鬼に牛乳
視点:朱音
鬼ヶ島小学校6年1組には暗黙のルールがある。
給食で余った牛乳は、争奪戦をするまえに私とカティアが貰ってもいい。
私とカティアだけの特権だ。
カティアは外国人の女の子で、銀髪に真っ赤な目をしている。
笑うと吸血鬼特有の八重歯がちょっぴり見え、可愛らしい。
吸血鬼は血を吸う。
けれど今時の吸血鬼には血の味がダメな子も多く、カティアみたいに牛乳を血の代わりに飲んでいることもある。牛乳は血からできているので、問題ないらしい。
給食の時間になると、カティアはストローで牛乳をちゅうちゅう吸っている。自分の分と、特権でもらった分を飲んでも足りないらしい。
いつも争奪戦に参加している。
私も人のことを言えない口だ。
自分の分と、特権で入手した分だけじゃ足りず、争奪戦の常連と化している。
私とカティアが争奪戦に参加すると、男子生徒は顔を赤くして辞退する。女子生徒は譲ってくれた。
なんの苦労もせずに牛乳を手にいれた私たちは、席に戻ってストローを咥える。
それがいつもの日常だった。
ある日のことだ。
転校生がやってきた。
人間の男の子、名前はダイキと言うらしい。
大に樹でダイキ。
彼は明るくて、クラスにすぐ溶け込んだ。
暗黙のルールも理解してくれた。
そして給食の時間、争奪戦で私とカティアに挑んできた。カティアの気持ちは解らないけれど、私はちょっぴり嬉しかった。取り分が減るかもしれない。それでも、普通に挑んでくれたことがなによりも嬉しかった。
けれど、
「ダイキ君。男の子だから、私とカティアさんに譲ろっか。牛乳、二つしかないし。ねっ?」
「嫌です」
女性教師の提案を、彼は迷うことなく断った。
転校して間もないクラス。私だったら悪目立ちしたくないので引いてしまう。
なのに彼は自分の主張を貫いている。
牛乳が好きなのだろうか?
それとも、私やカティアみたいに飲まないといけない事情があるとか?
「朱音さんとカティアさんはほら、牛乳をいっぱい飲まないといけないし。ダイキ君は牛乳を飲まなくても困らないから、ねっ」
「嫌です」
「牛乳が好きなんだね」
「嫌いです」
「じゃあ、飲まなくてもいいんじゃ……」
「飲まないといけない理由があるんです」
「その理由、先生に教えてくれるかな?」
「嫌です」
「教えられないなら、ダイキ君の参加を認めません」
教師の職権乱用によって、彼は牛乳を手にすることができなかった。
◆◆◆◆
視点:カティア
鬼ヶ島小学校6年1組には、暗黙のルールがあります。
余った牛乳を、私と朱音さんが優先的に頂戴してもいいというルールが。
朱音さんはいわゆる鬼で、ツノが生えています。
ツノにカルシウムをもっていかれるので、骨粗しょう症になって倒れるんだとか。
なのでカルシウムを取るため、牛乳を飲まないといけないらしいです。対する私は吸血鬼。牛乳とは縁遠いように思えますが、牛乳や母乳は血からできているので意外と飲めます。
私の世代より少し上から、血の味が無理になって牛乳を飲むようになったそうで、それに伴って吸血鬼は牛乳も飲むと理解が進みました。
ちなみにですが、みんなは一つ誤解をしています。
血が飲めないから牛乳を飲んでいると思っているようですが、実は血が大好物です。
なのに牛乳を飲んでいるのはなぜか?
俗説ではあるのですが、カルシウムをたくさん取ると胸が大きくなるんだそうです。はい、俗説です。根拠ゼロです。それでも、胸がぺったんこな私は希望を抱いて牛乳を飲むわけです。
そんな理由、人に話せるわけもなく。
私は血が嫌いな吸血鬼を演じるしかないのです。
そんな私は、ダイキ君がかなり気になるのです。
転校生の、牛乳を飲みたい理由を話せないダイキ君です。
私と同じように、彼も言えない事情があるのでしょう。
でも彼は人間。
吸血鬼や鬼ではないだけで、牛乳をそこまで飲まなくてもいいと周囲から思われてしまう。
かわいそうに。
吸血鬼に生まれてきて良かったと、このときばかりは思います。貧乳に生まれたのは余計ですが。
ともかく、ダイキ君には私の胸のために今後も我慢していただかないと。
そんなことを考えながら、ストローを使って牛乳をちゅうちゅう吸う。
◆◆◆◆
視点:ダイキ
鬼ヶ島小学校6年1組には、不条理なルールがある。
給食で余った牛乳を、朱音さんとカティアさんが優先的に貰えるというルールが。
二人とも牛乳を飲まないといけない理由がある。それには納得しているけど、それでも余った牛乳を全部飲んじゃうのはおかしい。
二人が必要な摂取量は牛乳パック二個で良いのだから、それ以上飲むのは傲慢だ。
先生は女子だからと問題にせず。
クラスの男子は可愛いからと見過ごし。
クラスの女子は二人の味方をし。
朱音さんとカティアさんは目も合わせない。
クラスメイトも先生も普段は優しい。けれど、給食のときだけは僕が間違っているような目で見てくる。
外からやってきた僕がルールに従うのが田舎だと当たり前なのかもしれない。でも、僕だって牛乳が飲みたいんだ。
ずっとチビなんて嫌だから。
わかってる。牛乳を飲んだところで身長が伸びるわけじゃない。でも、やれることがあるのなら試したい。
家でも牛乳は飲んでるけど、足りないんじゃと不安になる。だから給食でもいっぱい牛乳を飲みたい。
けれど、6年1組は許してくれない。
飲みたい理由を話さないと、じゃんけんに参加させない。
だからって、素直に話したところでどうなる?
