後編。
あとがきに、千文字近くの追記あり。|∀・)+
「わたしは病気などではありませんっ!? お前もなんとか言ったらどうなんだっ!? リリアラぁっ!!!!」
喉が痛くなるまで叫んだが、近衛達の力には敵わず、自室へと軟禁されることになった。
会場を出るまでの間、皆から向けられた嫌悪の混じる視線が、そして近衛達にまでも汚いものを見るような視線を向けられたことがショックだった。
部屋には外から鍵が掛けられ、閉じ籠められた。三食の食事は出たが、内容は質素な物。世話役は全て男。それも、部屋に滞在するのは僅かな時間のみ。会話さえせず、用を済ませるとそそくさと出て行ってしまう。
まんじりとしながら数日が過ぎ、部屋に男がやって来た。
その男にはどこか見覚えがあり・・・
「では、殿下の診察を始めます」
という言葉で、気付いた。
この男は、リリアラが医者だと言って手配したあの怪しげな男だ。
父上の命令で来たということは、本当に医師だったらしい。
それから、男の診察を受けた結果――――
わたしの・・・病気が、発覚した。
リリアラが言っていた恐ろしい病気とはまた違い、症状も軽く、治療すれば治るものだった。
治療が済むまでは軟禁。そして、閨教育と避妊、感染症予防の知識を叩き込まれた。
部屋へ出入りするのは男ばかり。
強制的な禁欲の日々が続き――――
漸く部屋を出られたときには、あのパーティーから数ヶ月も経っていた。
父上に呼び出され、告げられたのは・・・
「ラスティード。其方を王太子から降ろすことにした」
「なっ!? どういうことですか父上っ!?」
思わず食って掛かった俺に、
「病持ちの者に王など継がせられぬ」
向けられたのは冷たい表情と声だった。
「びょっ、病気はもう治療済みでっ」
「無論、快癒したとの報告は受けておる」
「それならっ」
「ラスティード。其方が病を移した者は、何人いたと思う?」
「は?」
「其方が迂闊にも病を移され、無自覚とは言え、感染の媒介として病を撒き散らした人数は、優に三桁を越えている」
「へ? わ、わたしが関係を持った相手はせいぜい四十名程ですよっ!?」
「言ったであろう。お前が媒介した、と。身持ちの悪い娘と関係を持つからだ。愚か者め。お前に病を移されたと、慰謝料請求が数十件。全て調べ上げ、明確にお前が病を移したと思われる婦人には、お前の個人資産から慰謝料を支払っておいた」
「そんなっ!?」
声を上げた俺を、ぎろりと睨む父上。
「そして、お前が勝手に婚約を破棄し、衆目の前で恥を掻かせようとしたリリアラ・フォルテ嬢にも慰謝料と、名誉毀損の賠償金を払っておいた。無論、お前の不貞と病が原因で、王家が有責としてな」
「あの女のせいでっ、わたしはっ」
「フォルテ嬢をあの女呼ばわりするなど許さぬぞ!」
「っ!?」
「彼女の功績は大きい。病の蔓延防止策を打ち出した功労者だ」
「こ、公衆の面前であんな恥知らずなことを言った女ですよっ!?」
「フォルテ嬢を追い詰め、お前の言う、その恥知らずだという発言をさせたのは誰だ? 王族の暗殺を企てたとなれば、一家断絶の沙汰となる。彼女は、自らの身とフォルテ家を守ったに過ぎん。その結果が、これだ。お前に文句を言う権利があるとでも思っているのか? あのとき、フォルテ嬢の提言通りに場を改めていれば、このような大事にならず、秘密裡に処理できたものを。お前の評判は、すこぶる悪い。国民へと性病を撒き散らした、下の緩い王子として、酷く有名になっている」
「そん、なっ!?」
「そして、新しい縁談は軒並み断られている。一体誰が、そんな最低な王子に嫁ぎたいと思う?」
「わ、わたしはっ……」
「白の婚姻か、お前が去勢をするなら嫁いでもいいという家はあったが、どうする?」
「い、嫌ですっ!? そんなの、結婚する意味が無い。絶対に嫌だ!!」
