④和服男子
冷たい雨が降りしきるなか、俺はテンレイの家のお邪魔することになった。
辿り着いたのは、意外にも古民家といった佇まいの一戸建て。平屋でそんなに広くはないけれど、学生一人暮らしには贅沢な住まいだと思う。
ちなみに俺は中古で両親が買ったマンションに住んでいる。高校卒業までは両親と一緒だったが、ここ一年はずっと一人で暮らしていた。
(縁側か〜、風情あるな。それに庭付きだし家庭菜園できるじゃん……)
よくこんな物件見つけたな、と感心する。古いから安いんだろうし。ご近所さんとも離れてるから、騒音だって気にしなくていい。勉学に集中できる環境だ。
中に入ると、テンレイは俺を客間に案内したあと「お茶持ってくるね」と言って、すぐに消えてしまう。
しん……と静まり返った和室に、ぼたぼたと雨垂れの音だけが響いていた。
ただ待つしかできない俺は、畳みの上に胡座で座った。
使い古しのテーブルや、年季の入った柱にある傷跡を眺める。木造ならではのあったかさが部屋のなかに満ちていた。
……なんか、落ち着く。
とろんと目蓋が重くなって、俺は目を閉じた。
(バイトの内容聞いて……時間的に余裕あったら、他のバイトも探すか……派遣バイトとか……それと、今年は休学しよう……それから……)
ぼんやりとする意識の内側で、これからのことを整理していく。
寝落ち寸前で、近づいてくる足音に目を開けた。
テンレイが戻ってきた……。
そして見上げたそこには……おおぅ、和服美人がっ!?
「ムギト君、眠い? お布団敷こうか……?」
いや、今ので完璧、目が覚めた。
雨に濡れたから着替えてきたんだろう。テンレイは和装だった。深い藍色の生地の(知識がないから分かんねーけど)、浴衣みたいな着物を身につけている。
古民家に和服って、しっくりきすぎだろ。
「その着物……っていうのか? 似合ってるな……」
「ありがとう。僕、小さい頃からこういうのばかりだったから、洋服のほうが慣れなくてね……あ、お茶どうぞ」
「どうも」
テンレイがお盆をテーブルに置く。
細い指先の滑らかな仕草に思わず見入ってしまう。
……しかもだ。急須に湯のみ茶碗!
俺なんか、友達がきた時は手作り麦茶を出しているんだぞ。
テンレイはすっと背筋を伸ばし、着物の裾がシワにならないように手を添えて、正座になった。その佇まい、所作のひとつひとつが、なんだかとても洗練されている。
(いいとこのお坊っちゃんだったりして……)
もしこの和服男子の動画を先輩達に送ったら、悲鳴をあげて喜びそうだな。
銀髪に、カラコン、なのに和服男子というギャップ。
一体、どんな育ちしてきたんだか……。
(そういえば俺、テンレイのこと、何も知らないままだ)
会ったのは昨日で、先輩達からの得た個人情報以外、何も知らない。
心のなかでは、とっくに呼び捨てにしてるしな。
あんまり深く詮索するつもりはないけど、興味をそそられる対象ではある。
「あのさ、先輩達から聞いたんだけど、名前……テンレイ、さんで合ってる?」
「うん。天黎で間違いないよ」
「苗字か?」
「ううん、名前のほう」
「漢字は? どんな漢字で書くんだ?」
「え……っと、説明が難しいな、天は、そのまま空の「天」だけど」
テンレイが人差し指を立てて、天井に向ける。
「黎は……その、」
「待ってスマフォ出すから」
ポケットからスマフォを取り出して、メールアプリを開く。
そこに打ち込んだスクリーンを、テンレイに見せるように差しだした。
「ああ、これだよ……」
「これか、これで「天黎」か……凝ってるな」
「ふふっ……そう、かもしれないね」
スマフォを覗き込んだまま一緒に笑う。
「天黎は、学部どこ? 新入生なんだろ?」
「……え?」
「えっ?」
天黎が驚いた顔でこっちを見るから、俺も逆に驚いてしまう。
なんか、おかしことでも聞いたのか?
「ムギト君、……もしかして、僕のこと気付いてないの?」
「え……気付くって、なにを?」
「…………」
戸惑う俺を見て、天黎は、うーん……と軽く握った手を口元にあて、なにやら考えこんでしまう。
……どういうことなのかさっぱり分からない、
俺はとりあえず、お茶を戴くことにした。
うん。煎茶のいい香り。あったかいし、うまい……。
「ムギト君、ひとつ聞いてもいいかい?」
「おう」
「きみは……自分の存在が、他のヒトと違うって、思ったことはある?」
天黎の問いに、俺は、迷いなく頷いて返した。
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