表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

⑧芽生える狂愛(天黎視点)

 霊場(れいじょう)を出てからの日々は最悪だった。

 空気、食べもの、それにたくさんの人間が(はな)つ負の感情のエネルギー。

 僕の身体は、それに耐えられるほど頑丈じゃない。

 霊場にいたからこそ、生きてこれたのだと痛感させられた。


 五十歳になる僕は、だいらい三十歳くらいまで意識も(おぼろ)で、寝たり起きたりを繰り返していた。二十歳になった年から成長が止まり、三十を過ぎてからやっと、普通に生活を送れるようになった。

 そんな僕にいつも会いにきてくれていたのが、陸來(リクライ)


 陸來は、身体の弱い僕のことを(いたわ)ってくれた。

 寝てばかりで精神的にも成長が遅かった僕は、周りからも距離を置かれていた。

 陸來だけ、彼だけが僕に心からの笑顔を向けてくれたんだ。


 僕はこれまで家族と過ごすよりも多くの時間を、陸來と一緒に過ごしてきた。

 僕は陸來のことを知っているし、陸來だって僕のことを誰よりも知り尽くし、理解を示してくれる。

 お互いが唯一無二の存在。魂から安息を得られる相手。まるでもう一人の自分。

 世界中探したって、陸來のような人はいない。

 陸來にとっても……。

 

 ――だから僕は、陸來が迎えにきてくれると思っていた。


 こんな霊場の外に放り出されて、僕が平気なわけないだろう。

 そのうち心配した陸來が「天黎(テンレイ)大丈夫か? もう帰ろう」と言って、今にも(しお)れそうな僕を迎えにくるはずなんだ。


 なのに……一年経っても陸來はきてくれない。


 何故だ。

 おそいよ陸來。来てくれると信じてるのに。

 僕のことなんてどうでも良いのか?

 例え友情だったとしても、好きだって言ってくれたじゃないか。

 それなのに、なんで……。


(僕は、本当に、もう死んでしまいそうなのに)


 身体に力が入らない。

 こっちの食べ物はどれもこれも僕には合わなくて、食べても吐いてしまう。

 水もだ。

 純度の高いミネラル……鉱物を含むものが極端に少ないのだ。

 植物も鉱物も、神々が人間界にもたらした恩恵だというのに、どこまで歪めれば気が済むのだろう。

 あまりにも(おろ)かだ。


(いや、愚かなのは……僕もおなじか……)


 こんなふうに衰弱していくことを、父上はきっと知っていたはずなんだ。

 それでも僕を霊場から放りだしたということは、きっと僕の「死」を望んでいるということだ。

 今さら気付くなんて……。

 愚かだ……。

 

 僕は暗闇のなかで目を閉じる。

 遠のいていく意識。

 

「陸來……どうして来てくれないんだ?」


 もう駄目なんだ。

 助けて陸來……。

 はやく、きみのもとへ行きたい。

 きみに抱きしめられたい。

 愛してるんだ……。


 心のなかで哀しみと愛しさが、恨みや虚しさまでもが混濁し、やがて一粒の「種」となって膨らみ、(はじ)けた瞬間、僕は唐突に目醒めた。


 ――陸來に僕の本当の想いを伝えなければ……と。


 どうして迎えにきてくれないか、なんて決まってる。

 僕は結婚相手を探しにここにいるんだから。

 陸來は、僕に好きな人ができると思ってるんだ。

 僕のことがどんなに好きでも、僕に好きな人がいたなら、陸來はきっと遠慮して迎えになんか来れないはずだから……。

 僕たちは、お互いの幸せを誰よりも望んでるんだから。


(それに……陸來は、僕が「男」を本気で好きになるなんて、思ってないかもしれない)


 いくらお互いが魂から惹かれあっても、「性」において、求めてはいけないと頭で決めつけている可能性だってある。

 ――なんであの時、僕はちゃんと伝えなかったんだ……!

 僕は「男」の陸來を愛してるのに。

 きみだって、僕が「男」でも本当は構わないだろう?

 

(だとしたら、何がなんでも、僕は霊場に帰らなきゃ……)


 陸來が待っている。

 早くそばにいって、安心させてあげないといけない。

 僕の身体は枯れ落ちるだろうけど、それは今じゃなくて、陸來の腕のなかだ。

 それまで、絶対に、命を繋がらなければ。


 僕は眠り、夜が明けると、慣れない服を着て外へでた。

 ――なんでもいい、何か食べなければ。

 このままじゃ、霊場に行くまえに力尽きてしまう。


(ああ、それにしても今日は、風が気持ちの良い日だな……)


 暖かい陽射しは、陸來の体温のようで、僕の心は慰められた。

 ふと、流れてくる風の中にとても浄らかな気配を感じた。

 霊場の植物と同じ薫りだ。

 吸い寄せられるように僕の足は動いていた。


 ――ミツバが風に揺れていた。


 霊場の山にあるミツバより、色が淡いけれど、とても清浄な生気……。

 迷わず僕はその葉を千切って食べる。


(美味しい。ああ……充たされていく……)


 少しずつ身体に力が戻ってくるのが分かる。

 多分、このミツバは、特別な「浄化の力」を持った、誰かの手によって栽培されのだろう。

 悪いと思いながらも、飢えには抗えず、夢中になってミツバを口に運んでいると声を掛けられた。


「ねえねえ、名前は!?」

「めちゃくちゃイケメン! 彼女さんとかいるんですか〜?」


 名前だけ、「天黎」と名乗った。

 それから思い立って、このミツバのことを訊いてみた。


「この花壇の野菜は、後輩のムギト君が育ててるんだ〜!」

「そうそう、ムギト君、貧乏学生だから!」


 ムギト君……。

 彼はきっと、僕たちと同じ「長寿」の血をひく人間に違いない。

 ――これは運命だ。

 彼の力を借りることができれば、僕は霊場に戻れる。

 そうすれば、陸來にも会いに行ける。


 僕はムギト君に会うことにした。

 

 

お読み頂き有難うございます!


次からはまたムギト(生人)視点に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あら〜。 病んでますなぁ〜てんさん……。 箱入り息子さんめ〜。 精神年齢は止まるの見本だなぁ。 むぎさんの活躍に期待します笑。
[一言] ムギトくんが陸來さんかと思いきや、別人でありましたか…… しかし、天黎さんたら……急展開!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