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九話 アレッシュさんとの秘密

「それで、なぜあなたはレイヴィン先生と行動を共に?」


 椅子に腰掛け顎に手を当てるアレッシュの向かいの長椅子に腰掛け、アンジュは恐縮しながら俯く。太陽の光を浴びられないと言うと、すぐにカーテンを閉めランプに火を灯してくれた彼の態度や物腰は紳士的なものだった。


 けれどこんなあったばかりの亡霊の話を親身に聞いてくれる態度が、逆にアンジュの警戒心を強くする。

(どうしよう……なぜって言われれば、私がレイヴィン様に一目惚れして使い魔になったからだけど)

 そんなこと包み隠さず話してしまったら危険なことぐらい、アンジュにも分かる。それにアレッシュのことをレイヴィン以上に信用できるかと言えば、まだそんな判断は下せなかった。


(下手な事を言って、レイヴィン様に迷惑がかかるのは嫌だし……)


「私は……彼と行動を共にしているわけではありません。彼は私のことが見えなくて、でも私は誰かの身体に憑依していないとこの世に存在できない亡霊だから、勝手に彼にくっついているだけです……信じてもらえないかもしれませんが、私、悪さをするつもりはありません。なぜか輪廻の輪に戻れなかった、ただの迷子の魂なんです。どうか見逃していただけませんか?」


 アレッシュはうーんっと小さく唸りなにかを考えているようだった。

「では今日からわたくしの身体に魂を寄せればいい」

「え」

「何も知らない男の身体に住み着くよりも、こうして会話を交わせる人間と行動を共にしたほうがあなたにとってもいいのではありませんか?」

「それは私がこの世に留まれるように協力してくれるということですか?」


 アレッシュは人の良さそうな笑みを浮かべ「ええ」と頷いた。


(どうして、この人は初対面の亡霊にこんなに親身になってくれるんだろう……)


 レイヴィンは使い魔としてという条件でアンジュを傍に置いた。ならばこの人にもなにか考えが?

 そんな風に思い強張ったアンジュの表情に気付いたのか、アレッシュはこちらの警戒心を解くよう、にこやかに言う。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。それとも……わたくしではなにか不都合でも?」

「いえ、でもっ」

 探るように瞳を覗かれアンジュは返答に困った。 

「……憑依する身体にも相性というものがありまして。私はあの人の身体にしか憑依できないみたいなので。その提案はお受けできません」

「そうですか……」


 嘘を吐いてしまったけれど、今のアンジュにはレイヴィンの方が信じられるし一緒にいたいと思えた。

 ただこれでアレッシュが見逃してくれるのかが問題だ。自分の監視下におけないならと、なにかされたっておかしくない。けれど彼は暫し考え込んだ後、分かりましたと頷いた。


「とりあえず今は……わたくしはこの話を聞かなかったことにしましょう」

「それって見逃してくださるということですか?」

「ええ」

 安堵の表情を浮かべ肩を撫で下ろしたアンジュに向かって「ただし」とアレッシュは付け加える。


「万が一問題が発生した際、わたくしがあなたを黙認していたと知れれば責任問題になる。ですから、わたくしがあなたの存在を知ってしまったという事実は誰にも言ってはいけない。わたくし以外にあなたの姿を見れるものが現れてもです」


「はい、もちろん! アレッシュさんにご迷惑をお掛けするようなことはしないです」

「それでは、契約成立です。ふふ、わたくしたちは秘密を共有する仲間。これからは気軽にこの部屋に遊びに来てください」

「いいんですか? 記憶もない亡霊を相手にして気味悪くないの?」


 アンジュは驚きの表情を隠せなかった。

 こんな姿の自分を見て、偏見なく接してくれるのはレイヴィンだけだと思っていたのに。

「あなたのように美しい魂ならば大歓迎です。わたくしがあなたを不気味に思うわけがないでしょう」

 そんなわけないのに、まるで愛おしそうに見つめられている錯覚がしてアンジュは居心地が悪くなり目を逸らす。


「あ、あのありがとう」

(セラフィーナ様がレイヴィン様のお部屋に来ると、私の居場所がなくなるので困っていたし丁度いいかもしれない)

「いつでも来てください。わたくしはあなたの味方だ」

 優しいアレッシュの微笑み。


 この笑顔の裏にはなにか思惑が隠されているのか、いないのか、アンジュは判断できぬまま彼の好意を受けることにしたのだった。

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