①俺の大事な菜園
『たしか……テンテンだっけ?』
『違うよ。テンレイだってば〜』
『そうだっけ? ……めちゃくちゃ美人さんだったよね!』
『うんうん! 髪も目も綺麗なシルバーの、男のひと!!』
どうやら俺の大事な「菜園」を荒らしたのは、美人な男らしい。
特徴は、銀髪に銀目か……。
そんなやつ大学で見かけたことないな。新入生かもしれない。
『そういえば、お腹空いてるって言ってたよ』
『青白い顔で、ふらふらしてたよ〜』
ん……腹減り学生?
『何故かムギトくんのとこの野菜だけ、毟って食べてた!』
『とくに、ミツバがお気に入りって言ってたよ〜。ウケるでしょ〜』
いや全然ウケねーし!
しかも食べてたのかよ!?
どっちにしろ見てたんなら止めて欲しかったです、先輩……。
俺が苦学生だって知ってますよね!?
(ああ、ささやかな生活の糧がぁ〜……)
昨日、収穫を楽しみにホクホクしていた俺の気持ちを返してくれ。
あんなに、みっしりと美味しそうに輝いていた野菜達が、手折られ、間引かれた後みたいにスッカスカになってるのを見たとき、俺は軽く絶望を覚えた。
悪質な悪戯だとばかり思ってたけど、向こうにも事情があったらしい。
(まあ、腹が減ってる奴の気持ちは分からなくもない)
だって俺も生活苦しいから……。
バイトのシフトもいつの間にか少なくなってるしさ。
勝手に食べたのは許せないけど、同じ苦学生の腹の足しになったんだと思えば、野菜達も本望だろう。
でも、どうせ食べるんなら調理しろよな……。
俺は大学の隅で放置されていた花壇を利用して、菜園をつくっている。
栽培してるのは多年生の野菜がほとんど。
ニラとかミツバとか。ちゃんと水遣りすれば、この時期は何度も生えてくる。
あとは初挑戦のハツカダイコン。
ミツバは半分くらい食われちまったようだけど、ハツカダイコンは食べられるほど成長してなかったから無事だった。引っこ抜かれた跡はあったけど……。
『ムギトくん、私達そろそろ行くね。テンレイくん見つけた時は声掛けるから』
『ついでに野菜食べるなって言うのも伝えとくから! 安心して!』
はい。是非宜しくお願いします!
俺は去っていく先輩達の後ろ姿を見送る。
それから受け取ってきたばかりの休学届けの用紙を、失くさないようリュックの中にしまった。
「さて、学食いくか……」
午後の講義が始まる前に、腹をみたさなければ。
学食には行くけれど、俺はいつも弁当持参だから、セルフサービスの水とかお茶だけを有り難く利用させてもらっている。
学食のある一階に降りようと、階段までやってくる。
階下からの吹きあげるような風が、俺を包んでいく。
(きもちいい風だな……)
さわやかで、少し冷たくて、洗い流してくれるようなその風のなかに、俺は「緑」の匂いを感じる。
――俺はこの匂いが好きだった。
春がもうすぐ終わろうとする五月。
植物の緑の濃い薫り。そして躍動する生命力の気配……。
菜園の野菜たちも、すくすくと成長していくんだと思うと、ささやかな喜びを感じる。
踊り場までくると、俺は、どれどれ……と窓から外を見下した。
ここからはちょうど菜園が見える。
窓の向こう……。
風が吹いているのが分かった。
木々の枝葉がしなるように動いている。
俺が花壇に植えたニラやミツバも、そよそよと気持ち良さそうに揺れていた。
そして視界に入ったのは、ゆっくりと歩いている学生の髪の毛……。
ほんのり銀光をはなつ真っ白な髪の毛は、昔飼ってたハムスターの毛色にすごく似ていて、ふわふわと柔らかく舞いあがっている。
……俺は弾かれたように顔をあげた。
「あいつだ――!!」
銀髪。
先輩達が言ってた奴と同じ!
間違いない。
しかも俺の菜園(花壇)に向かっている!
覚束ない足どり。今にも倒れそうにふらふらと……。
俺は急いで階段を降りて、外へ出た。
思っていたより強く吹きぬける風に全身を煽られる。
逆らうように走って、花壇の前にしゃがみこんでいる背中に、迷わず声を掛けた。
「すみません。そこ……俺の菜園なんですけど……?」
穏やかに、けれど、不審感たっぷりに声を掛けた。
すぐに「ん?」と、か細い声がしたあと、男はしゃがんだまま上体を捻り、俺に目を向ける。
(あ、ほんとに、美人だ……)
そう思ったのは一瞬。
俺は目の前の光景に凍りつく。
男の閉じた唇の端から、緑のギザギザした葉っぱが、ちょっぴり顔を出していたのだ。
――ミツバだ。
そう、味噌汁の具にしようと思って、俺が植えたミツバ!!
「〜〜〜〜っ!!」
男は味わうようにもぐもぐとミツバを咀嚼したあと、ごくりと飲み込んだ。
連載1回目。
お読み頂き有難うございます!
色々と挑戦の作品になりますが、頑張ります!