ほんの僅かな差
薄暗い渡り廊下から伸びる階段を、一段一段、踏みしめて登る。
芝に足を踏み入れるのと同時、アナウンスが響く。
『アリシア魔法学園。アルバート・レーザス』
場内は歓声に包まれた。ゆっくりとコートに歩み寄り、向かって正面、未だ暗がりに身を潜める一人に目を向けた。
『同じくアリシア魔法学園。ジーク・ロッド』
歓声はさらに大きく膨れ上がる。
その男もまた、一切目を背けることなく、堂々と歩を進める。
同校対決であるが故に、どちらのコートにも顧問の姿はない。
握手を交わしながら、言葉を交わす。
「悪いが、勝たせてもらう」
「奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」
互いに口角を釣り上げながら、火花を散らす。
会場中が俺たちに注目していると考えただけで、気分が高揚するのを感じた。
高まる緊張感と、息苦しさを感じるほど速まる心臓の鼓動。
もう一度靴紐を固く結び、コートへと入る。
『始め!』
互いに間合いを伺う。両者、考えることは同じだ。これまでとは趣向を変え、こちらから攻める。
ジークは俺の三日月蹴りを受け止め、僅かな隙をついて反撃。それを後ろに飛び退きながら避け、距離を取る。
距離は十分だが、魔法はまだ使えない。ジークのどこか余裕のある動きは、手の内を全て晒していない可能性を感じさせる。
新たな攻めか、カウンター技か、それともまた別の何かか。それが分からない以上、安易に攻めるわけにはいかない。
近接戦では特に、僅かな隙が命取りとなる。また同時に、隙に飛び込んだ時、動きは単調になりやすく、それは相手に大きな隙を与えることになる。
ここは耐える時だ。
攻守が激しく入れ替わりながら、主導権の取り合いが始まる。視線の動き、体重移動を極力減らし、相手に次を悟らせない。対してこちらは、ほんの僅かな動きから相手の癖を見抜く。
互いがそれを突き詰めれば、最も簡素で基礎的な、教科書通りの理想の動きに近づいていく。
顔への突きを二度躱し、次いで繰り出された回し蹴りを脚で受け止め、すかさず反撃。
残り時間も僅か。パターン化しつつある戦況を変えるなら、このタイミングでだ。
同じく回し蹴りの直後、ボディーブローを繰り出す。ジークが防りの体勢に入ったのを見計らい、拳を開き、詠唱を。
「フレアッ!」
この距離なら避けることはできない。
「ラーデ!」
「っ!?」
しかしジークは避けるどころか魔法で対抗。ジークからは感じる筈もない不規則な波に、意識が揺さぶられる。
放たれた炎は、ジークの掌に触れ、崩壊し再び収束。
「アルシーセ!」
続けて放たれた炎に反応するが、僅かに遅く、頰が焼かれた。
「アプト!」
「ラーデ!」
続けざまに放った火球も、ジークの掌に触れて散っていく。
これと同じ魔法をよく知っている。不規則な魔力を幾重にも重ねることで、触れた相手の魔法を崩壊させる魔法。一人しか使えないはずの、オリジナル。
対策は二つ、魔法でそれを上回るか、魔法以外の戦い方を講じるかだ。
格闘では互角。また、同じく炎を得意とするジークを上回る魔法を作り出すには、相応の時間が必要となる。
決勝に立つ俺たちには、観客を楽しませる義務がある。このまま終わるのは、あまりにつまらない。
ならば最後に、一か八か。
「ルーディス・リム」
体内魔力の七割を用い、その全てを起動に用いる。
近接戦に持ち込もうと距離を詰めるジークに応じる。こちらは可能な限り意識を魔法へと向ける。その為には、攻め続けるのみ。
「アーレ・アルシアレーゼ」
空に魔法陣が生み出され始める。
休む暇もなく、攻撃を繰り出し続ける。攻めるだけなら頭など必要ない。意識を、魔法へと。
「フラン…………」
あと少し……
魔法陣が色づいた。
あと少し……
体から溢れた魔力は、火の粉へと変化し、一面に広がる。
その全てが炎を纏った。
距離を取り、最後の一節。
『そこまで!』
試合は終わった。
「……セル」
霧散した魔力は光を反射し煌めく。
『判定に参ります。アルバート選手、得点2。ジーク選手、得点3』
場内がどよめいた。
『よって、勝者、アリシア魔法学園、ジーク・ロッド選手』
僅かに及ばなかった。
自身がハンナ先輩から学んだことがあるように、ジークもミーナから学んだことがあったのだ。
「いい試合だったな」
「ああ。今回は勝ちを譲ってやるよ」
「悔しいくせに、無理すんなって」
笑いながら、固く手を握った。
そして、応援してくれた観客に、深々と頭を下げた。
歓声に包まれながら、俺の新人戦は幕を閉じた。
後悔はしていない。やれることは全てやってきた。戦法も数ある中から最善のものを選んだ自身もある。ただ向こうが少し上だったというだけの話。だから、次は勝てる。
次の大会は必ず、頂点に立つ。




