第103話 収穫祭、助っ人、大煮炊き
「おまたせしましたっす。こっちがバンナの実で、こっちが梨っす」
「クランベリーとバンナの実ですね、少々お待ち下さい」
接客を担当してくれているクロンと接客兼盛り付けを担当しているマリーが忙しくしている中、俺はただひたすらに生地を焼き続けていた。
「大煮炊きの後に集中するだろうと思っていたんだが……見込みが甘かったかぁ」
と、思わずつぶやいてしまうのも仕方ないと思っていただきたい。
まだ正午前、大煮炊きの準備を進めている最中だというのに、薄皮包みの屋台の前には長蛇の列が出来上がっているのだから。
「いつもは大煮炊きで少しお腹に入れてから足りない分を屋台で、という人が多かったんですけど……すみません」
「いや、俺もその見立てで間違ってないと思っていたしな」
普通に考えれば、そのための祭り、とも言えるものを優先するものだろうから、マリーの情報がなくとも俺もそう判断していただろう。
では何故こんな例外的なことになっているのかと思えば、考えられる原因としてはいくつかあるが……大きなことは一つか。
ちらりと横に視線を向ければ、クロンから薄皮包みを受け取った客が大事そうに両手でそれを受け取り、実に満面の笑みを浮かべていた。
「雪解けの祭りの時は食べられなかったんですよねー。こんなに並んでるし、早めにきて良かったですよ!」
といった感じの言葉を残していくのは実はこの客だけでは無かった。
皆考えることは同じなようで、どうやら無くなる前に食べておきたい、ということらしい。
実際、雪解けの祭りの時は自分たちの不備もあり途中で材料不足により完売としてしまっていたからな。
そんなわけで、大煮炊きの準備の最中だというのに早めに並んでおこうと、そういう事らしい。
そしてその雪解けの祭りから収穫祭までおおよそ半年。
事あるごとに薄皮包みを注文されては、祭りの時だけにしている、と返答していたのだ、そりゃぁこの時を待っていた、と言う人も多いよな。
ということで、今年はその反省を生かして大量の材料を用意している。
まぁ生地は作り置きをしておくと悪くなってしまうので、今はとある助っ人に店の方で作ってもらっているんだが。
今回の屋台を薄皮包みにしたのは正直ちゃんと話し合いを出来ていなかった結果ではあるんだが、結果としてはこれで良かったようにも思う。
まぁ近いうちには薄皮包みと似たような物が出てくるだろうとは思うのでこんな長蛇の列は今日までかもしれないが。
「クラウスく~ん、生地のおかわり、持ってきたわよぉ」
「あらあら、大分盛況ね」
「わぁ、凄いですね」
と、噂をすれば、だ。
大きな鍋を運んでくる二人と、その後ろから果物で満載になった籠を抱えた1人の姿が、人混みをかき分けるようにして現れた。
「サリーネさん、アカネさん、カズハちゃん、ありがとうございます」
今回助っ人として声を上げてくれたのは、お馴染み走る子馬亭と同じ通りで裁縫業を営むサリーネと、道具屋アランさんの奥さんアカネさんと、娘のカズハちゃん。
「皆さんに手伝ってもらって助かります」
「困った時はお互い様って言うでしょ?雪解けの祭りのときにはカズハがお世話になったもの」
「サリーネさんにはむしろボクの方がお世話になったっすけど……」
「ウフフ、いいのよぉ。あの子が日の目を見られたのもぉ、クロンちゃんがいたからだものぉ」
この街に来てからもうしばらく経つのもあり、常連となってくれた客も多く顔見知りといえる人物はかなりの数になったと思う。
その中でも、はやりこの3人は特に関係が深いように思う。
これもきっかけはクロンを雇った事から始まるのだから、人の繋がりというのはどういうきっかけから始まるのか判らないものだよなぁと、しみじみ感じてしまった。
「お、皆揃ってるね。丁度いいタイミング」
引き続き客を捌いている走る子馬亭の3人と、運んできた材料を屋台の後ろで整理している3人とがぎゅうぎゅうになって作業している中、もう一人の走る子馬亭の従業員であるあいつが呑気な声で現れた。
「アリアか。ちゃんと7人分貰ってきたか?」
「バッチリ。なんか今年はちょっと変わったのもあるみたいだから、そっちも合わせて貰ってきたよ」
と、現れたアリアは木製の深皿をいくつも並べたトレイを持ちながら、混雑する人混みの中をスイスイと器用に避けながら屋台前へと歩いてくる。
流石、普段から狭い店内を縦横無尽に動き回っているだけはあるな。
アリアに頼んで正解だった。
「あ、もうそんな時間なのか?」
「いけない、私たちも貰ってこないと」
「くぅ……名残惜しいが……流石に食べないわけにもいかないからな……」
と、アリアが持ってきたものを見た客も口々に名残惜しそうな言葉を残しつつも、あっという間にさーっと捌けていく。
そう、アリアの貰ってきたこれこそが、この収穫祭の目的とも言えるものだ。
「大煮炊きの準備も終わったんすね」
「いやー、中々面白いものが見れたよ。あんなでっかい鍋初めてみた」
まだ湯気の上がる深皿を覗き込むと、そこには様々な野菜が煮込まれたものが盛り付けられていた。
これこそが、収穫祭の一番の催し、大煮炊き。
「あんなでっかい鍋でちゃんとできるんかなーなんて思ってたんだけど、案外ちゃんとした料理が出てきてちょっとホッとしたよ」
「アリア……それは流石にちょっと失礼だぞ」
「あーははー、いやいや、ごめんごめん」
まぁ実を言えば、俺も最初は儀式的なものだという話だったのでまぁそれなりだろうなとは思っていたのだが、出てきた料理は決してそんなものではなさそうだ。
見た感じ、ナス、人参、玉ねぎ、それとズッキーニか?それを角切りにして煮込んだもののようだ。
持ってきた皿の半分はただそれらを煮ただけのものといった印象だったのだが、もう半分の皿はなんと赤い。
昔東のほうで赤カブを使った料理を食べたことがあるが、このあたりにはないはず。
ということはこれは、あれか?
