兆し
サンダース大佐はクレアの顔を見に来ただけだったらしく、大人しく・・・・・・、大使館へ帰っていった。
「又来るのだ、クレア、その時までに確りとボランティア精神を身に着けるのだっ! キーワードは無償の愛! だっ!」
何と言うかある意味熱い人だな、うん。それよりさっきから私の足を蹴り続けているクレアをどうにかして欲しい。
「それじゃあ気を取り直してさっきの続きですわっ!」
私達はもう一度豪邸のリビングに集まっていた。
「おじゃ、この大村の町の中心部に小山があって、その山の天辺に古い神社があるでおじゃる」
「あ、ありましたね。何を祭ってましたっけ?」
「普通の八幡神社よ、たしか猿田彦も祭ってたかしら」
「結界が張られているでおじゃる、それもかなり強力でおじゃる」
「お任せなさい! 結界ぐらいわたくしが切り刻んであげますわっ」
おおっ、真弓少尉が張り切ってる。
「行きましょう、みんなで外出届出して」
「んふーっ、何故か今回は大物の予感がしますわ!」
「おじゃ、間違いなく大者でおじゃる」
んんっ!? それって危険なのではー。
「なあに子豚ちゃん、ビビってんの?」
しまった、顔に出てたか、よりによってクレアに気付かれるとは。
「誰が子豚だっ、宮崎だ、宮崎二飛曹と呼べ」
「あんたなんか子豚で充分よ!」
「クレア、確かに呼びにくいけど子豚は良くないわ」
「そうです、宮崎様への侮辱は許しません!」
二人から睨まれてクレアは渋々。
「お姉様……、分かりました。これから宮崎……と呼びます」
「様を付けなさいクレア!」
「クッ、……」
まずい、クレアの瞳の色がー。
「真弓少尉、そこまででいいです。別に様とか付けなくても大丈夫です」
「宮崎様……、なんとお優しい。クレアお礼を言いなさい」
「なんでクレアがー」
「クレア兵長、言いなさい」
おわっ、シャロン少尉が真顔だっ。少尉も瞳の色をー。
「お、お姉様、……はい。すーー、はぁーー、宮崎、…あ、ありがとう」
クレアが悔しそうにモジモジしながら言う物だから、こっちも何か恥ずかしくなってしまう。
「お、おう」
シャロン少尉がパンパンと手を叩き。
「さぁ、時間が無いわ、直ぐに用意して午後から出発よ」
「んー、加藤が居たら皆さんの道具なんか直ぐに揃えてくれますのに。倉庫に何かありますかしら」
「おじゃるな、しかし居ない者は仕方ないでおじゃる」
「お姉様! お姉様のぶんはクレアが揃えます! 待っててください」
皆道具を揃えに豪邸から出て行った。
用意って何を用意すればー、やっぱテッバチとスコップかな?
