらせててめぇを引っ張っていかねぇとだな!」

「こいつ……!」


 ギルが更に勢いを増して猛烈な速度で芋を引っこ抜き始めたのを見て、こいつは本気だと直感する。

 ギルは馬鹿だが悪いやつではない。

 どんな手を使ってでも、というのはヤツなりの脅しのようなものでそこまで無茶な事はしないとは思っている。

 それでも面倒な事になるのは目に見えている。

 おそらく、最初に店に来たときのように簡単には引いてくれないだろう。


 少々の遅れを取ってしまったが、俺とて一年前は現役の冒険者だったんだ。

 そう簡単に負けてたまるか。

 何より、今あの店を辞めるなんてこと、考えられるわけもない。


 芋のツルをつかんではポンポンと引き抜いていくギルの少し後ろを引き離されないよう必死に食らいついていく。

 と、前をゆくギルが一度こちらへと振り向いて、ニヤリと大きな口を歪ませた。


「ハッ!やればできるじゃねぇか!」

「そこまで鈍っちゃいないぞ!」


 とんでもない勢いで芋を引き抜いていくギルに食らいつくのは正直しんどい。

 元々握力の弱くなっていた右手は更に力が入らなくなりつつあり、それを庇うように酷使していた左手もギチギチと悲鳴を上げてきた。


「左手一本で俺様に追いつくのはきついんじゃねぇのか?諦めたらどうだ!?」

「うるせぇ!そう簡単に諦めるわけないだろうが!」


 確かにキツイ。

 キツイが、この程度で諦めるようなら最初から走る子馬亭を立て直そうなんて思わない。

 思ったことをそのまま言葉に出してギルへと投げつけてやると、その言葉を受けたギルは、予想外にピクリと耳を動かして、僅かな間、手を止めた。


「そんなに冒険者がいやかよ」


 いつもと変わらないように、そう、これまでの互いに怒鳴り散らすような声ではなく、普段俺たちが何気ない会話を交わすような口調で帰ってきた問いに、俺は一瞬言葉を飲み込んだ。

 そして、一度飲み込んだ言葉を一際大きな勢いを持ってギルへとの投げつける。


「冒険者は嫌いじゃないけどな!酒場の店主の方が良いんだよ!」

「んなもん!40にでも50にでも、なってからでいいじゃねぇか!てめぇの冒険者としての全盛期は今しかねぇんだぞ!」

「俺は、今、やりたいんだよ!」

「なんでだ!」

「俺は――!」


 俺は、なんだ?

 売り言葉に買い言葉、ではないが、ギルの問に思わず返答したその答えに、自ら一瞬戸惑う。

 俺はなんで、今、酒場の店主でいたいんだ?


 ……ははっ、なんだ、そうじゃないか。

 

 そうだ、よく考えれば元々そのつもりだったじゃないか。

 少々タイミングがズレたというか、意図しないタイミングだっただけで、それ自体になんら間違いなんかないじゃないか。


 思わず手を止めていた俺を尻目に、ギルが最後の芋へと手を伸ばそうとしたその瞬間、


 パァン!!


 という、音球の破裂音があたりに響き渡った。


「勝負あり!!勝者!ダニエルさん!!」


 進行を務める男性がそう高らかに宣言すると、ワッ!と湧き上がる歓声。


「くそー!また爺さんに負けた!」

「あの爺さん強すぎるだろ……」

「これで10年連続か?いい加減に引退しろ!」

「フン!まだまだ若いもんにゃあ負けてられんわ!」


 勝者を称える声がそこかしこから上がり始め、あっという間にダニエル爺さんの周りには人だかりができていた。

 そして、俺とギルはといえば、互いに抜きかけの蔓を片手に見合ってから、ブッと、どちらとともなく吹き出す。


「負けてんじゃねぇか」

「ケッ、てめぇにゃ勝ってんだろ」

「負け惜しみかよ」

「うるせぇよ」


 お互いに抜きかけのまま掴んでいた蔓を投げ出して、ゴロンと大の字になる。

 

 あぁ、今日は眩しい程にいい天気だったんだな。


「なぁクラウスよぉ。本当に戻るつもりはねぇんだな」

「わりぃ」


 隣から聞こえてくる問いかけは少し弱々しく聞こえて、俺は空を見上げながらでしか答えることが出来なかった。


「ちっ、まぁそうだとは思ってたわ。だとしたらよぉ、てめぇは行くところがあるだろうが」


 そうだった。

 今からならば、まだ間に合うかもしれない。

 ガバっと勢いよく立ち上がり、パンパンと軽くホコリを払う。

 土汚れはこの程度では落ちないが……まぁしかたない、着替えてるような時間は無い。


「それじゃ、行ってくるわ」

「おーぅ、行ってこい」


 寝転んだままのギルが気だるそうに片腕を上げたのを見届けて、俺はカーネリアの街へと走り出す。


 背後で小さく、


「世話のかかるやつだぜ」


 と、聞こえた気がした。

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