争奪戦4日目
一晩考えたが、気持ちの変化は見られない。生徒会の輪の中に自分がいる情景が、全く想像できないのだ。
ミーナに昨日、なぜ嫌なのか聞かれたが、別に、嫌ではない。ただ、やってみたいと、それができるかは別なのだ。
そんな俺に構うことなく、始業の鐘は今日も鳴る。
「今日決めるのは、体育で行う模擬戦のペアと、このクラス内の対戦相手だ。今から配る用紙の上にペアの名前を書いて、その下の欄に対戦するペアの名前を書いてくれ。それじゃあ、決めろ」
教室は喧騒に包まれた。案の定、男子は女子に声をかけ始めた。成績に関わるのだから、もっと真剣に考えるべきだろうが、他が勝手に落ちぶれてくれるのならこちらとしては助かる。
しかし、俺と相性が良さそうな人間は殆ど決まってしまっている。
「アルバート君、私と組みませんか?」
リーエルは席を動かず、とりあえずと言った様子で前にいる俺に声をかけた。
「適正魔法を教えてくれ」
他のやつはなんとなくでわかるのだが、リーエルの適正魔法だけは、本当にわからない。
「慎重ですね。わかりました。まず、先天魔法は治療系です。得意魔法は、障壁系、肉体強化系です。使えないものは、爆炎系、物質強化系、幻術系の三つです」
「なかなかやるな……なんでここにいるか不思議なくらいだ」
このぐらい使いこなせるのなら、他の科も狙えただろう。
しかし、リーエルは苦笑いで答える。今まで感覚に頼りきっていたので、魔法の詠唱文が覚えられないのだという。一種の天才の悩みだ。
「そうか……まあ、この話はやめだ。俺はお前に釣り合わない」
「なぜですか?」
「俺の適正魔法は、先天魔法の爆炎系だけだからだ。明らかに実力差がある」
「冗談、ですよね……?」
俺は身分証を突きつけた。その裏面、十二の、円状に並ぶ系統の紋章に灯る光は、一つだけ。
「あ、すみません」
「謝る必要はない」
「私はそれでも構いません」
「悪いが、人の力に頼るのは俺自身が許せない。それに—」
話を止め、一度左に目をやる。それにつられ、リーエルもそちらを見る。
「な、見ろ、お前と組みたい奴は山ほどいる」
男子がちらちらとこちらの様子を伺っている。つまりそういうことだ。その全員が、俺との交渉が決裂するのを今か今かと待ち望んでいる。
「それは違います。頼るのは私の方もです。私は、防御や強化はできますが、攻撃するのは苦手なのです。私には、盾としての機能しかありません。勝つためには、矛となる人物が必要です。私が今まで見てきた魔法の中で、兄に次いで強力な魔法を使っていたのはあなたの力が必要なのです。私は最強の盾です。貴方にも、私の力が必要でしょう?」
少し考えた。そして
「言う通りだ。そこまで言うならわかった。ちょっと待っててくれ」
少し席を外し、前で寝ている先生のところに向かった。質問をした後、すぐにまた戻る。
「言い忘れてたが、途中でペアを変えることもできるぞ」あくびまじりに先生が伝えた。すると、数人の男子は、男同士でペアを組んだ。
「ということだ。少しでも俺がリーエルに頼らざるを得ない状況に陥った場合、すぐにペアを変える。それでいいか?」
リーエルは少しばかり不本意そうな顔をしたが、承諾してくれた。
用紙に記入し、提出しようと歩き出したその時。何者かに肩を掴まれた。
「貴方に彼女はふさわしくないと言ったはずですが、まだ分からないのですか?」
またこいつか。前回と違って今回は、カルロスの味方が多い。
「黙れ。もう決まったんだ」
「そうです。あなたに文句を言われる筋合いはありません」
その言葉に、カルロスの眉が釣り上がる。
「なら、僕に負ければ、彼女を譲ってもらいましょうか」
「お前のペアはいったいどうなるんだ?」
「そんなもの、些細な事でしょう」
「わかりました。彼は、あなたみたいな人間には負けません」
先に啖呵を切ったのは、俺ではなくリーエルだ。だが、俺もこいつには負ける気がしない。
「わかった。ただ、一つだけ、爆炎系しか使えない俺とでもペアを組んでもいいという奴をペアにつけろ。それが条件だ」
そんな奴いないだろう。俺の作戦勝ちだ。自らの不利を盾にした条件。これを飲むやつは相当な物好きだ。
「それなら、私が」
頭おかしいんじゃねえのか。
ふふ、とカルロスは笑う。
「これで条件は満たしました。初戦で勝負です。僕こそが彼女にふさわしいというのを、証明してあげましょう」
一通り決まり、今日の業は終えた。
俺はさっきの彼女のところへ向かった。名前は確か、ナッカ・チェルシャと言ったか。
「出てくるか?普通」
「魔導工学のことで話せる機会だと思ったので、つい」
「なんで俺なんだよ」
こいつ、平均点見てないのか?てきとうに声をかけてその話題ができると勘違いしてないか?
「この前、この本読んでましたよね?」
彼女がカバンから取り出してきたのは、俺も良く知っている、古代文明に関する技術書だった。
なるほど。思い出した、三日前だ。
「読んでたな。あそこのカフェで……居たっけ?」
「私、そこで働いてるんです。というか、そこの娘なんです」
あのオシャレなカフェの店員だったのか。
「ああ、気づくわけねえわ」
数日でクラス全員の顔を覚えられるほど、俺は優れた人間ではない。リーエルは全員覚えたそうだが、あいつは特別だ。
「あと、そのネクタイピン」
俺のネクタイを指差した。そこに付いていたのは、古代の武器の形をしたネクタイピン。
「その形、M200ですよね」
「正解だ」
話を戻し、本題に入る。
「あと、俺は負ける気はない。残念ながらペアにはなれそうにないから、これ渡しとく。その手の話ならいつでも相手してやるから、連絡してこい」
手渡したのは、メモに転写した、俺の携帯端末の識別魔法陣。
「え……いいんですか?」
「ナッカもチェルシャも呼びにくいな……シャルでいいか?」
「はい!」
俺に、三人目の友達ができた。
呼び名はシャル。相当な物好きで、多分変な奴だが、いい友達になれそうだ。