「宮崎さん、ちょっと来てくれる?」
豪邸から出て行こうとしてシャロン少尉に呼び止められ、袖を引かれて元のリビングへ。
「ど、どうしました?」
「先ずはクレアを許してくれてありがとう。あの子はー、お父さんが大好きなんです。でも」
「はい、分かっています。あのお父さんじゃー、ハハッ」
シャロン少尉はウフフ、と微笑んで。
「それと私はまだ諦めてませんから、絶対に私が宮崎さんの病気を治して見せます!」
シ、シャロン少尉ー!。
「わ、私も諦めません、私の夢は飛行機で世界一周をすることなんです!」
私がそう言うと少尉は息をのみ。
「凄いわ! 世界一周なんて! 当然アメリカへも行きますよね?」
「えっ、-ーはい、もちろんです、世界一周ですから! フン」
鼻息も荒く宣言してしまった。でも今アメリカは仮想敵国だ、戦争とか始まらないといいんだけど。
「それと・・・・・・、クレアがサンダース叔父様から手紙を貰っていたでしょ?」
「え、ええ、貰ってましたね」
「その手紙には大使館が閉鎖されて叔父様は近々本国へ帰ると書かれていたの」
「じゃー、クレアはー」
その後私達は神社に向かい強力に張られた結界を破壊して、罠だらけの異界の洞窟を突破し、お宝を手に入れた。まあお宝と言っても戦国以前の武具だったのだが、保存は上場なので結構な金額にはなると思う。
しかし途中で私は摩耶少尉と一緒に落とし穴に落ちてしまい、摩耶少尉の素顔と秘密を知ってしってしまった。
基地に帰ると加藤飛曹が戻っていたが知り合いの催眠術士亡くなっていたと、申し訳ないと謝られた。
それで又張り切ったのがシャロン少尉と真弓少尉だ、シャロン少尉はなぜか妖怪のぬいぐるみをチクチクと作っている。問題は真弓少尉だ、何のマネなのか真弓少尉は私の前にワンピースのような白い煙を纏って現れた。
「精一様、ご覧になって!!」
「わっ! 何やってるんですかっ、まだ午前中ですよっ!? あ、なにげに名前をー」
白い煙の下で真弓少尉のー、何と言うか大きな果実が、いや野菜が重力に逆らいブルンと揺れる。だけでは無くその下、デルタ地帯も薄らとー。
「わたくし気付きましたの、宮ざー、精一様は煙が恐いのではなくその中で蠢く物が恐いのだと」
うっ! そうだ、それは言える。今まで煙や雲が恐いと思っていたが恐いのは中身、そうか。
「だから私が煙の中身になったのです! 加藤から聞きました、男性は女性の・・・・・・その、は、裸が好きなのだと! さあ、見て下さい、さ、触ってー、みます?」
加藤飛曹! 何てことを。真弓少尉は恥ずかしがりながらも胸を張る。止めて下さい、先っちょが、さきっちょがー! 私は脱兎の如く逃げ出した。
「う、うわーーー! 止めて下さい真弓少尉」
「あ、逃げないで精一様! 勇気を出して下さいまし」
真弓少尉は追いかけてきた、動く度に煙が千切れ煙が薄く勝っていくー。裸同然の姿で基地内を走り回る物だから騒ぎがどんどん大きくなっていく、当然この後はー。
私達零観隊は基地司令に読み出された。軍隊らしく連帯責任らしい。
指令と参謀の前、右端に結城隊長、次にシャロン少尉真弓少尉麻耶少尉と私、最後にクレアが不満そうに並んでいる。
「君達はなぜここに整列させられているのか分かっているかね?」
大村基地の指令大取大佐ニコニコしながら私達に尋ねた、一見人の良さそうな顔をして私と同じかそれ以上に丸い体をしている指令の体はフルフルと震えている。それと目が笑っていない。
「アラアラ、大変申し訳ございません~。どうかお許しを~」
隊長がゆっくりと優雅に頭を下げると、指令の笑顔が引きつる。
「大本営から陰陽師なので大目に見るように、とは言われているが限度という物がある結城中尉君は何をやっているのかね? 訓練らしい訓練はしていない様だが」
「はぁ~、今は身辺整理と宮崎二飛曹の治療を行っております~」
指令の笑顔が消え眉がヒク、と跳ねた。
「あ、あ~、聞いてるよ。まったく、飛べない操縦士なんて何の役にたつんだか。そもそも何が陰陽師だ! 年端もいかない子供を、しかも婦女子を戦争に使うなど言語道断だっ! ここは小学校ではないのだぞ、戦争をお遊戯感覚でやられたら-、たまった物では無い!」
「指令! それはー」
「シャロンちゃん」
反論しかけたシャロン少尉を隊長が止めた。
「なにかね? 加山特務少尉。言ってみなさい」
文句でもあるのか? と指令はシャロン少尉の前に立つ、背丈は指令の方が少し高い。
シャロン少尉は真っ直ぐ指令を見て。
「私達は指令から見たら子供でしょうが、この国を思う気持ちは誰にも負けません! 私達陰陽師がこの国を、日本を必ず守ります」
「ほう、それは頼もしい。それは君の母方の国アメリカと戦う事になってもかね?」
ズイッ、と寄ってくる指令に合わせるように少尉は少し後ろへ下がり。
「そ、そうです・・・・・・、例え母の国であってもー、です」
「そうか、それはそれでいいのだが・・・・・・。そう言えばこの隊にはもう一人日本人では無い者が居たな」
指令はグイッ、と視線を私の方へ向ける。く、クレアのことだ、おいクレア私に隠れるな!