牛乳を飲まなくたって生きていける僕が身長を伸ばしたいのと、生きるために牛乳を飲む朱音さんとカティアさん。
先生もクラスメイトも比べるに決まってる。
そして、素直に話した僕を笑うんだ。
だから言いたくない。
給食の時間がくると、じゃんけんに立候補しては先生に理由を聞かれては答えられずに席に戻る繰り返し。
今日も給食の時間がやってくる。
朱音さんたちが牛乳を取っても余りが出たらしく、じゃんけんすることになった。
参加者が募られる。
僕は立たなかった。
すると、
「諦めたの?」
朱音さんが声をかけてきた。
シャツに体操服の短パン姿。
ストローを噛んでいるのは癖だろうか。
「無駄だから」
「参加するのが?」
「そう」
「転校生にとって牛乳はその程度のものだったんだ」
「煽ってる?」
「煽るのに良さそうなのがいたから、つい」
「朱音さんにはわからないよ」
「当然でしょ。転校生がなにも話さないんだから」
「話したら、笑われる」
「それって笑えるような理由だから、それともバカにされるとか?」
「……バカにされるから」
話さないと言ったはずなのに、彼女の言葉に答えてしまっている自分がいた。
クラスメイトたちが僕を見ている。
「私も笑われてきたんだ、知ってる?」
「……嘘だ」
「本当だって。ツノにボールが当たっただけで倒れてさ、弱って笑われたし。牛乳臭いとか言ったの覚えてる?」
朱音さんが男子生徒の一人に声を見る。
男子生徒は気まずそうに頷いた。
「ほらね」
「……」
「笑わない、約束するから教えてよ」
僕は拳を握った。
笑ったら殴ろう。
女子だろうと容赦なく。
ツノに一撃を食らわせてやろうと意気込みながら、口を開いた。
「身長を伸ばしたくて、だから牛乳が飲みたいんだ」
――チビだもんな。
誰かが言った。
すると朱音さんは、僕の牛乳を手にとって声のした方に向かう。そして、一人の男子生徒に牛乳をかける。
「私って牛乳が大好きなの。牛乳のかかったものならなんでも美味しそうに見えるほど」
彼女の舌なめずりに、男子生徒は震えることしかできない。
「身長のことで転校生を笑ったらさぁ、私が食ってやるからな」
踵を返した彼女は自分の席に戻って、飲みかけの牛乳をもってくる。
「転校生の牛乳ダメにしたから、代わりに私のあげる」
「あ、ありがと……」
「な私が悪いのになんで感謝?」
「いや、怒ってくれたから」
「あー、そっちね」
彼女は気恥ずかしそうに目を逸らす。
さっきまで鬼の形相だった人とは思えない。
「それより、じゃんけん参加するよね? 理由も話したんだし」
「……」
手を引っ張られて、争奪戦のメンバーに加わる。
といっても参加者は朱音さん、カティアさんと僕の三人だけ。
そして、クラスメイトに牛乳をかけた朱音さんは先生から怒られてじゃんけんを辞退。
残ったカティアさんも辞退を宣言。そして、僕の耳元に顔を近づけてくる。
「タイガ君にだけ打ち明けるけど。実は血の代わりに牛乳を飲んでいるじゃなくて、胸がおおきくなりたいから牛乳を飲んでたの。私だけずるい思いをしてごめんなさい」
カティアさんが言わなかった気持ちも理解できるので責めはしなかった。むしろ、僕が勇気を出して発言したことで、カティアさんが打ち明けてくれたことがなんだか嬉しかったくらいだ。
この日をきっかけに、朱音とカティアと仲良くなった。
互いの家に遊びに行くと、牛乳を飲みながら遊んだ。
残念ながら僕の身長と、カティアの胸は大きくならなかったけれど。
三人でいると、身長のことは不思議と気にならずに済んだ。
それはカティアも同じらしい。
逆に朱音のツノはすくすく育っている。
牛乳は身長を伸ばしてくれなかった。
けれど、二人の友達を作るきっかけになってくれた。
読んでいただき、ありがとうございました。