「アリアさん、こっちの赤いのはもしかしてトマですか?」
「あぁ、そうっぽいね。まだまだ見慣れてないのかあんまり貰ってる人は多くなかったけど、何人かは貰ってたかな」
やっぱりか。
南方の食材はバンナの実は薄皮包みの噂に加え、半年ほどの時間もあったおかげでかなり浸透したように思うが、トマはまだ広がっているとは言い難い。
サバのトマ煮にしても一応レシピは伝えたもののまだまだ一般化するには程遠い状況だと思う。
それをこの大煮炊きで突っ込んでくるとは……。
確か大煮炊きは統治府が音頭を取っているはずだが、マッケンリーか兄さんかどちらかが押し込んだなこれは。
まぁトマの存在を広く知らしめるには絶好の機会であることは確かか。
やっぱり抜け目が無いなぁ。
「流石に両方を人数分は持ってこれなかったから、どっちか選んで取ってね」
すっかり客の捌けた露天の前で、それぞれが思い思いに手を伸ばしていく。
結局トマ入りの赤い方を取ったのはクロン、カズハちゃん、サリーネ、マリー。
いつも通りの料理を取ったのがアリア、アカネさん、そして俺。
俺はどちらでも良いと思っていたので最後まで手を出さなかったが、不意に目があったアカネさんが微笑みながら小さく頷いたのを見て、おそらくアカネさんも同じつもりでいたんだろうな。
結局残り2つになったいつも通りの料理を二人して手にとることになった。
正直、トマ入りの方はもう少し警戒されるかなと思っていたのだが、真っ先に手を伸ばしたクロンに続いてカズハちゃん、サリーネと続けてトマ入りを手に取ったのは予想外だった。
「あらぁ、結構美味しいわねぇ、これ」
「はい、さっぱりしてて美味しいです」
流石におっかなびっくりといった様子ではあったが、一口目を口にした二人の反応は悪くなさそうだな。
よくよく考えるとサバのトマ煮の件でアカネさんには試食もしてもらっていたし、どちらも美味しくいただけるとわかっていたからこその最後だったのかも。
「サバのトマ煮に近い味ですけど、もっと味わいが深い気がしますね」
マッケンリーか兄さんの差し金だとすればベースはトマ煮だろうから、味は近いものになるのは予想できる。
トマ煮には入れない野菜類が多く入っているから味付けも少し奥深いものになっているのかもしれないな。
トマ自体はサバのトマ煮の方も十分美味しいのだが、やっぱりメインはサバだからそちらに意識が行くのかもしれない。
これならトマも主役の一つとして活躍できるんだろう。
「こっちも普通に美味いな」
一方の俺が取ったいつも通りの方も決して悪くない味だ。
肉類が入っていないからかガツンと来る旨さは無いが、優しい味わいは食べ飽きないな。
……トマの方もちょっと気になるな。
「マ……クロン、そっちもちょっとくれないか?」
「ん?いいっすよー。ししょーのもちょっと食べてみたいっす」
いつもの感覚でマリーへと声をかけようとしたのだが、どうしてもその先が出てこず、逃げるようにクロンへと声を掛けてしまった。
トテテと寄ってくるクロンと皿を交換すると、早速いつもの方を口にするクロン。
「こっちも美味しいっすねぇ。トマが入ってる方も美味しいっすよね」
「あ、あぁ、そうだな」
クロンに合わせてそう返事をしてみるのだが、正直、全く味がわからなかった。
店で客を相手にしている時には普通に会話することが出来ていたとは思うのだが、こうしてマリー個人を意識してしまうとだめだ。
これを解決する方法は……一つ、だよなぁ。
「それよりししょー。そろそろ行かないとなんじゃないっすか?」
「おぉ、そうだった」
今日、俺が出る予定の芋掘り大会は大煮炊きが一段落ついたら城壁外の農耕地に集まる事になっている。
少々早いとは思うが、遅れるよりはましだろう。
「アカネさん、サリーネさん、カズハちゃん。お店の方、よろしくお願いします。わからないことがあればクロンかアリアに聞いてください」
「はーい、任せてください!クロンと一緒にしっかりやります!」
「お店の方は心配しないで、楽しんできてください」
「優勝ぉ、期待してるわねぇ」
三者三様の返事を貰って、屋台を後にする。
街の人との交流の場でもあるし、出ることそれ自体には意義があるとは思うんだが、正直もう芋掘り大会なんて気分では無い。
楽しめるかどうかは別として、一度出ると言ったからには出ないわけにはいかないよなぁ。
モヤモヤとした気持ちを抱え、街の雑踏も耳に入らぬままにトボトボとあるき出した。