「クレア兵長も同じです、あの国では私達のような子供は収容所に入れられるか、ーー殺されます」
指令は舞台俳優みたいにクルリと背を向け天を仰ぎ。
「そうだ! あの国は神から頂いた子供達を魔女だと言って残虐に殺す野蛮な国だ! 我々はそれを正す」
「・・・・・・はい」
「よろしい、君達には大いに期待しているよ。これからも頑張りたまえ、この国の運命は君達の肩に掛かっていると言っても過言では無いのだから・・・・・・・ね。以上だ」
振り返り指令はまた私達にニコニコと笑みを浮かべた、なんか・・・・・・気持ち悪い。
「まあまあ、それじゃあけいれ~い、なおれ~。失礼しますぅ」
気の抜けた号令なのに皆ピシッ、と敬礼をして退室しょうとすると。
「あーそれと加山特務少尉、君は食堂では無いところでいつも梅干しを食べているそうだね?」
「あ、はい、指令もお食べになりますか?」
指令は軽い溜息を一つすると。
「フン、梅干しはーいや、そんなことではなく特務とはいえ君は幹部だ、幹部が普段から規律を破るのは良くない」
「指令! 梅干しを食べるのが規律違反なのですか!?」
ツカツカと詰め寄りシャロン少尉はさっき以上にくってかかった。
指令は少し驚くが。
「違う! 所構わず食べるのが良くないと言っておるのだ。これは私が預かろう」
そう言うと指令は弾帯ごとシャロン少尉の腰から、見事な手さばきで梅干しの壺を取り上げた。とー、壺が一つ弾帯から外れてしまい床に落ちてパリン、と乾いた音を立てて割れてしまった。
部屋いっぱいに梅の香りが広がる。
「あ、これは済まない。おい、直ぐにかたづけてー、ん?」
司令が部屋の隅に立つ従卒に声を掛けたが、シャロン少尉の様子がおかしい事に気付いた。
「壺が……、割れちゃった。壺が、お父さんから貰った壺が……」
シャロン少尉はその場にヘタリ、と座り込み割れた壺とその中身を手でかき集めた。
「シャロンさん、確りなさい! それはお父さんのツボではないわ!」
「おじゃ! みんな部屋から出るでおじゃる」
真弓少尉は人型の紙をポケットから取り出し、シャロン少尉へと投げた。
えっ? 何がどうなっているんだかー、いきなり出ろと言われても。その時!
「う、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「みんな、伏せて!」
シャロン少尉が天を仰ぎ叫び声を上げた、と同時に風がシャロン少尉を中心に渦を巻く。隊長が注意してくれなければ飛ばされていた、あ、指令が飛ばされて壁に叩き付けられながら部屋をグルグル回っている。反応が遅かったんだな。
あ、風で指令の大きな机がガタガタと震えながらこちらに移動して来る、ヤバい。
「シャロン少尉!」「お姉様!」
「セイ! 封!」
真弓少尉が気合と共に両手で印を結ぶと、先ほど飛ばした人型がシャロン少尉の真上で大きくお椀状になり、上から包み込むように被さると風がピタリと治まった。
「た、助かった。それにしても酷い目に遭った服がボロボロだ、一体どうしたのかね加山少尉は」
うお、指令は天井からグシャ、っと落ちたのになんともないのか?
