九話 ヒーローの私的な記念日はいつもこうなる その3
コンサートホールを追い出された私達は、とりあえず輝ちゃんを探す為にホテルを回ってみる事にした。
本当は、手分けしてって口実で別れてナムサンに変身するつもりだったけど……造ちゃんは一人は危ないからダメって言うから、二人で回る事に。
その心配は、多分正解だった。ホテルのそこかしこにいるゾントは、見かけただけでも二十体くらい。出口を見張ってるやつと、ホテルを巡回してる二組に別れてる。
みんな、チャームフェイスが私達に言ったのと同じ録音の指示を口にしながら、銃を持ってた。
危険だけど、数は多くない。当然ビルをまるごと制圧出来てはいないし、逃げようと思えば、逃げることも出来そうだけど……多分、みんな最初の一人になることを怖がって動けないんだ。
仮に逃げ出せたって、それは今バレなくても後で絶対にバレる訳だし、そうなったらどれだけの非難を浴びることか。
出られるかも知れないのに出れないって、状況な訳だから、当然みんなの心もささくれる。喧嘩に口論もいっぱい見たし、私達に意味もなく突っかかってくるのもいた……造ちゃんがやっつけたけど。
ちょっと疲れた私達は、ひとまず休んで状況を確認しようって事にして、地下以外にはまだ行けるエレベーターを使ってラウンジに戻ったら……物凄いしかめっ面でスマホを眺めている輝ちゃんを見つけた。
「輝ちゃん!」
「……すみれ! 春永! 無事だったのね!」
おでこで人を噛み殺せそうな顔だった輝ちゃんはパァッと笑顔になって、私達に駆け寄って私の手を掴んだ。
「よかった……コンサートホールにチャームフェイスが出たって言うし、そこかしこからゾントが出てきてあのワキガ野郎の寝言を垂れ流すし……すみれ、大丈夫? 変な事されてない?」
「あはは、私は大丈夫だよ……ちょっと絡まれちゃったけど、造ちゃんがなんとかしてくれたし」
「……今の俺には、その位しか出来ねーからな」
「十分よ、すみれ守ってくれてありがとね」
普段の調子なら『野郎なんだから無事で当然でしょ』くらいは言うんだろうけど、輝ちゃんは素直にお礼を言った……結構、参ってるな。
とりあえず、輝ちゃんを少しでも安心させたかったし、疲れたし、輝ちゃんから見た状況も知りたかったから、ちょっと休んで話す事になった。
席なんてないから、せっかくのワンピースだけど、床座り。造ちゃんはジャケットを敷くって言ったけど、断った。私、テンションがちょっとヒーロー寄りになってきてるな。
「それで、輝ちゃん……なにか解ったことある?」
「んー、自分で見たほうが早いかもだけど……まず、アレね」
窓の外を覗いてみれば、下にはたくさんパトカーが来てて、救急隊が待機してる。
……スマホ取り上げてる訳でもないし、流石に通報は誰かしてるか。
「とりあえず警察は動いてて、現在チャームフェイスと交渉中だってニュースになってる」
「交渉って、野郎は何を要求してるんだ?」
「現金十億を指定した相手に引き渡せって、じゃないと美術品と観客を片っ端から台無しにしてやるってさ」
「……指定した相手って、ヴェルゼ・バンカー?」
「ビンゴ、すみれ、よく知ってるわね。連中はあんまりニュースにもならないのに」
「創作者はいろいろ資料を集めるから……」
私はちょっと苦笑いを浮かべて誤魔化した。ヴェルゼ・バンカーが動いてるなら、現金十億は決して非現実的な身代金じゃない。
『ヴェルゼ』って正体不明の何かが運営してる闇の銀行なヴェルゼ・バンカーは、振り込み額の一割と引き換えに、口座への振り込みを直接受け取るサービスもやっている――要するに、悪党専門の振り込み業者、世界の地下で蠢く地下銀行だ。
連中のエージェントはとにかく強いし、テレポート能力を持ってる奴も多い。人質がどうなるかわからないって状態だと振り込まない訳にはいかないし、数え切れない事件であいつらに身代金は持ち逃げされて、事件が解決しても帰ってこない。連中に預けられたお金が世の中に出てくるのは、口座の持ち主がシャバに出てきてエージェントが再接触したときだけだ。
「それで、あのツルピカ仮面は逃げ出す足に付いてはなんか言ってるのか? 航宙自衛隊かエルガンドシティからUFO持って来いとか」