「こんなことになるのだったら、もっとフォルテ嬢の嘆願へと耳を傾けておくべきだった。今更、遅いがな。お前の王太子位は剥奪とする。この、恥曝しめ」
父上の、酷く冷たい眼差しと言葉とが痛い。
こうして俺は、病気持ちの王子として離宮に幽閉されることになった。
✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰
離宮での日々は、部屋で軟禁されていた日々と似ている。
世話役は男ばかり。女は俺のいるこの部屋には、入って来ない。
そして、汚いものを見るような蔑みの視線。
病気は、とうに完治したというのに・・・
このような日々が続いて、俺は・・・
リリアラ・フォルテに会いたいと願い出た。
毎日毎日、何度もそう頼んで――――
ある日。リリアラ・フォルテとの面談の日時が告げられた。
それからは、リリアラと会える日を指折り数えて過ごし――――
カツン、と聴こえた足音に高鳴る期待。
この部屋には、男しか来ない。そこへ聴こえたヒールの音。
ゆったりとした足音に、焦らされるような焦燥感が募る。
早く、早く来いリリアラ! と、叫びたい衝動をどうにか堪える。
そして、カチャリとドアが開いた。
楚々とした装いで部屋へと入って来たのは、リリアラだった。
知らず、ゴクリと鳴る喉。
この部屋には、数ヶ月間ずっと男しか出入りしなかった。女の姿を見るのは、あの忌々しい屈辱のパーティーの日以来のこと。
以前のリリアラには全く食指が動かなかったが、今のリリアラからはいい匂いがする。そして、以前よりも断然肌の色艶が良い。
有り体に言えば、前よりもリリアラは綺麗になったように見える。
「り、リリアラ……」
久々に呼んだ声は、緊張のせいか少し掠れていた。
「呼び捨てにしないで頂けます?」
返ったのは、冷たい返事。
「それで、お話とはなんでしょうか? 手短にお願いします」
「っ……」
想像とは違うリリアラの態度に苛立つが、その怒りを抑えて口を開く。
「また、二人でやり直さないか?」
できるだけ優しい声で言うと、驚いた顔を見せるリリアラ。
「お前も、大変だっただろう?」
「っ!? ……そん、なっ……」
リリアラは今にも泣きそうな顔で口元を覆い、俺を見詰める。どうやら、言葉も出ない程に感激しているようだ。
なんたってリリアラは、俺が他の女に構うと嫉妬して一々小言を言って来るくらいに俺のことが好きだからな。きっと、あのパーティーのときだって、俺からの断罪を受けてショックで気が動転したのかもしれない。
俺はリリアラのせいで幽閉という憂き目に遭っている。先程からの態度だって酷く無礼だ。しかし俺は、広い心でリリアラを許し、妻に迎えてやろうじゃないか。
俺は、こんなところで終わる男じゃない。
リリアラが俺との再婚約を了承すれば、きっとこの幽閉生活から抜け出すことができる。
どうせコイツだって、パーティーであんなことを大声で言った挙げ句、王太子である俺に恥を掻かせて台無しにしたんだ。
そんな女に、まともな縁談なんかある筈がない。
まぁ、二度とあんな風に俺に恥を掻かせないよう、少々躾は必要だろうが・・・
「……やっと、顔面と家柄以外に取り立てて能が無い頭空っぽの馬鹿のクセにやたら傲慢な色惚けクズの病気持ち最低ドクズ野郎から解放されたっていうのにっ、今更復縁を求められるなんて冗談じゃないわっ!!!!」
「・・・は?」
なにやら今、不敬極まりない、酷い暴言が、リリアラの口から飛び出したような気がしたが・・・
きっと、気のせいに違いない。気を取り直して、できるだけ優しい口調で続ける。
「やれやれ、どうやら長期に渡る幽閉生活で、俺も少し疲れているらしいな。それで、式はいつにする? 状況が落ち着くまでは、お前を待たせてしまうと思うんだが」
