⑤答え合わせ
二十年という人生を、俺は幾つもの違和感を抱えて、過ごしてきた。
その「違和感」について口にしたり、確認したりすることは一度も無かった。
ずっとそばにいた両親にもだ……。
悟られないように、とにかく必死に、さも普通であるかのように、俺は不自然さから目を逸らして生きてきた。理由だけ知らないまま。
だから天黎が「他のヒトと違うって思ったことはある?」と声に出した瞬間、俺のなかで曖昧にぼかしていた世界に、くっきりと色が付いてしまい、もうどこにも逃れられないと思った。
……やっぱりそうだったのか。
湯のみ茶碗をテーブルに置く手が、小刻みに震えていた。
動揺しまくっている俺。
そしてそんな俺のことを、天黎は何も言わず見つめていた。
(天黎は知っているのかもしれない)
俺の知らない、俺自身のことを……。
「やっぱり、俺ってオカシイんだな――?」
覚悟を決めて、俺から聞いた。
まるで審判待ちをしているかのような気分だった。
天黎は、慎重に、俺への言葉を選んだようだった。
「……おかしい、とは思わないよ。少なくとも僕はね。僕の周りにはそういった人達のほうが多かったから」
「そうなのか!?」
まさか、と俺は驚く。
――だって普通の人間と違うんだぞ!?
おかしくない訳ないだろ!
俺はこれまで頑なに口を閉ざしてきたある事実を、天黎にぶつける。
「俺は、たぶん……生まれてから一度も、病気に罹ったことはない」
「うん」
「腹を壊したことも、風邪だってひいたことはないんだ、一度もだぞ?」
「うん。おかしくないよ」
「いや、どう考えたってオカシイだろっ!」
天黎、アンタは知ってるのか?
もし知ってるなら、俺に教えてくれ……
「じゃあどうして……俺の父さんと母さんは、ずっと若いままなんだ?」
ずっとずっと、怖くて聞けなかったこと。
両親にはとくに……。
隠してるって知ってたから。普通じゃないことを悟られないように、必死で隠してたから。
だから俺も、必死で気付かない振りをしてきたんだ。
「父さんと母さんは、俺が物心ついて、高校卒業するまで……見た目がひとつも変わってなかった。ずっと若いまま……着る服だけがどんどん地味なものになってった……」
小学の時は当たり前だった。
中学の時は、両親が若々しいことを、すごいって思ってた。
でも高校に上がる頃には、さすがに不気味だと思うようになっていた。
それからは……
「普通じゃない親から生まれてきた「俺」は、一体、何者なんだろうって……ずっと思ってた……」
やっぱりオカシイ存在だったってことだよな?
――今、やっと「答えあわせ」ができた。
「ムギト君……」
俺の握りしめて白くなった拳の上に、天黎が慰めるように手を添える。
(相変わらず、冷たい手だな)
でも、冷たい手を、冷たいと感じた自分自身に、今は少しほっとする。
「ムギト君は、きみ自身のことも、そして僕のことにも、気付いてるんだと思ってた」
「俺はなにも知らない。……どうしてそう思ったんだ?」
「だって、僕が「ムギト君の触れたものなら食べれる」って言った時、きみは何も言わず受けとめてくれたから」
「そう、だったな……」
「うん。ちなみに、ムギト君は何歳?」
「俺は二十歳だけど」
「そうか……じゃあ、僕は何歳に見える?」
じっと、俺は天黎の顔を覗きこむ。
「……俺と、同じくらいに見える」
見たままを正直に言った。
多分、わざわざ聞くくらいだから、きっと違うんだよな?
「うん。一般的にはそれくらいに見えるよね。ふふっ……でもね、実は僕、五十歳なんだ」
「っご、ごじゅっ……!?」
なんかもう言葉が出ない。
詐欺どころの話じゃないぞ。五十歳って……。
だってシワもシミも、それに冷たいけど柔らかい肌だって、五十歳ではありえないだろ。
ありえないんだけど……。
脳裏に浮かんだ父さんと母さんの姿と、天黎の顔が、重なって見えた。
ちょっとまた引っ張ってしまいました。
読んで頂き、有り難うございます!!