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二話 プラトニックな恋しませんか?

 悠遠の昔から精霊の加護を受け、豊饒の土地を保ってきたとされるグレイリング大陸。その大陸の東側にあるウェアシス王国は、水の精霊を崇拝しその加護を受ける国だ。


 漁業が盛んで秋になればこの国の海域でしか手に入らない魚が大量に水揚げされる。その魚のヒレには解熱効果の高い成分が含まれており、他国でも高値で取引されるため、豊漁祭も踏まえて秋の港は活気付く。今が丁度その時期だった。


 明日から始まる祭りに参加しようと集まった客人でウェアシスの宿はどこも満室状態。

 港町から少し離れたここ宿屋アクアマリンも、今日は朝から明日開催される祭りにはしゃぐ客人の話し声や元気な子供たちの足音で賑やいでいた。

 ただ一室を除いて……。




「はぁ、レイヴィン様まだかなぁ」

 爽やかな太陽の光が眩しいであろう朝方。

 アンジュは甘さの含まれた溜息を吐きながら、厚手のカーテンに窓を覆われた薄暗い一室で恋しい人の帰りを待っていた。


 あの後レイヴィンは、急ぎで調べる事があるからと宿屋に着いてすぐ、自分が戻るまでこの部屋から出るなと言い残し出掛けてしまっている。

 今のアンジュは太陽の日を浴びると魂が焼け焦げる危険な状態なので、決して勝手に外に出るなと念を押されて……


「レイヴィン様、かっこよかったな」

 両手を頬に当て朱色に染まる顔を隠すように笑みを浮かべるアンジュの仕草は、一見どこにでもいる恋する少女だ。


 ただどんなに普通の少女がするような仕草をしてみても、ちっとも普通に見えない。

 そのことを重々承知しているアンジュは、今度は今自分が置かれている状況を思い出して重く深刻な溜息を吐く。

 コロコロと表情が変わって忙しい。


「なんで私……亡霊なんだろう」

 部屋は質素で必要最低限の調度品が揃えられている。アンジュは部屋の片隅に用意されていた鏡台の前に立ってみた。

 そこには――レイヴィンが寝るためだけに取った、生活観のない宿屋の一室が映っている。


 それだけだ。どこにもアンジュの姿はない。鏡に手を伸ばしてみても、半透明の手が鏡に映し出されることはなかった。

(自分の姿も分からないなんて……)

 肉体のない、魂だけの姿。


 なにか未練でもあっただろうかと、ぼんやり自分が死んだ後もこの世を彷徨っている理由を考えていると、いつの間にか後ろに立っていたレイヴィンと鏡越しに視線がぶつかりアンジュは振り返る。


「おかえりなさいませ、レイヴィン様~!」

 嬉しくなって表情を綻ばせ、レイヴィンに駆け寄った。基本浮遊状態だが一応半透明の足はあるので空中で駆け寄る仕草は出来るのだ。


「姿も映らない鏡眺めてなにをやってるんだ?」

 飛びつく勢いで駆け寄ったアンジュを、レイヴィンはしれっとした表情で横に避ける。

 そんなに嫌がらなくても、どうせ透けてるんだから抱きつけないのにと思って、アンジュはちょっぴり切なそうにレイヴィンの様子を伺った。


「姿が映らないから眺めていたのですよ。私って、いったいどんなお顔をしているのかしらって」

 美形のレイヴィンと並んで歩いても、恥ずかしくないだけの容姿だと嬉しいなと願ったのだが。


「ふーん……自分の顔も覚えてないのか」

 レイヴィンは顎に手を当てると、少し屈んでアンジュの顔を無表情で覗き込んできた。


(うっとり……)


 神秘的な雰囲気がある菫色の瞳にすっと通った鼻梁、形の良い眉。彼はそれはそれはアンジュの理想を絵に描いたような美丈夫だった。

 そんなこちらの心情を知ってか知らずかレイヴィンは暫しアンジュの顔を見つめた後。


「紫色をした唇が耳の辺りまで裂けてる。三日月みたいな目が三つ付いてて」

「え、なんのお話ですか?」

「お前の顔」

「えぇ~~っ、いや~ん!?」

 アンジュは絶叫すると、両手で顔を覆ってレイヴィンに背を向けてしまった。


 だって自分は普通の人間だと思い込んでいたのだ。そんな容姿だったなんて予想だにしていない事実だ。

 口が裂けてて目がみっつって、そんな容姿じゃレイヴィンと釣り合うどころの話じゃない。


「ぅ、うっ、想像すると随分とグロテスクなお顔なんじゃ……」

 アンジュは泣き出しそうになるのを堪えて、小さく嗚咽を漏らした。

 だがそんなアンジュの姿を見て、レイヴィンはククッと堪えきれない笑い声を零す。


「な、なんで笑ってるんですかぁ。そんなに、私の顔面偏差値おかしいですか……」

 三つの三日月みたいな目玉から涙を流しているのであろう自分の顔を想像すると、確かに少し笑える気もしたが、それ以上に不気味だろうと思い余計悲しくなる。


「冗談」

「へ?」

 爽やかというより意地の悪い笑みを浮かべながら、レイヴィンはもう一度屈んでアンジュの顔を覗き込んできた。

「全部嘘。お前は普通の人間だ。口も裂けてないし目も二つ。歳は十代後半ぐらいに見える」


 なんだ冗談かとアンジュは安心して顔を隠していた両手を下ろす。

「じゃ、じゃあじゃあ、キレイだと思いますか? 私のお顔はレイヴィン様のタイプですか?」

 どんな顔立ちでどんな目の色をしているんだろう。思い出せない自分の顔に興味が湧いてきたのだが。

「さあな。触れない女なんて興味ない」


 ガーーン!?


 これはお前は恋愛対象外と宣告されたようなものなんじゃないだろうか。


「で、でもでも触れられなくてもプラトニックな恋愛だって」

「は、プラトニック? そんなもの興味ない」

「わ~ん、レイヴィン様のいけず~!!」

「うるさい、騒ぐな」


 分かってはいたけれど、レイヴィンとの恋愛は前途多難な始まりのようだとアンジュは悟ったのだった。


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