「気色悪い妄想はやめて、いい加減現実を直視しては如何?」
俺の言葉が、低温の声に遮られる。
「な、なにを言ってる? お、お前は俺のことが好きなんだろっ? ずっと俺に寄って来る女達に嫉妬していたじゃないかっ!? 俺がお前と結婚してやってもいいって言ってるんだから、素直に頷けばいいだろっ!? 変な意地を張って、俺の気でも引きたいのかっ? そんなのは逆効果だぞっ!」
リリアラのクセに生意気なことを……
「ハッ、わたくしがアンタみたいな顔以外に取り柄の全くと言っていい程に無い、無能で傲慢なクズ男のことを好き? 冗談じゃないわ。心底から不快極まりない勘違いね。気色悪いからやめてくれないかしら? わたくしは、王命だから仕方なくアンタみたいな無能なクズ男の婚約者をしていただけです。女達に嫉妬? そんなのする筈ないじゃない。今まで一度として、そんな感情感じたことは無いもの。本音を言えば、アンタみたいなクズ男を引き取ってくれるなら、熨斗を付けて盛大にお祝いしてあげたいくらいだったわ。でも、王命だからどんなに厭で厭で厭で厭で厭だったとしても、縁が切れなかった。だから、せめて病気だけは移されたくないと思っただけよ。アンタみたいな下半身に忠実で、頭空っぽの節操無しの最低クズ男と結婚して、変な病気まで移されたんじゃ、それこそわたくしの人生惨め過ぎるじゃない。病気になんかなりたくないから、アンタの性欲をコントロールさせようとしたの。無駄だったけど、わたくしの自衛の一環よ。まぁ、それを勘違いしたアンタから婚約破棄をされて解放されて、漸く自由と心の平穏を手に入れたんだから、これ以上わたくしの人生を邪魔しないで」
ぞっとするような冷たい瞳と声とを俺に向けてそう言ったリリアラは、
「では、もう二度とお会いすることはないでしょう。失礼致します」
と、部屋を出て行ってしまった。
「ま、待てっ!? リリアラっ!?」
叫んだ声は黙殺され、無情にも扉の閉まる音と、ガチャン! と鍵の掛けられる重い音が、部屋の中に鳴り響いた。
俺の身を案じたという彼女の行動の全ては、自分自身の自衛と保身の為で・・・
リリアラは、俺のことが好きではなかった・・・
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――――こうして俺は、生涯幽閉の身となった。
なんでも、好色で誰ぞに病気を移された上、国民に病気を撒き散らした節操無しの元王族として、貴族や国民への反面教師にする為、生かしておくのだとかで――――毒杯を賜ることはないらしい。
飼い殺しというワケだ。
王家最大の生き恥。色欲で身を滅ぼした王太子ラスティードとして、歴史に名が残されるそうだ。
これから一生、民にそう思われて生きていかなくてはならないらしい。
最初は怒りと屈辱で頭がおかしくなりそうだったが――――ここに来るのは、感情を表に出さないよう徹底された男の使用人達のみ。
他には……俺を笑い者にしようとする者さえ、誰もここには来ない。来て、くれない。
退屈で退屈で、仕方ない。
使用人達は、必要最低限の口しか利かない。俺との会話を厭っているような気がする。
新聞や書籍などの入手を禁止されていないのが、唯一の救いと言ったところか。
リリアラはあれから修道院に身を寄せながら、性病の感染予防と病気の恐ろしさについての啓蒙活動に励んでいるらしい。各地で講演会を開いたりして、あちこちを飛び回っているのだとか。
その活動が評判のようで、求婚されることもあると聞いたのだが・・・
リリアラ曰く、
「あんなのを間近で見て来て、それでも結婚に夢を見る程、わたくしはお花畑な頭はしておりませんわ」
とのことで、独身を貫いているようだ。
あのとき、リリアラに婚約破棄を叩き付けなければ、俺は社会的に抹殺されることもなかったのだろうか・・・?
