⑥長寿
「最初に、ひとつだけ言わせて――」
天黎が、衝撃を受け、言葉を無くしている俺に向かって言った。
「きみも、きみのご両親も、そして僕も……ちゃんとした人間だよ」
「!」
「そんなに怖がらなくてもいいんだ。僕は小さな頃から身体が弱かったし、きみだって、そのうち病気に罹ることくらい、あるんじゃないかな……」
「そう……なのか?」
「うん。ただ僕らは「長寿」なだけで、あとは普通の人間なんだよ」
――長寿なだけっ!?
それな、全然普通って言わねーし……!
天黎が五十歳とか、俺はいまだに信じられないでいる。
「じゃあ、父さんと母さんが、ずっと若いままだったって言うのは」
「そう。僕たちのような「長寿」の人間はね、ある時を境にして、見た目の変化が無くなるんだ。僕もそう。だからムギト君のご両親が若いままなのは、そういう理由……。結構いるんだよ。日本にも外国にもね」
そうだったのか……。
天黎はひとつひとつ丁寧に説明してくれる。
だからよけい疑問に思ってしまうんだ。
(……どうして、父さんと母さんは教えてくれなかったんだ?)
こんなに大事なこと。
それどころか、どうして隠すような真似なんかしたのだろう。
説明してくれれば、俺だってちゃんと聞いた。
なのに、何も言わないまま……二人はどっかへ行ってしまったんだ。
「父さんと母さん、それに天黎が、長寿だっていうことは理解した。……ひとつ、確認なんだけど、俺も「長寿」ってことなのか?」
「うん。そうだね。間違いないよ……」
「長寿って、具体的にどれくらい生きるもんなんだ?」
「人にもよるし、受け継がれた血の濃さにもよるけれど、そうだね……たとえば僕の父は、もう二百を超えてるし、」
「に……にひゃっ!?」
「ムギト君は丈夫そうだし、多分、龍神系っぽいから何もなければ三百歳とか」
「さっ、さんびゃ……、それっ!?」
肉体の限界、とっくに超えてるだろ!
人間じゃねえよ、もはや妖怪って呼ぶべきレベル……。
(信じらんねえ……長生きしすぎだろ……)
そんな二百年とか生きる超人類がいるなんて、一般常識にはなかった。
俺の認識していた「世界」が、がらがらと崩れ去っていく。
でも、ずっと抱き続けていた違和感の正体が分かって、解放された部分もある。
天黎は、長寿の人間について説明を続けた。
「僕らはね、主に「霊場」といわれる神聖な土地に住んでるんだ」
「霊場……」
そう、霊場は知っている。
神仏を祀っていたり、霊験のあらたかな所。
日本では天狗が住んでいたという「山」を霊場にしたり、滝行とかができる修験霊場なんてのも有名だ。日本古来から、神仏や、土地そのものに対して、人間が深い信仰を寄せていたことがわかる。
「世界各地に霊場はたくさんあるんだけど、そのなかでも特別な場所……とても強い霊視の力をもつ巫女さまが、その昔、神々に導かれて辿りついた土地だったり、地中奥深くで地球創生からすべての記憶を保持している龍神が、己の御霊の一部を与えた人間を加護するために浄めた土地や、日本には無いけれど、」
「へ、へえぇ〜……」
ごめんな天黎。
俺のために説明してくれてるって分かってる。
――でも、全然ついてけない……。
規格外の身体だということを自覚はしてるのに、天黎の言うことはみんな、どっか遠い世界のことのようだった。
「つまりね、僕たち「長寿」の人間は、そう言った特別な「霊場」で生まれ育った者達なんだ。ムギト君のご両親はきっと霊場生まれか、霊場生まれの祖先の血を継いでいたんだと思うよ。僕も霊場で生まれたんだ」
「そうか……うん……わかった……」
もう、飲みこんでしまったほうが楽だろう。
大事なことは、すべてを知って、これから俺がどう生きていくか……なんだと思う。
「質問してもいいか?」
「どうぞ」
「俺はそういう「特別な霊場」の存在を知らなかったんだが、普通に行けるものなのか?」
「まず無理だね……」
「天黎は、そこで生まれたんだろ?」
「そうだよ、霊場から俗世には来れるけど、俗世から霊場には簡単に行けないよう秘されているんだ。とても神聖な地だから……。それに僕たちのような人間がいることも、公にはされてないからね」
なるほど。
絶対不可侵になってるんだな。
――でも……もしかしたら……。
俺は、可能性をひとつ見出していた。
「それでねムギト君。きみに……頼みがあるんだ」
天黎が大真面目な顔で俺を見る。
そういえば……と、俺は改めて天黎の家に来た理由を思い出す。
「もしかして、バイトのことか?」
「そうなんだ! きみ以外には頼めない「お願い」がある……」
「バイト……だよな?」
「そうだよ。対価を払う……そのかわりにね、僕の恋人になって欲しいんだ!」
「……っ!?」
聞き間違い……じゃないはずだ。
確かに「僕の恋人」と天黎は言った。……言ったよな?
そして俺は、これをきっかけに天黎自身の抱えている事情を聞くことになる。
読んで頂き有難うございます!
唐突すぎな展開……すぎる……