「あんたバカ? そんなの要求するなら十億なんて要求するワケないでしょ。その二つ、他所の国持ってったら出すの十億じゃ利かないわよ……これまでの貯金か、十億の一部を使った後払いかで、小型のポータルでも宇宙人から買ったんじゃない?」
「ポータルか……」
ポータル――いわゆる、転送装置は地球では実用化してないし所有そのものが違法。でも、地球外で開発された物が持ち込まれてるのは日常茶飯事。
ミリオン・デザイアみたいな宇宙人マフィアが地球の災厄存在と取引するなんて珍しくもないし、チャームフェイスが持ってる可能性は十分にある。
別荘帰りでお金目当ての人質事件、脱出手段は確保済みで、身代金受け渡し手段も用意済み。チェックメイトって感じだ。ひっくり返せるとしたら……
「……それで、ヒーローはどうなんだ?」
造ちゃんの言葉は、私の胸を締め付ける。
「円卓同盟や公認には招集かかってると思うけど……難しいと思うわ。ドリームマンも帰って来てるし、チャームフェイスと哀れな被害者達だけなら彼一人でどうにでもなるだろうけど……」
輝ちゃんは、横目でラウンジの前を歩いてるゾントを見た。
「あの鉄屑共がいるからね」
「それに、ホテル中に人質が分散してるのもあるし……」
「すみれ、正解……」
とても重い溜息を、輝ちゃんは付いた。この状況を単独で解決するのは、私だって無理だ。
……ドリームマンなら、一秒も掛からずにゾントを全部壊して、チャームフェイスを鎮圧する事は出来る。
でも、それだけのスピードを出して動けば衝撃も起きるし、衝撃を考えなくても丁寧に廊下を走ったりしたらチャームフェイスに対処の隙を与える事になる。
天井を抜いて入った時に下に人がいたら危ないから、当然その辺も考える事になっちゃうし、タイムロスは間違いなく起きる。
ゾントがホテル中にいるのも、ある。結局、ゾントが人質に引き金を引くか、チャームフェイスが人質に自死を命令するか、どっちかは阻止できない。
……ドリームマンが介入したって知った瞬間に、チャームフェイスは最後の嫌がらせを絶対にする。それが解っていて、来る人じゃない。
「つまり、助けは来ねえし、ツルピカ仮面の作戦勝ちってことか」
造ちゃんが悔しそうに言った――その通りだ。
強行突入をしたら絶対に死者が出る状況だから、警察は間違いなく公認を突っ込ませない。円卓同盟ならどうにか出来るけど……どうにかするために必要なヒーローは、こうして何も出来ない状態。きっと、家に置いてある転移装置は、招集の警告音を鳴らしまくってるに違いない。
私、……スーパーヒーローなのに。正体がバレた時が怖くて、自分可愛さで変身出来なくて、やくたたず。
ちょっと辛くて、気が紛れる訳でもないのに周囲を見たら、巡回してるゾントが動きを止めてた。
もしかして、交渉が成立して開放される? そんな期待は、流れ始めたチャームフェイスの声に搔き消された。
『さて、人とモノの皆々様、おもに皆様にとって残念な事に交渉が長引いている。諸君の命には十億の価値がないようだ。ならば、仕方がない、私、チャームフェイスは身代金を一億値引く事にする――ただし、私の中で諸君ら全員の命に十億の価値がある事には変わらない。ならば、十億の価値から九億の価値に下がるまで、人質の数を減らさねばならない――残念だ、残念だよ』
そして、ゾント達が一斉に私達を向いて、銃を向けてきた!
『では、まず一体に手当たりしだいを命令した。運が悪い方々は、ご愁傷さまだ。では、十秒後に始める』
不味い、どうかしないとなんとかしないとすぐに変身しないと造ちゃんも輝ちゃんも私もみんな――解っていても、私の全てがなくなるのが怖くて、変身できなくて、私、何も、できないまま――なんて、思っていた時、輝ちゃんが立ち上がって、カバンから――棒を取り出して、ゾントに投げつけた!
思いっきりって投げ方じゃない、ちゃんと訓練した直打法――手裏剣術だ。
投げた、ううん、打たれた棒は回りながらゾントにぶつかって、バチィ!って火花を散らして、ゾントは動きを止めた。
「輝ちゃんなにそれ!?」
「スタンガン内蔵してる特注の寸鉄!」
そんなの持ち歩いてたんだ……びっくりしてる私達の前で、ゾントは動きを止め――ない!?