「クレア、シャロンの部屋へ行って代わりの梅干しのツボを持ってくるでおじゃる。早く!」
「は、はい。お姉様待っててね!」
司令の言葉を完全に無視して麻耶少尉はクレアにツボを取りに行かせた。
子猫のように部屋を飛び出して行くクレア。
「ダメ……、逃げて。もうむり、弾けますわ」
「えっ?」
見ると真弓少尉は印を結んだまま汗をダラダラ流してプルプルと震えている。
あっ、と言う間もなくシャロン少尉を覆っている式神に無数の亀裂が入った。
「真弓さん、頑張って。あなたなら抑えられるわ」
「隊長!」
いつの間にか隊長が真弓少尉の後ろに立って、両手を少尉の印を結ぶ両手に後ろから抱え込むように添えた。
「ありがとうですわ隊長。うん、抑えられそうですわ!」
亀裂が入っていた式神の体は元に戻り、いや、先程の数倍の大きさになり人が三人ぐらい楽に入れる大きさになって確りとシャロン少尉を包みこむ。
「ツボ取ってきたよー!」
クレアが先程の風で割れた窓から飛び込んできた。おい、ここ二階だぞ。
「司令殿、弾帯を渡すでおじゃる」
「お、おぉ、すまんがー、頼む」
指令から弾帯を受け取り、クレアからもツボを受け取った麻耶少尉は弾帯にツボをはめ込むと。
「宮崎、ん」
私に弾帯を差し出してきた。
「えっ、何? 何それ。私にどうしろと?」
「わっかんないのっ、アホブタ宮崎。麻耶お姉様は宮崎にシャロンお姉様を助けろって言ってるのよっ!」
「私が? どうして? クレア、お前が行ばいいだろ」
「クレアじゃ、クレアじゃ無理なの! もうアホブタ! 今繋がってるのはあんただけなのよ!」
意味がわからん。
「宮崎・・・・・・、ん!」
麻耶少尉が無理やり私に弾帯を押しつけた。
「クッ、仕方ありません精一様、お願いしますわ。精一様しか出来ないのです。入り口を一瞬開きます、うまくそこから中へー。心配しないで下さいまし、きっと導いてくれますわ」
「ええい、わかったよ。中に入ったらどうすれば良いんだ?」
「簡単でおじゃる、シャロンの腰にその弾帯を巻いてやれば良いのでおじゃる」
そ、そうか巻くだけなら・・・・・・。
「準備はいいですわね? いきますわよ」
「お、おう!」
「ハッ!」
真弓少尉が気合いを入れるとドームの横に人一人が入れる丸い穴が開いた。そう、普通の人が通れるぐらいの。奥はなぜかシャロン少尉が見えない真っ暗だ。
「さあ早く、精一様!」
「いや、早くと言われても」
「長くは持たないのです、早く!」
「うっ、ままよ。南無三、よっと!」
私は足からその穴へ飛び込んだ。
むぎゅ。
あ、やっぱり。腹が・・・・・・、挟まってしまった。
「ほらね」
「「ほらね、じゃないっ!」でおじゃる!」
「ふぎゃ!」
私は二人から蹴りを食らって無理やりドームの中へと蹴り込まれた。
「痛っー、この野郎。あっ」
「野郎じゃーない!」
あっと言う間に穴が閉じた、チキショウ覚えてろよ。いや、それどころじゃ無い、床が無い! 床が抜けているのなら直ぐに一階のはずなのだが真っ暗で何も見えない、ずっと落ち続けている。
「完全防御態勢!」
私は息を目一杯吸い込み手足を引っ込めて丸くなる、これは最近取得した危機管理体型。これで多少の衝撃に耐えることができるのだ。・・・・・・なんか最近人間離れしているようなー、多分気のせいだ。
しかしその必要は無かった、高く積もった雪の上に落ちたからだ。
「助かった、だが自分が落ちた穴から抜けられないとは」
完全にはまってしまって動けない、それに寒い、雪がどんどん体温を奪っていく。しかしそこへ思いがけない人が現れた。
「シャロン少尉! 無事でしたかっ」
シャロン少尉は真剣な眼差しを私を見下ろし、手を差し出してきた。
「シャロン少尉、少尉の細腕では私をー、えっ?」
反射的に手を取った私を少尉は軽々と片手で引っ張り上げた。そんな、私を片手で持ち上げられるなんて・・・・・・。だとするとお前は-。
「お前、式か?」
私がそう聞くと少尉は-、いや、式は私を片手にぶら下げながら微笑みコクリと頷いた。
「式がなんで、ここはー、って言うかお前厚みがあるじゃないかっ! この間はペラペラだったのに」
私は無意識に式の膨らんだ胸をガン見してしまった、すると式は、触ってみます? みたいな感じて私に豊満な胸を突きだしてきた。
私を吊りあげているので少し形が変形していてプルプルと微かに震える魅力的な胸をー。
「じゃ、ちょっと失礼してー」
右手を吊りあげられているので左手でソッと触ろうとした時!