リリアラの諫言通りに節制していれば、王太子のまま、いずれは国を治めていたのかもしれない。
全ては、今更だが・・・
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
ということで、『俺の暗殺を企んでいる(と思しき)婚約者に婚約破棄を叩き付けたら社会的に抹殺されたっ!?』終わりました。
読んで頂けたのなら、ガッツリ下ネタあり。けれどエロは無い。の意味がわかると思います。
ラスティード王子が馬鹿でしたねー。(笑)
浮名を流し捲っている男の話はよくありますが、「コイツ節操無さ過ぎ。絶対病気でも持ってんじゃね? 女性はこんな男と結婚したいか?」という風に思ったことがきっかけでできた話です。
婚約破棄のざまぁものではあんまり見ない感じの、微妙にリアルっぽい感じになったような気がします。公衆の面前で、ある意味公開処刑。(笑)
若干オーバーキルのような気もしないではないですが、リリアラ嬢にとっては一族郎党処刑の回避と、ラスティードと縁切りのチャンスだったので……まぁ、自業自得ですね。
ちなみに、ラスティードの名前はズバリ色欲のラストから取りました。リリアラはなんとなくですね。
そして、作中で恐ろしい病気とリリアラ嬢が言っているのは、梅毒を参考にしています。
梅毒は、早期に発見して治療すれば治る病気ですが、人によっては罹患していても無症状、無自覚で数十年もの間潜伏期間があったり、あせもや皮膚病のような症状で、自分が梅毒だと気付かず、何人もの人へ病気を移し続けると言った至極迷惑な人もいるそうです。
そして、梅毒の菌が脳にまで回ると認知症のような症状が起こることもあるそうです。けれど、梅毒とは気付かず、認知症など別の病気として治療を続け、亡くなってしまうというケースも……
また、途中で梅毒だと気付いて梅毒の治療を開始して、梅毒が完治したとしても、それまでに低下してしまった脳機能が回復することは難しいそうです。
他にも色々と恐ろしい病気があるので、感染してしまわないよう、特に女性は望まぬ事態を引き寄せないよう、呉々もお気を付けください。
性病感染のリスクは男女共にどちらも同じですが、感染後の重症化のリスク、妊娠、子宮頸がんになってしまうなどと言ったリスクは、女性の方が何倍も高いという不条理な実態があります。自分の身を守るための自衛は、本当に大事です。ご自愛ください。
そして梅毒、HIV、エイズなどの検査は全国の保健所などで無料、そして匿名でできるそうなので、もしかして……? と思ったら、すぐに検査することをお勧めします。これらの病気は治療せずに放っておくと、死に至るような恐ろしい病です。
ラスティード父である国王と、リリアラ父がどうなったかという補足します。
国王はラスティードの王位継承権剥奪後、色欲王子の父親として、めっちゃ笑われてます。そして、病気持ちではないかと疑われたり、過去の恋愛遍歴が色々と暴露されて、赤っ恥。更には、在位期間が延びたので、笑われながらもラスティードの弟が成長するまでは、踏ん張って国王を続けました。
リリアラ父はリリアラが修道院に入り、病気予防の講演会などで高名になるにつれ、そんな娘を手放した無能のレッテルを貼られて居たたまれないことに。そしてリリアラに帰って来るよう説得しても、無視される……という感じです。
なかなかざまぁになっていると思いますが、如何でしょうか?
追記。ラスティードをなぜ毒杯や処刑にしなかったのか? という質問を幾つか頂いたので、理由の説明を。
ラスティードを幽閉処置にした理由としては、国王の親心もありますが。
生き恥を晒し続けさせ、国民の反面教師として利用することが目的の一つ。
そして、最大の理由としては、性病を広めたからと言って王太子の処刑をすると、そもそも王太子に病気を移した者は? と、犯人探しをせざるを得なくなるからです。
一番悪いのは節操無しのラスティードなのですが、立太子も済ませている王太子ですからね……第一王子だと知っていて誘いに乗った女性もいますし。
犯人探しをするとなると、少なくとも数十名、多いと数百名程が一気に処刑。そして、魔女狩りの様相を呈して来る……と、国王は瞬時に思ったワケですよ。
貴族婦人、平民女性、区別無く数十から数百名も一斉処刑。更に、女性達に移したと思われる男達も探して……となると、処刑人数が膨れ上がって国が立ち行かなくなるのも必至。
国が傾き、酷く恨まれるという恐怖しかない凄惨な事態に……ヽ(;゜;Д;゜;; )ギャァァァ
それを避け、リリアラの提言を政策にして、『みんなで一緒に治療したら恥ずかしくない!』と、国策として治療、防疫に舵を切ったのは、本当に英断だったと思います。(笑)
島流しや辺境行きなどにしなかった理由としては、あんなんでもラスティードは一応王族の血統ですからね。本人も、『俺はこんなところで終わる男じゃない』と思っていた通り。アホが担ぎ出されて国が割れてしまう可能性があるので、目の届く範囲で徹底的な管理をしています。
そのお陰で、血の雨が降らずに済みました。( -`д-)=3
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。