「くそっ、職務質問なんて警戒するんじゃなかった……」
寸鉄の時点で捕まるよ、なんて言う間もなく、チャームフェイスの新しい声が響いた。
『well, well, well……(おやおやおや……)』
くぐもった様な、嘲るような笑い声。あいつが、女に向けるたった一つの笑いだ。
『撃つと言った途端に抵抗か、しかもメス如きが。豚とすら交わる道具の分際で』
「あーら、生身の女に愛されないのが辛くって、ゆで卵みたいなマスク越しにしか他人と向き合えないヘタレが偉そうに言ってくれるじゃない」
輝ちゃんは負けずと言い返してる――チャームフェイスの態度からして、ゾントと視覚は共有してる。変身してたら、あいつにもバレてた。
けど、しなくて良かったなんて言える状況じゃない、このままじゃまず輝ちゃんが……輝ちゃんが!
「それに、今のあんたはその豚とすらヤれるか怪しいわね。この前夜天にとっ捕まった時、骨と一緒に金玉ぶっ潰されたんだって? ねぇ、教えてよ、島で代わりを入れて貰ったのか それとも使い道のない金玉を治して貰ったのか」
『……ああ、教えてやろう。お前の身体でな』
チャームフェイスの言葉には、物凄い怒気があった。
『では、今すぐに私の――』
「やなこったバーカ!」
輝ちゃんは全速力で、私達の元から――ラウンジから走り出した。
上手い、『私の元に来い、来なければ皆殺しにする』なんて言わせたら輝ちゃんはもう逃げれないし、チャームフェイスはこのラウンジにいる人達に輝ちゃんをリンチさせたかも。
でも、真っ先に逃げ出しちゃえばチャームフェイスは人質が通用するか判断できないし、しなかった時は自分を舐めきった相手をホテルから逃がす事になりかねない。
『メスめ、逃すか!』
だから、チャームフェイスはここにいるゾントに輝ちゃんを追わせる。
自慢の健脚で風の様に走り去る輝ちゃんを、ゾントは重苦しい金属音を立てながら追っていく――銃声を散発的に鳴らしながら。
そして、銃声が遠ざかるに連れて、生まれるざわめき。混乱
輝ちゃんを称える声、バカみたいと嘲る声、俺たちまで死にかけたと責める声。
大慌てで叫ぶ人、ここは危ないと逃げ出す人も一杯。
いろいろあるけど、全部どうでもいい。輝ちゃんが危ない。
多分、チャームフェイスは沢山のゾントに輝ちゃんを追わせてるはずだ、あいつは女にバカにされる事を何よりも嫌うから、絶対に逃がそうとはしない。
そして、捕まえたら……多分、見せしめにするんだろう。もう、迷ってる場合じゃない、今すぐ――
「スミ」
「え?」
声を掛けられて造ちゃんの方を見ると、造ちゃん、すごく険しい顔してた。
「大黒の事は心配するな――俺がどうにか手を貸してみる」
「手を貸すって……無茶だよ!」
造ちゃんはケンカ強いけど、それでも人間として強いってだけ。武装したアンドロイドを壊したり、輝ちゃんを逃したり出来るわけ……!!
「心配すんな、いいか、スミはここ動くなよ!」
そう言うと、造ちゃんは輝ちゃんを後を追って、走っていった。ああもう、バカ!
でも……輝ちゃんも、造ちゃんもいない……周りに見ている人もいない、みんなそれどころじゃない。なら!
私は、まず、左手を拳に握って筒を作って、右の掌で蓋をするように被せる
――隠形印、摩利支天さまの力を借りるための印。そして、真言を小声で唱える。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・オン・マリシ・ソワカ」
私からは何も変わって見えない――けど、周囲から私の姿は認識できなくなっている筈だ。
摩利支天さまの功徳は、邪なるものから姿を隠す隠形の加護。私が私の時に使える数少ない功徳で、人混みで姿を隠さなきゃ行けない時にはすごく便利。。
誰からも認識されなくなった私は、人混みに交じるように走って、人気も監視カメラもない場所にいく。
――そして、両手を合せ、唱える。
「――ナムサン!!」
神秘の言葉を唱えると私が私ではない私に変わる、神仏の加護が私に宿る。
誰にも見られない中で、私の服が戦うための装甲服に変わる。
誰にも見られない中で、私の身体の力強さと質量が増す。
誰にも見られない中で、すみれが消えてヒーローが現れる。
「――ナム、参上」
私は、私ではない声で、ヒーローとしての自分を初める掛け声を出す――準備完了。まずは、追われてる輝ちゃんを探さないと!