「コラー、ブタ宮崎ー! 中で何やってんのー!」
フッ、クレアか。残念だが私はそんな事でビクついて止まるような男ではない。
私はかまわず式の胸をー。こっ、これは!
ガサ、ガサガサ。
ん?? ーーなんてこった! 紙風船ではないかっ! ぜんぜん柔らかくないし反発力も無い。
私が触ったせいで凹んだ胸は式が、フン! と踏ん張ると、ポン! と元の形に戻った。
後には片手で吊るされて脱力したまま涙を流す私が居た。式が頭に?を付けて私を覗き込んでいる。
「ねえ、聞こえてるー? み、や、ざ、きー! 返事してー」
「おかしいでおじやな、聞こえているはずでおじゃる」
今度は少し焦っているクレアと麻耶少尉の声が聞こえてきた。
はっ、しまった。私は声のする方、斜め上辺りに向けて声を上げる。
「お、おう、聞こえてるぞー。ここはどうなってんだ? 広くて真っ暗で雪降ってんぞー」
「あ、やっと返事したぁ。早くお姉様見つなさいよっ! 暗くても繋がりがあるから分かるでしょ」
繋がり? 繋がりなんてー、あっ。
「繋がりって式の、シャロン少尉の式神のことか?」
「そうでおじゃる、宮崎は不思議な-、いや違うでおじゃるな、なぜかシャロン氏の式神と繋がっておじゃる。きっとその式神がシャロン氏の所へ導いてくれるでおじゃる」
式が? と式を見ると式はコクコクと頷いた。
だけどまだ片腕で吊されたまま、そろそろ痛くなってきた。それになんで私の周りだけほんのりと明るいのだろう。
「うわ!」
私の考えが通じたのか、式は私を上へ放り投げると直ぐ背中で受け止めてくれた、これでシャロン少尉の所まで運んでくれるのだろう。それと周りが明るいのも分かった、私がほんのりと光っているのだ・・・・・・。なんで?
「式大丈夫か? 私はこう見えて、いや見ての通り重いのだが」
式は振り向くとニコっと笑って問題ないことをアピールしてから雪の上をザクザクと歩き出した。
おおっ、凄い。式はまるで数センチしか積もっていない雪のように歩いて行く、実際は1メートルは積もっているはずなのに。
「かなり広そうだけどシャロン少尉は何処に-あ、もしかしてあれか!」
遠くに舞台のセットのようなーいや、舞台のセットがあった。設定は何処かの屋敷の通路で、真上からスポットライトが下りてきている。
そのスポットライトに照らされて豪華では無いが綺麗な青いドレスを纏い蹲って泣いている五才ぐらいの少女が居た。
「定番だな~、精神世界で幼くなるなんて」
一段高くなっている舞台の袖で式は私を下ろして台本みたいな物を差し出してきた、中を開いてみると配役 王子様 宮崎精一 お姫様 シャロン加山 と書かれてあった。
「ええっ! 私が王子様? シャロン少尉はいいとして私が王子様?」
コクコク、と式が頷く。そして式は次のページに指さした。
「監督がー、式だって?」
ムフーー! と鼻息も荒く式は形だけで柔らかくない胸を張る。
「まあ・・・・・・、仕方無い。ここは台本通りセリフを言えばー」
と、次のページをめくったが真っ白だった。セリフが一言も書かれてない。
「もしかして、アドリブかよ」
またコクコクと頷く式、ふざけるなよ私がどうやってー。そのあなたなら出来ます! と言う顔は止めてくれ。
「クソ、やればいいんだろ、やれば・・・・・・」
私は舞台中央で割れたツボを前に蹲る少女を見る。
肩を震わせて蹲り泣いている幼い頃のシャロン少尉、どう声をかけるべきかそれが問題だ。
式が短剣とマントを手渡し、王冠を私の頭に乗せた。そうか、王子様か! 私はシャロン少尉の王子様になるのだ。
「こ、これ少女よ、なぜ泣いておる?」
シャロン少尉の前まで歩き声をかけると、スポットライトが私にも向けられる。
「ウッ・・・・・・、シクシク」
「ここは寒い、わ、私の城へ来ないか?」
幼いシャロン少尉、もう略してチビ少尉いいいや。チビ少尉はフッ、と顔を上げ私を確認すると又顔を伏せて泣き出した。
「えっ? どう言うこと?」
私は舞台袖の式に視線で助けを求めるが胸の前で両手を握りしめて頑張れ、のポーズをしている。
どう頑張るんだよ、監督だろ? 教えてくれよ~。
「そうだ、其方に梅干しを進ぜよう」
私は懐に入れていた弾帯からツボを一つ抜き取り、チビ少尉の前に差し出す。
「梅干し!? ああっ! 割れてないツボ、割れてない!」
パッ! っと顔を上げ、立ち上がりワナワナと私が持つツボに手を伸ばすチビ少尉。
しかし、その壺にはヒビが入っていたのか私の手の平でパリン、と割れてしまった。割れたツボから梅の種がコロコロと転がり出る。
「あ、私が落ちた時に割れてたのかな? でもこれ種入れだったからー、ん? チビ少尉?」
「ツボが・・・・・・割れたわ」
また肩を落とし震わせながら俯いている、どうしたのだろう。あれ? 右手が光ってる。
「どうしたのかな? これは種入れだったんだけど、ちゃんと梅干しが入ったー」
「よくもお父様のツボを!」
チビ少尉の腕が下から上に一閃した! と同時に私は突き飛ばされて舞台から落ちて雪の中へ転がる。ハッ、と舞台を見ると式が胴体を切断されていた。
切断された式の上半身が薄くなってヒラヒラと舞ながら私に近づいて来る。
「梅干しを・・・・・・」
式はシャロン少尉の声でそう言うと小さな紙切れになって私の前に落ちて来た。
「式、お前・・・・・・喋れたんじゃないか、この野郎。梅干しをどうしろって言うんだよ。なぁ」
紙切れを拾い上げ、ソッとポケットに入れる私をチビ少尉が舞台の上から見下ろしている。
「上手く避けたわね、でもこれならどう? リン、ピョウトウー」
チビ少尉が小さな両手で印を結び舌足らずの九字を唱え始めた普通だったら、なんか可愛いなーと思うのだが。
私の周りの雪が渦を巻き、一カ所に集まり始める。ゲッ、これって妖術?
「チビ少尉! じゃなかったシャロン少尉止めて下さい」
「レッ、ザイ、ゼン! 許さない! お父さんから貰ったツボを割るなんて! いぇいっ!!」
チビ少尉が気合いを入れると集まった雪が人の形となり、身長二メーター以上の白い鬼が出来上がり咆哮を上げた。この時オシッコを漏らさなかった自分を褒めてあげたい。
「うおぉおおおおおおっ!」
「アカン、これ、ダメな奴や。逃げよう」
「ーで、それからどうなったのですの?」
笹舟真弓少尉がベッドで半身を起こしている私に迫ってくる。
ここは基地内にある病院の一室で、あれから丸一日たっていた。
「いや~、それからが大変でー」
その時結城隊長が顔色を変えて駆け込んできた。
「大変よ! 隊長室に集まって! あら、二人だけ? 他の皆は?」